マオリョー、新規事業を立ち上げます⑤ 商品名は、悪くない
マオリョーの新規事業は、取り返しのつかない大惨事へと向かって、着実にブレーキをぶっ壊して加速し始めていた。
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「……クソッ。値段を銅貨一枚まで下げても、まだこの売れ残りかよ」
村の広場。俺は、売れ残った大量の『あくありうむ(三倍水増し済み)』の入った樽と、風に虚しく揺れるルシフの『俺様の輝きに、焦がれろ』ポスターを前に、歯を食いしばっていた。
さっきからリリは「立地が悪い」だの「商品名は悪くない」だのと言い訳を並べ、ルシフのポスターは相変わらず村人から「新興宗教のツボ売り」と避けられている。
このままじゃ、仕入れに使った樽代が丸々赤字だ。なけなしの全財産がゼロになるどころか、マイナスになる。
こうなったら、薄利多売の極み。もっと量を増やして、安さで無理やり売り切るしかない。
俺は、台車の横で大人しく正座していたミィナに声をかけた。
「はい、勇者様。お呼びでしょうか?」
ミィナはうっとりと目を細めた。
「それとも、わたしをこの台車に縛り付けて、見世物として売り飛ばすおつもりですか?」
「ふふっ、それもまたアイシス様への贖罪になるなら……」
「なんねえよ! どんなハードな性癖してるんだお前は! いいから、もっと水を出してくれ! こうなったら数で勝負だ!」
「お水、ですか? でも、まだこんなに売れ残って……」
「いいんだよ! この際もっと薄めて、もっと安くして、村中の人間に一杯残らず買わせる!」
俺は頭を抱えた。
「質より量、薄利多売の物量作戦だ!」
「ここで水を売りまくってマオリョーが大儲けすれば、会社がデカくなって、アイシスの生活も超絶リッチになる!」
「つまり、お前が頑張れば『アイシス様の評判も爆上がりする』ってことだ!」
俺のセコい商売根性から出た、その適当なハッタリ。
それが、最悪の地雷を踏み抜いたことに、俺は数秒後に気づくことになる。
「……ッ!!」
ミィナの瞳孔が、カッ、と見開かれた。
「アイシス様の……評判が……上がる……? このわたしのお水で、アイシス様が、世界中から賞賛を……?」
「お、おい? なんか急に目がガンギマリになってんぞ? 落ち着けよ、朝みたいに『無心で』チョロチョロっと出せばいいんだからな?」
「無心でなどいられません! 愛するアイシス様のため!」
ミィナは頬に手を当てた。
「アイシス様の偉大さをこの村の愚かな人間どもに知らしめるため!」
「わたしは、もっと、もっと、もっと綺麗な、至高のお水を捧げなくては……!!」
「おい待て! ストップ!」
俺は指を突きつけた。
「なんでお前はアイシス絡みになるとすぐにブレーキがぶっ壊れるんだよ!」
「朝はあんなに上手く制御できてたじゃねえか!」
俺の制止も虚しく、ミィナは両手を天高く掲げ、恍惚とした表情で叫んだ。
「アイシス様あぁぁぁ!! 見ていてください、わたしの清浄なる愛を!! 浄化祈祷、フルパワー・リリースですぅぅぅ!!」
ドゴォォォォォォォォンッ!!!
「うおおおおおおおおっ!?」
樽からチョロチョロと出るなんてものではない。
ミィナの足元から、村の広場の中央を突き破るように、巨大な間欠泉のごとき超極太の水柱が天に向かって噴き出した。
「バカヤロウ! 水圧がおかしいだろ! どんだけアイシスへの愛が重いんだよ! 村が! 村が沈むわ!!」
「きゃあああああっ! エ、エリートのわたしが水浸しにぃぃぃ!」
リリが悲鳴を上げながら、濁流に足を取られてひっくり返った。
「おっちゃん! えらいこっちゃ! これめっちゃ広い温泉やな! 冷たいけど!」
ゼルが尻尾をバタバタさせて濁流を泳いでいる。
「それを世間ではただの洪水って呼ぶんだよ! 呑気に泳いでないで助けろ!」
「リリ! お前、補助魔法でなんとかしろ! 水を止めろ!」
「わ、わかってるわよ! 水には水をぶつけて相殺する、シナジー効果よ! 浄化の補助!」
リリが必死に指先を突き出す。
ぽちょん。
「数滴の水を大瀑布にぶつけて何になるんだよおおおおお!!」
俺は声を張り上げた。
「焼け石に水どころか、大洪水に目薬だろうが!!」
「お前のその絶妙に役に立たないポンコツ補助魔法、マジでふざけんな!!」
ドドドドドドドッ!!




