マオリョー、社員旅行します② 温泉になんか、行かねえ
「わ、わかってるわよ!」
リリは慌てて咳払いをすると、再び薄い胸を張ってドヤ顔に戻った。
「つまり、みんなの絆を深める、立派なエリートのお仕事ってことよ!」
「フワフワで誤魔化したのに、なんでそこだけ偉そうに締めるんだよ! 結局わかってないだろ!」
俺は天を仰いだ。
「絶対に温泉になんか行かねえからな! 俺の黒字は生活費だ!」
「だから、それあなたの黒字じゃなくて会社の——」
俺が両手で金貨の袋を抱え込んで断固拒否していると、リリの訂正を遮るように、騒ぎを聞きつけた他の連中がわらわらと集まってきた。
「温泉! おっちゃん、温泉行くんか!」
小柄で赤茶髪の古龍の幼体、ゼルが目を輝かせて飛び込んできた。
「温泉言うたらアレやろ、旅館の豪華な飯が食い放題や! 俺、行くで! 腹減ったんやー!」
「食い放題じゃねえよ! そもそも行かねえって言ってんだろ! お前の底なし胃袋で行ったら食費だけで破産するわ!」
「お水……!」
深海色の髪の水の精霊、ミィナが両手を胸の前で組んで、うっとりとした顔で現れた。
「アイシス様と一緒に旅行できるなんて……ふふっ、素敵です。わたし、アイシス様のためならどこへでもお供いたします」
「お前のその重い忠誠心が一番怖いんだよ! 宿でおかしな気は起こすなよ!」
部屋の奥から氷晶色ロングの絶世の美女、フロストクイーンのアイシスが腕を組んで姿を現した。
「……ふん。わらわをそんな茹で釜みたいな熱い湯に入れる気? 愚かね。わらわは温泉なんて微塵も興味ないわ」
「興味ないならなんでわざわざ出てきたんだよ!」
俺は半目になった。
「しかも『絶対行かない』って断言せずに、ちょっと期待した目でこっちチラチラ見てんじゃねえか!」
「バレバレなんだよツンデレが!」
「フッ……俺様抜きの社員旅行など、ありえん」
パチン、と指を鳴らす音と共に、黄金の髪に黒い翼を持つ堕天使、ルシフが後光を背負って現れた。
「誰も呼んでねえよ! しかも今完全に話の流れぶった切って過剰演出で乱入してきただろ! 公共の宿でお前が一番迷惑なんだよ!」
俺は、完全に「温泉旅行に行く」という空気で盛り上がってしまった社員たちを前に、深いため息をついた。
「……あーもう!」
「お前ら、給料もまともに出てないタダ働き同然の連中が、なけなしの金で温泉だと?」
「ふざけんな、これから会社を再建していくのに、こんな贅沢してる余裕なんて……」
だが、俺自身も昨日の夜、「温泉に骨休めに行く」と口走ってしまった手前、実は本音ではちゃんとした温泉に行きたかった。
「……あーっ! わかったよ! 行くよ! 温泉行けばいいんだろ!!」
俺は、ついに折れて叫んだ。
「ふふん、満場一致ね! さっそく最高の宿を予約するわよ!」
「ただし!!」
俺は、金貨の入った袋をガッチリと抱え込み、目を血走らせて宣言した。
「旅行には行くが、徹底的に安く済ませるからな! 無駄遣いは一切許さん! 俺のなけなしの黒字は、一円たりとも減らさねえぞ!!」
「じゃあ、この『星降るラグジュアリー御宿』なんてどうかしら? 幹事であるエリートのわたしの格に、ぴったりよ!」
「バカヤロウ! なんでそんな高級旅館のパンフ広げてんだよ! 金は俺が握ってんだ! 一番安いボロ宿の大部屋で全員雑魚寝で十分だ!」
「だからそれ、あなたが握ってるだけで会社のお金でしょ! 人事のわたしが管理すべきなのよ!」




