マオリョー、社員旅行します④ 当館へ、ようこそ
「おおー! めっちゃええ匂いするやんけ! 腹減ったわー!」
「アイシス様、足元にお気をつけくださいね。ふふっ、わたしがお手を引きますから」
「触るな! 温泉の熱気だけで不快なのに、お前がくっついたら余計に暑苦しいでしょうが!」
社員たちが玄関で好き勝手に騒ぐ中、俺は宿の格調高い内装を見回し、顔面を蒼白にさせていた。
「おいリリ! ちょっと待て! なんだこの無駄に高級感あふれる宿は! 俺は徹底的に安く済ませるって言ったよな!?」
俺が怒鳴りつけると、丸メガネを押し上げた自称エリート人事のリリが、ドヤ顔でふんぞり返った。
「ふふん! 幹事であるエリートのわたしが、最高のアコモデェーションを取っておいてあげたわ! 感謝しなさい!」
「急に発音だけネイティブ風にすんな! アコモデーションって言いたいだけだろ!」
俺は頭を抱えた。
「言葉だけ着飾っても、なんで宿のグレードだけは一人前に高えんだよ!」
「当然じゃない! これはマオリョーの威信をかけた社員旅行よ! 社員のやる気を高めるには、最高の環境が必要不可欠なの!」
「やる気とか知るか! 威信より現金の方が大事だろうが! いいか、金は俺が握ってんだ!」
俺は指を突きつけた。
「予約がどうなってようが関係ねえ、今すぐフロントで一番安い大部屋の雑魚寝プランに変更してもらうからな!」
俺が金貨の入った袋を握りしめ、強引にフロントの女将に交渉に行こうとした、その時だった。
「いらっしゃいませ。当館へようこそ……」
奥から上品な女将が現れ、三つ指をついて挨拶をしてきた。
その女将の目の前に、黒鎧に身を包んだCEOのゼノが、威風堂々とした足取りで進み出た。
その後ろには、完璧な従者であるノクテが、音もなく影のように付き従っている。
ノクテは一言も発することなく、スッ……と無言のまま、女将に向かって深く、そして完璧な角度の礼をした。
「まあ……なんとお見事な所作。ただ者ではございませんね」
女将がノクテの洗練された礼儀作法に感心していると、ゼノが重厚な口調でゆっくりと口を開いた。
「……うむ。ノクテはこう申しておる」
「出たよ翻訳詐欺! ノクテは今ただお辞儀しただけだろうが!」
俺のツッコミを完全に無視して、ゼノは威厳たっぷりに告げた。
「『我らはマオリョーの重役である。最上級の離れの客室と、蔵で一番の地酒を所望する』……とな」
「言ってねええええええ!!」
俺の絶叫が、品格ある宿のロビーに響き渡った。
「ノクテの一回の会釈のどこに『最上級の離れ』と『一番の地酒』が入ってんだよ!」
俺は声を張り上げた。
「完全にCEOのあんたが自分の欲を満たしたいだけじゃねえか! ただの翻訳詐欺おやじだろ!」
だが、ゼノの圧倒的なオーラと重厚な声色に呑まれた女将は、ハッと息を呑んで平伏してしまった。
「そ、それは失礼いたしました! すぐに当館で一番良い離れのお部屋と、秘蔵の銘酒を手配させていただきます!」
「さすがゼノさん! 幹事のエリート人事として、経費で承認します!」
リリが、ゼノに向かってペコペコと機嫌を取りながら親指を立てた。
「承認すんなポンコツ!! 待て待て待て! 女将さん、ストップ!」
俺は天を仰いだ。
「誰が払うと思ってんだ、俺だよ! 経費って言っても結局この俺の財布から出ていくんだよ!」
「一番安い部屋でいいって言ってるだろ!!」
「何を言ってるの、会社の経費なんだから問題ないでしょ!」
「その会社の経費の出所がこの俺なんだよ!!」
「やあねえ、細かい男。会社のお金なんだから、どーんと使えばいいのよ」
「そのどーんで俺が破産すんだよ!!」




