マオリョー、社員旅行します③ 湯治も、経費でな
俺がリリと宿選びで揉めていると、重厚な足音が響いてきた。
黒鎧に身を包んだ威風堂々とした初老の偉丈夫、CEOのゼノが、腕を組んだまま堂々と佇んでいた。
その後ろには、黒装束の青年――ゼノの完璧な従者であるノクテが影のように控えている。
「ゼノさん、あんたたちは留守番ですよね? 城空けるわけにいかないし」
俺の問いかけに対し、ノクテは一言も発することなく、ただ静かに、深く一礼をした。
すると、ゼノが重厚な口調で口を開いた。
「……うむ。ノクテはこう申しておる。『留守番より、最上級の宿で英気を養うべし』……とな」
「ノクテは今ただ頭下げただけだろ!! その一回の沈黙のどこにそんな長文が入ってたんだよ!」
俺のツッコミを完全に無視して、ゼノはさらに重々しい言葉を続けた。
「……うむ、我もたまには湯治が必要だ。むろん、経費でな」
「さすがゼノさん! 幹事のエリート人事として、経費で承認します!」
リリが、CEOの威厳にひれ伏すように、ペコペコと機嫌を取りながら頭を下げた。
「待て待て待て! 誰が払うと思ってんだ! 俺だよ! 経費って言えばタダになると思ってんのか!」
俺はツッコんだ。
「なんで一番偉いCEOが一番下の平社員の金にたかろうとしてんだよ、この翻訳詐欺おやじ!」
俺の渾身のツッコミに対し、ゼノは涼しい顔で微動だにせず、ノクテは無言のままスッとサムズアップをしてきた。
「サムズアップすんな! あんた絶対楽しんでるだろ! グルだな! ていうか、これじゃ城に誰も残らないじゃないか!」
結局、押し切られる形でゼノたちも旅行に参加することになってしまった。
俺たちは、それぞれ少しの荷物を持ち、魔王城の玄関前に集合していた。
(……ちょっと待てよ)
俺は、並んだ面々を見渡して、不意に大量の冷や汗を流した。
威厳を盾に経費で飲み食いしようとする翻訳詐欺のCEO。
無言でそれを肯定する完璧な従者。
旅館の飯を食い尽くしそうな底なし胃袋の古龍。
重すぎる忠誠心で何をしでかすか分からない精霊。
温泉を嫌がるツンデレ氷の魔族。
どこでも後光を焚く過剰演出の堕天使。
そして、予算管理能力がゼロでCEOにペコペコする自称エリート人事。
「……このヤバい面子を全員、他の一般客もいる公共の温泉宿に連れて行くだと……?」
俺は両手で顔を覆い、天を仰いだ。
能力が暴走して城や村を水没させる、いつものカタストロフィ。魔王城ならまだ笑い話で済んだが、ここは他人だらけの公共の宿だ。むしろ逆に、誰かが城でやったみたいに暴走をぶちかましたら、迷惑も賠償も今までの比じゃねえ。物理的な破壊だけは、何としても防がなきゃならねえ。
だが、これは間違いなく、俺のなけなしの黒字をピンポイントで消し飛ばす、史上最大の『散財フラグ』だ。
俺の極限のセコさと打算にまみれた節約旅行は、出発の時点で早くも、俺の財布への死刑宣告へと変わろうとしていた。
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山を越え、街道を進むこと数時間。
俺たち一行は、湯けむりが立ち上る温泉街の奥に佇む、そこそこ立派な老舗温泉宿『湯宿・風花』の暖簾をくぐった。
野ざらしの秘湯などではなく、手入れの行き届いた日本庭園や磨き上げられた黒光りする廊下が目を引く、由緒正しき公共の宿である。




