マオリョー、新規事業を立ち上げます⑥ 全財産が、流された
ミィナの『過剰な善意』と『重すぎる忠誠』が生み出した無限の浄化水は、あっという間に村の広場を飲み込み、民家を洗い流し、俺がなけなしの金で買った空の樽を木っ端微塵に粉砕していった。
もちろん、あちこちに貼られていたルシフの『俺様の輝きに、焦がれろ』ポスターも、一瞬で綺麗さっぱり濁流に飲まれて消滅した。
「あぁぁぁぁ! 俺の全財産が! 俺の在庫がぁぁぁ!!」
「あははははっ! アイシス様! 見てください、この世界はこんなにも清らかです! すべての不浄を洗い流してさしあげますわーっ!」
「お前のその重すぎる愛が一番の不浄なんだよ!」
俺は天を仰いだ。
「村の畑の野菜まで浄化されすぎて土に還ってんじゃねえか!」
「どんなオーガニックな破壊活動だよ! いい加減に止めろぉぉぉ!!」
俺は濁流に揉まれ、ルシフのポスターと一緒にぐるぐると洗濯機のように回されながら、血の涙を流して絶叫した。
数十分後。
ミィナの魔力が尽きてようやく水が引いた時、村は完全に泥海と化していた。
俺のセコい『水増し商法』は、文字通りの『物理的な水増し(大洪水)』によって、村一つを水没させるという前代未聞の大惨事を引き起こしてしまったのだ。
「……てめえら、どう落とし前つけてくれんだ」
全身ずぶ濡れになり、怒りで額に青筋を浮かべた村長と、鍬や鋤を持った屈強な村人たちが、俺たちをぐるりと包囲していた。
「ひぃっ!? す、すいません! 悪気はなかったんです! ただ、うちの精霊の愛がちょっと重すぎただけで……!」
「問答無用だ! 畑は水浸し、家は半壊! この巨額の被害、全額弁償してもらうからな!!」
「弁償!? む、無理です! 俺の手持ちはもうゼロで……!」
「知るか! 払えねえなら、マグロ漁船よりキツい炭鉱で一生タダ働きしてもらうぞ!!」
「うわああああああ!! 俺の異世界ライフが終わったあああ!! なんで俺がこんな目に!」
「俺はただ、水を三倍に薄めてちょっと小銭を稼ごうとしただけなのに!!」
「そのセコい打算がすべての引き金になったんでしょうが! モラルの欠如よ!」
「お前がそれを言うなポンコツ人事! お前が変な売り方とか言うから調子に乗ったんだろ!」
俺は半目になった。
「村長、こいつを売るんで勘弁してください! 一応サキュバスなんで!」
「誰がそんな偉そうで使えない女を買うか!」
「エリートに向かって失礼ね! 人事部を通しなさい!」
「お前は黙ってろおおおおお!!」
俺が泥だらけの地面に突っ伏して泣き叫んでいると、遠巻きに見ていた村人の一人が、ヒソヒソと話し合っている声が耳に入った。
『……おい、見たかよあの水の量。魔法使い一人であんな大洪水を起こせるもんか?』
『ああ……まるで、西の商会が雇ってるっていう、あの気象を操る凄腕の術師みたいだったな……』
『嵐を呼ぶとかいう、あいつか……恐ろしい……』
西の商会? 気象を操る凄腕?
一瞬、その不穏な噂話が耳に引っかかった。
だが、今の俺には、そんな遠くの商会の凄腕のことなんて、どうでもよかった。
「そんな噂話してる暇があったら、誰かこの泥かき手伝ってくれよおおお! 弁償金なんて払えねえよおおお!!」
俺は、泥まみれの地面に膝から崩れ落ち、頭を抱えて絶叫した。
儲けるどころか、村ひとつ沈めて、払えるはずもない弁償金まで背負わされる。
マオリョーの新規事業は、文字通り、最悪の形で水の泡となったのだった。
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「……終わった。俺の異世界サバイバルライフ、ここに完全終了だ」
泥海と化した村の広場で、俺は呆然と立ち尽くし、完全に虚無の表情を浮かべていた。
流された荷車。倒壊した民家の塀。水没してドロドロになった畑。なけなしの全財産をはたいて買った『あくありうむ』用の空の樽は、一つ残らず木っ端微塵に粉砕され、泥の中に虚しく沈んでいる。
水が引いてもなお、現実は何ひとつマシになっていなかった。
「だからなんで俺がこんな泥まみれになって絶望しなきゃなんねえんだよ!!」
俺はツッコんだ。
「そもそもの原因はあそこで呑気に『アイシス様のために村が綺麗になりましたね』とか言ってるヤバい精霊だろうが!」
「!」




