マオリョー、社員旅行します⑤ チップを、要求するな
俺が必死に女将を止めようとしていると、ノクテが無言のままスッと手を伸ばし、女将が持とうとしていた俺たちの荷物を軽々と持ち上げた。
「まあ、お荷物まで……なんて気の利くお方」
女将が再びノクテの完璧な気配りに感動していると、ゼノがすかさず重々しく頷いた。
「……うむ。ノクテはこう申しておる。『我のこの完璧な働きに対し、心付けを弾め』……とな」
「なんでお前がチップ要求してんだよ!!」
俺はゼノの肩を掴んで前後に揺さぶった。
「ノクテが親切で荷物持ってくれたのに、なんであんたがそれを『チップの要求』に変換してんだ!」
俺は半目になった。
「宿の人にたかるな! 威厳ある見た目でやってる事セコすぎだろ!」
俺がゼノの翻訳詐欺に振り回され、財布の紐を死守しようと悪戦苦闘していると——。
パチンッ。
上品なロビーに、場違いな指鳴らしの音が響いた。
次の瞬間、玄関の方から、目を開けていられないほどの強烈な黄金の『後光』が放たれたのだ。
どこからともなく真紅の薔薇の花びらが舞い散り、ロビーの空気を無駄に神々しく染め上げる。
「俺様の美貌に、焦がれろ」
黄金の髪に黒い翼を持つ堕天使、副社長のルシフが、完璧なポーズでロビーの中央に立っていた。
「な、なんだあの光は……!」
「眩しい……目が……!」
チェックインの手続きをしていた他の一般の宿泊客たちが、突然の暴力的な後光に耐えきれず、次々と目を押さえながら壁際へと逃げていく。
「お前は公共の場で何やってんだよ!!」
俺はルシフに向かって全速力で駆け寄り、怒鳴りつけた。
「なんで温泉宿のロビーで後光と薔薇を全開にしてんだ!」
俺はツッコんだ。
「ほかのお客さんがみんなドン引きして逃げちゃってるじゃねえか!」
「お前、宿の営業妨害で出入り禁止になるぞ!」
だが、ルシフは俺のフルシカト気味のツッコミを全く意に介さず、優雅に髪をかきあげた。
「フッ……この宿のVIPは、無論この俺様だ」
ルシフは前髪をかき上げた。
「俺様の圧倒的な美貌とオーラが、この鄙びた宿を最高級のリゾートへと昇華させてやったのだ」
「感謝するがいい」
「昇華どころか客が減って大迷惑なんだよ!」
俺は頭を抱えた。
「誰も頼んでねえし、お前の一銭にもならない過剰演出でVIP待遇になんてなれねえんだよ!」
すると、横からリリが丸メガネをギラリと光らせて割り込んできた。
「ちょっとルシフさん! 勝手に目立たないでよね!」
リリは丸メガネを押し上げた。
「この社員旅行を企画したのはエリートのわたしよ!」
「だから、この旅行の真のVIPは幹事であるわたしに決まってるじゃない!」
「ふっ、笑わせるな平社員が。俺様のこの神々しい存在感の前に、貴様のような小娘の小賢しいマネジメントなど無意味だ」
「な、なによ! わたしは契約魔法のプロよ! わたしの完璧な企画力がなければ、あなたなんてただの光る置物じゃない!」
「……見ろ、俺様の後光を。これが答えだ」
ピカーーーーーーッ!!!
「負けないわ! わたしのエリートな貫禄(ただのドヤ顔)を見なさい!」
すると、それまで黙っていたミィナが、すっと真顔で二人の間に割って入った。
「……お二人とも、見苦しい争いです。この旅行で最もVIPの名にふさわしいお方は、アイシス様ただお一人かと」
「勝手に巻き込むな。くだらない」
アイシスがすかさず冷たく撥ね付けた。




