マオリョー、防犯対策します⑦ 普通の奴が、来てくれ
俺は、ボロボロになった一張羅の布切れを必死に寄せ集めながら、凍りついた床の上でガタガタと震えた。
アイシスの絶対零度に続き、今度はノクテの過剰警備トラップ。
次から次へと自軍の幹部によってHPを削られ、俺の異世界就職活動は、いよいよ文字通りの『命懸けのサバイバル』の様相を呈してきていた。
「……お願いだから、誰か普通の奴が来てくれ……」
天井で「エリートを降ろしなさい!」と暴れるリリを見上げながら、俺は本日の収支計算を脳内で叩き出し、また一つ、深いため息をついた。
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「……おいノクテ! さっさとこの影のネットを解除しろ! 俺の一張羅がズタボロなんだよ! ていうか泥棒は捕まえたのか!?」
要塞と化した魔王城の大広間。
俺は、全身に影のトゲが刺さるネバネバのネットの中で芋虫のように這いずり回りながら、無言で立つ影の諜報員・ノクテに向かって叫んだ。
その横にフワフワと胡座をかいて浮いているCEO、ゼノが、もったいぶって口を開く。
「……うむ。ノクテはこう申しておる。『安心せよ、新入り」
ゼノは重々しく頷いた。
「我が完璧な防衛網に引っかかり、真犯人はすでに完全包囲下にある』……とな」
「だからお前が勝手に翻訳するな! で、どこにいるんだよその泥棒は!」
ノクテは無言のまま、大広間の出口――社宅へと続く廊下の方角を、スッと指し示した。
「……は? こっちかよ」
俺は影のネットからようやく解放され、ビリビリに破れた布の服を引きずりながら、ノクテの示す方へ廊下を進んだ。たどり着いたのは、俺の部屋。その隅、冷たい隙間風が吹き込む壁の穴のすぐそばだった。
そこには、こんもりとした小さな『山』があった。
「コッコッ……ぴぃ」
「……ぴぃ!?」
俺が魔王城に来た初日、玄関先で震えていた謎の鶏。いつの間にか俺の部屋に住み着いていた、あの寒がりの鶏だ。
そいつが、丸くうずくまっていた。
「おい待て……お前が座ってるその山、よく見たら……俺の『備蓄用の干し肉』じゃねえか!!」
「ぴぃ」
「ぴぃ、じゃねえよ! なんでお前が俺の飯を大量に抱え込んでんだよ! 夜な夜な食料を消してた泥棒の正体はお前だったのか!」
俺が絶叫すると、影のロープから解放されたリリが、丸メガネを直しながらドヤ顔を作った。
「なるほどね。あの鶏、干し肉を断熱材代わりにして、自分の『巣』を作っていたのね」
リリは胸を反らした。
「エリートのわたしにはわかるわ、これは厳しいマーケットを生き抜くための、リソースの再分配よ」
「サステナブルなエコシステムが構築されてるわね!」
「エコシステムじゃなくて俺の命のシステムが崩壊してんだよ!」
俺は頭を抱えた。
「再分配ってただの横領だろうが!」
「アイシスのせいで城中が永久凍土になったからって、なんで俺のなけなしのカロリーを使って冬支度してんだよ!」
「藁とか使えよ!」
ゼルも鎖から解放され、頭を掻きながら近寄ってきた。
「アホやなーおっちゃん。鶏かて生き物やで」
ゼルは牙を剥いた。
「こんなクソ寒い城に放り出されたら、あるもん使って巣ぅ作るに決まっとるやん」
「おっちゃんの肉、カチカチで硬くてちょうどええ建材やったんやろ」
「食い物を建材にするな! 俺の飯だぞ! 返せぴぃ! それは俺の命を繋ぐ大事な……!」
俺がぴぃの巣――つまり干し肉の山――に手を伸ばそうとした、その時だった。
「……待て。新入りよ」
それまで胡座をかいて浮いていたゼノが、静かに床に降り立った。
その瞳には、いつものふざけた翻訳詐欺おじさんの顔ではない、魔王軍幹部としての静かな威圧感が宿っていた。
「……ゼノ?」
ゼノは、俺とぴぃの間にゆっくりと歩み寄り、低く、しかし通る声で言った。
「……巣を、壊すな」
「は?」




