マオリョー、求人募集します⑤ 掃除より先に、水が要る
間髪入れずに怒鳴りつける俺に、リリは心外だと言わんばかりに丸メガネをクイッと押し上げた。
「当たり前でしょ。魔王様が夜逃げして、社員もみんな辞めちゃったんだから。食材の備蓄なんてとうの昔に底をついてるわ」
「じゃあどうやって飯を食うんだよ! 俺は霞を食って生きる仙人じゃないんだぞ!」
「そこはあなたの『探索強化』の出番じゃない! 森でキノコでも野草でも見つけてきなさいよ!」
この女、入社初日の新入社員に自給自足のサバイバルを要求してきやがった。
だが、腹の虫が鳴り始めているのも事実だ。俺は深いため息をつき、頭を掻き毟った。
「……わかった、わかったよ。食材はあとでなんとかする。とりあえず水だ。長旅で喉がカラカラなんだ。厨房か井戸に案内しろ」
水さえ飲めれば、少しは冷静になれる気がした。人間、水分さえ取っていれば数日は生き延びられるというしな。
リリは「仕方ないわね」と肩をすくめ、俺を城の奥へと案内し始めた。
案内されたのは、かつては豪華だったのだろう広大な厨房だ。だが現状はただの廃墟。壁は崩れ、かまどには蜘蛛の巣、床には得体の知れない黒ずみがこびりついている。
「うわ……マジでボロいな……。衛生観念どうなってんだよ」
「文句言わない。ほら、そこの水汲み場を使っていいわよ」
リリが指差した先には、石造りの流し台と魔導具らしき蛇口があった。魔力で地下から水を汲み上げる仕組みらしい。そこだけは少しテンションが上がった。
俺は急いで駆け寄り、蛇口のレバーを思い切りひねった。
ギギッ、ギガガガッ……。
嫌な金属音が鳴り響く。しかし、待てども待てども水は一滴も出てこない。
「……おい。水、出ないぞ」
俺が振り返ると、リリは明後日の方向を見ながら口笛を吹いていた(ただし音は出ていない)。
「おい! 目を逸らすな! なんで水が出ないんだよ!」
「……だ、だって、仕方ないじゃない。数ヶ月前から魔力供給のラインが止まってるんだもの」
「はあ!? なんで止まってんだよ!」
「料金未払いよ!」
「……公共料金で止まる魔王城、初めて見たわ。俺が倒すまでもなく、督促状で滅ぶだろここ」
俺は頭を抱えた。
水が出ない。料理もできない、体も洗えない、何より今の渇きを癒せない。ダンジョン攻略よりはるかに切実な、生存直結の絶望クエストだ。
「どうすんだよこれ! 水がなきゃ明日には干からびて死ぬぞ! 近くに川とか湧き水はないのか!?」
俺がパニックになりかけて詰め寄ると、リリは「ふっ」と不敵な笑みを浮かべた。
「慌てなさいな、愚かな新入社員。このわたしがいることを忘れたの?」
「……お前が? まさか、魔法で水を出せるのか?」
俺は藁にもすがる思いでリリを見た。こいつは一応サキュバス、悪魔の一種だ。謎の人事担当とはいえ、魔法くらいは使えるはずだ。
「えっへん! 当然よ! わたしは人を結び、力を引き出す『契約魔法』のプロフェッショナル! エリート中のエリートなんだから!」
リリは丸メガネをドヤ顔で光らせながら、流し台の前へと進み出た。
「ふふん、よく見てなさい。わたしの洗練された詠唱を!」
リリは両手を胸の前で組み、目を閉じて深く息を吸い込んだ。いかにも高位の魔術師といった風情で、少しだけ神々しくすら見える。
……一応、確認しておくべきだろうか。
「……おい。一応聞くが、お前、水を出すのは専門なのか?」
「ふん、愚問ね。わたしは『契約魔法』のプロよ。プロなんだから、水くらい当然——」
「いや、それ全然答えになってねえぞ。専門なのかって聞いてるんだよ」
「うっ……せ、専門ではないけど、プロなんだから、できるに決まってるじゃない!」
「専門外なのかよ!」
俺のツッコミを華麗にスルーし、リリは再び目を閉じた。
これは期待できるかもしれない。水流を操る強力な魔法で、この渇ききった城にオアシスをもたらしてくれるに違いない。
「……集え、大気より出でし清冽なる雫よ!」




