マオリョー、防犯対策します③ 時間を、戻してくれ
「……おい。誰か時間を昨日の夜に戻してくれ。俺の愚かな自作自演トラップを止めてくれ」
凍えきった大広間。
俺は、昨夜の惨劇で半分がひしゃげ、残りの半分が消し炭になった干し肉の残骸を前に、体育座りで虚空を見つめていた。
「自業自得ね」
リリは丸メガネを押し上げた。
「盗られる前に独り占めしようなんていう、あなたのそのセコくてクズな打算が招いた結果よ」
「エリートのわたしは最初からこうなるって、コンセンサスを取ってたわ」
「後出しでコンセンサスとか言うな!」
俺は指を突きつけた。
「大体お前がトラップにヘッドスライディングしてこなきゃ、ここまで全壊してねえんだよ!」
「ああクソッ、結局真犯人の泥棒は逃がすし、俺の『探索』は城内じゃモザイクかかってて使い物にならねえし!」
「最悪だ!」
俺が頭を抱えて叫ぶと、リリは、やれやれと肩をすくめた。
「しょうがないわね。城内の監視と諜報なら、適任の部署があるわ。……CEOのゼノと、その従者のノクテよ」
「取締役!? 魔王軍の役員か!? そんな偉い奴がこの倒産した城にまだ残ってんのか!」
「ええ。ゼノはこの城で一番強い実力者よ」
「なぜか再雇用契約も結んでないのに、ずっとこの城に居座って……じゃなくて、滞在してるの」
「彼の従者のノクテは『影の諜報担当』だから、防犯対策ならうってつけよ」
「それだ! 早くそいつのところに行くぞ! 俺の残りの飯が盗まれる前に!」
俺たちは、城の最上階に近い、静寂に包まれた和室のような部屋を訪れた。
部屋の奥には、腕を組み、目を閉じて胡座をかく、黒鎧に身を包んだ威風堂々とした初老の偉丈夫――CEOのゼノが鎮座していた。その存在感だけで、空気がピンと張り詰めているのがわかる。ただ者じゃない。
そしてその後ろの影に、音もなく佇む黒装束の青年。彼が従者のノクテだろう。
「……ふむ。我が主の城に響く喧騒。何用か、新入りよ」
ゼノがゆっくりと目を開き、重厚な声で問いかけてきた。
「あ、えっと、新入社員の勇者です! 実は、夜な夜な俺の食料が消える怪事件が起きてまして!」
ゼルは腹を鳴らした。
「俺の探索だと城内はぼやけて犯人が見えないんです!」
「だから、諜報担当のノクテに、城内の警備と犯人探しを依頼したいんです!」
俺が必死に頭を下げると、ゼノは「……ほう」と短く唸り、背後のノクテに視線を向けた。
「……ノクテよ。新入りがこう申しておるが、貴様はどう考える」
「…………」
影に潜むノクテは、一切の表情を変えず、ただ無言でスッと頭を下げた。
えっ、何? 今の沈黙、何かのサイン?
すると、ゼノが深く頷き、俺に向き直った。
「……うむ。ノクテはこう申しておる。『承知いたしました」
ゼノは重々しく頷いた。
「城内の警備、このノクテが命に代えても完遂いたしましょう」
「つきましては、夜間の警備にあたり、特別手当として最高級の銘酒と、極上のツマミをゼノ様に要求いたします』……とな」
「絶対言ってねええええええええ!!!」
俺の渾身のツッコミが、静寂の和室に爆音で響き渡った。
「おいおっさん! 今のは完全にあなたの個人的な要求だろ! ノクテ、一言も喋ってねえじゃねえか! ただ頭下げただけだぞ!」
「……無礼な。ノクテは寡黙な男でな。長年連れ添った我には、彼の心の声が、手に取るようにわかるのだ。いわば、魂の翻訳よ」
「魂の翻訳に銘酒の要求が混ざるわけねえだろ! どんだけ私利私欲にまみれた魂してんだよ! 完全な翻訳詐欺じゃねえか!」
俺が抗議すると、ノクテは再びスッと、無言で首を横に振った。
「ほら見ろ! 本人も違うって首振って……」
「……うむ。ノクテはこう申しておる」
ゼノは重々しく頷いた。
「『新入りごときが、我が敬愛するゼノ様の言葉を疑うなど万死に値する」
「今すぐ土下座して謝罪し、慰謝料としてゼノ様にふかふかの高級羽毛布団を献上せよ』……とな」




