マオリョー、新規事業を立ち上げます④ 美貌こそ、最強だ(と本人は言う)
「……コンバージョン率が下がるって言いたいのか、それ」
「こんばー……? なにそれ。わたしはただ、しゅーんって、ぎゅうって、ってだけよ?」
「擬音だけで経営すんな! なのに言いたいことは合ってるのが、逆に腹立つわ!」
「黙れ小娘。俺様の美貌こそが最強の解決策だ」
ルシフは前髪をかき上げた。
「見よ、すでに俺様の等身大ポスターを千枚ほど発注しておいたぞ」
「これを村中に貼り巡らせるのだ」
ルシフが指を鳴らすと、彼自身のキメ顔がドアップで印刷された、無駄に紙質がいいポスターが山のように積まれた。
「お前、俺の金で勝手に何発注してんだあああああ!!」
俺は天を仰いだ。
「ポスター代で俺の全財産が消し飛んでるじゃねえか!!」
「水を入れる樽を買う金がなくなっただろうが!!」
「細かいことを気にするな。俺様の美しさに惹かれ、民草は水を我先にと買い求めるだろう」
俺は半目になった。
「俺様のポスターには、一杯ごとに俺様の投げキッスがついてくるという特典もつけよう」
「いらねえよそんな特典!! 完全に客層が限定されるだろ!」
俺はツッコんだ。
「なんでこの城の役員は、ゼノといいお前といい、揃いも揃って私利私欲と自己顕示欲の塊なんだよ!」
「! 戦力になれよ!!」
結局、ルシフは強大な力を見せるわけでもなく、ただ自分のポスターを大量に押し付けて満足げに去っていった。
俺の手元に残ったのは、すっからかんの財布と、ナルシスト副社長の美貌ポスターの山、そして数個の安物の樽だけだった。
「……クソッ! こうなったらヤケだ! 俺の天才的な水増し商法で、絶対に取り返してやる!」
「わたしの『あくありうむ』のブランド力で、マーケットを席巻してやるわ!」
こうして、俺たちはミィナの極上の水(を川の水で三倍に薄めたもの)と、大量のルシフのポスターを台車に積み込み、近隣の村へと向かった。
村の広場に陣取り、いよいよ販売開始だ。
「さあさあ寄ってらっしゃい見てらっしゃい!」
俺は声を張り上げた。
「こちらマオリョー謹製、奇跡の万能水『飲むルシフ』……じゃなくて『あくありうむ』!」
「これを飲めば肩こり腰痛、さらには恋の悩みも一発解決!」
「なんと今なら、一杯たったの銀貨一枚!」
「なんだなんだ? ただの水が銀貨一枚?」
村人が集まってきたところで、俺はゼルに合図を送った。
「おいゼル! 出番だ!」
「お、おう!」
「俺は通りすがりの子供やけど、この水飲んだら、昨日までの腰痛が嘘みたいに消えたわー!」
「しかも宝くじで一等当たったでー!」
「……あの子、どう見てもサクラだろ。棒読みすぎるし」
「バカ! 大根役者にも程があるだろ! もっと感情込めろ!」
「しゃーないやんけ! 俺、嘘つくの苦手やねん! 子供やぞ!」
さらに、村人たちの視線がルシフのポスターに向けられる。
「うわっ、なんだこの気持ち悪い男のポスター……『俺様の輝きに、焦がれろ』? 宗教か何かの勧誘か?」
「水にこの男の投げキッスがつくらしいぞ。気持ち悪いから近寄らんとこ」
「ポスターのせいで客が遠のいてるじゃねえか!! おいルシフ! どこにいるんだお前、責任取れ!! 全然広告塔になってねえだろ!」
ルシフの売名行為によるポスター大作戦は、見事に大滑りし、売上には1ミリも貢献していなかった。
それどころか、怪しい宗教団体だと思われて客足が遠のく始末だ。
「クソッ、このままじゃ俺の全財産がパァだ! 全然売れねえ! おいリリ、お前のエリートな販売戦略はどうなってんだよ!」
「わたしのせいじゃないわよ! あなたの水増しがバレて、味が薄いからリピーターがつかないのよ! セコいことするからでしょ!」
「うるせえ! 原価ゼロの商売で赤字になるわけにはいかねえんだよ!」
俺は焦っていた。
この状況を打開するには、さらに薄めて量を増やし、安売りで無理やり売り捌くしかない。
俺は、台車の横で正座しているミィナを振り返った。
だが――俺のこのセコい思いつきが、ミィナの『過剰な善意』という最も危険なスイッチに手をかけていることに、この時の俺はまだ気づいていなかった。




