マオリョー、防犯対策します⑤ 一言も、喋らなかった
俺のセコい独占欲から始まった防犯対策は、ゼノの翻訳詐欺を経て、マオリョー全体を巻き込む最悪の『要塞化事件』へと発展しようとしていた。
「……ってか、ノクテ、マジで一言も喋らなかったな……」
俺の乾いた呟きは、極寒の廊下に虚しく吸い込まれていった。
---
翌朝。
「……おい。なんだこれ。どういうことだ」
俺は、自分の部屋(壁に穴が開き、隙間風が吹きすさぶ極寒の社宅)で目を覚まし、外へ出ようとドアノブを回したところで、完全に動きを止めていた。
「開かねえ! なんでドアがビクともしねえんだ! 鍵なんかかかってないはずだぞ!」
ガンガンとドアを蹴っ飛ばすが、まるで分厚い鉄の壁に阻まれているような手応えしかない。
俺は嫌な予感がして、壁に開いた穴から外の廊下を覗き込んだ。
「……おいおいおい、嘘だろ」
俺は頭を抱えた。
「ドアの前に、信じられないくらい大量の瓦礫と鉄骨が積まれて、完全なバリケードが構築されてんぞ!」
「完全に中から出られないように封鎖されてるじゃねえか!」
昨日、俺はゼノとノクテに「城の防犯」と「泥棒探し」を依頼した。
だが、これはどう考えても防犯の域を超えている。泥棒が入らないようにするのではなく、俺を部屋に軟禁して動けなくする気か!
「ふざけんな! 俺は依頼主だぞ!」
俺は指を突きつけた。
「防犯対策ってのは、住人の生活動線を確保した上でやるもんだろうが!」
「こんなのただの監禁じゃねえかあああ!!」
俺は怒り狂いながら、壁の穴(初期から空いているダメージ)を蹴破って、なんとか廊下へと這い出した。
だが、そこはもはや、俺の知っている魔王城の廊下ではなかった。
「……なんだこの、デストラップの展覧会は」
ツルツルの永久凍土の廊下には、至る所に細い影の糸が張り巡らされ、天井からは無数のトゲ付き鉄球がぶら下がり、床には禍々しい魔法陣がそこかしこに描かれている。
「やりすぎだ! 過剰防衛どころの騒ぎじゃねえ!」
俺は声を張り上げた。
「ただの食料泥棒を捕まえるために、なんで城全体を殺戮要塞みたいに改造してんだよ!」
「ノクテ! お前どこにいる! 出てこい!」
俺が叫びながら一歩踏み出した、その瞬間だった。
ピーンッ。
俺のつま先が、見えない影の糸に触れた。
「あっ」
ヒュンヒュンヒュンヒュンッ!!!
壁に偽装されていたスリットから、無数の黒い影の矢が、マシンガンのように俺に向かって射出された。
「うおおおおおおおおっ!? 殺す気かああああああ!!」
俺は地面にスライディングしてギリギリで矢を躱したが、永久凍土の氷の上を滑ったせいで勢いが止まらず、そのまま次のトラップゾーンに突っ込んでしまった。
バコンッ!
「ぎゃんっ!?」
床板が跳ね上がり、俺の顎にクリーンヒット。
さらに空中に放り出された俺を、天井から落下してきた『影で編まれた粘着ネット』がスッポリと包み込んだ。
「いてええええええ! なんだこのネット! ネバネバしてて全然取れねえ!」
「しかも影のトゲみたいなのがチクチク刺さって痛い! 痛い痛い痛い!」
俺はネットの中で芋虫のように這いずり回りながら、全身を襲う痛みと絶望に涙を流した。
「俺の一張羅が!」
「初期装備のなけなしの『布の服』が、ネットのトゲに引っかかってズタボロに裂けてるじゃないか!」
「ただでさえ寒いのに、これじゃ完全に露出狂のボロ布だ!」
「俺の全財産にして唯一の防具を返せええええ!!」
俺が血の涙を流しながらネットを食い破り、ボロボロの姿で大広間へとたどり着いた時、そこにはさらなる地獄絵図が広がっていた。
「……なんだこれ」
「助けなさいよ新入社員!! なんなのよこの会社! 完全にコンプライアンス違反よ!」
リリは得意げに鼻を鳴らした。
「エリートの人事を天井から逆さ吊りにするなんて、不当労働行為で提訴してやるわぁぁぁ!!」




