マオリョー、求人募集します④ 契約の印は、燃えるように熱い
そして、俺が名前を書いた、まさにそのとき――なんか、ものすごく嫌な予感がした。
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契約書にサインした瞬間、古ぼけた羊皮紙から淡い光が弾けた。
ペン先が紙に触れた一点から走ったその光は、まるで静電気のように俺の指先を伝い、腕を駆け上がり、最終的に瞳の奥へと熱を帯びて飛び込んできた。
「うおっ、あっつ! なんだこれ、目が、目がぁぁっ!」
俺は顔を覆ってうずくまった。敵の組織に就職した挙句、よくわからない魔法を食らって床を転げ回る勇者。我ながらドン引きの展開だ。
「ちょっと、大げさね。ただの契約魔法の証よ」
指の隙間から見上げると、色気ゼロのサキュバス、リリがふんぞり返って俺を見下ろしていた。その丸メガネの奥の瞳には、俺と同じ奇妙な紋様が浮かんでいる。
「け、契約魔法……? おい、変な呪いとか借金の肩代わりとかじゃないだろうな!」
「失礼ね! わたしがあなたに結んであげたのは、由緒正しき『探索強化の契約魔法』よ!」
リリは豊かではない胸をグッと張り、ドヤ顔で言い放った。
「たんさく、きょうか?」
「そう! あなた、どうやらそういう地味な才能だけはあるみたいね」
リリは得意げに丸メガネを押し上げた。
「これで、見えない敵の気配を察知したり、探し物を見つけたりできるようになったはずよ。エリート人事のわたしの手腕に、涙を流して感謝しなさい!」
俺は立ち上がり、自分の両手を見つめた。
探索強化。勇者といえば『聖剣の輝き』とか『超弩級の爆裂魔法』だろう。なぜよりにもよって『索敵』なのか。魔王軍の残党相手にかくれんぼでもしろというのか。
「……なあ、これ、攻撃力とかは上がってないのか?」
「上がるわけないでしょ、補助なんだから。索敵範囲が広がるだけよ」
「じゃあ、仮に強力なモンスターを発見したとして、俺はどうすればいいんだ?」
「いち早く察知して、全力で逃げるのよ! 生存率がグッと上がるわね、素晴らしい!」
「逃げる前提じゃねえか! 勇者のスキルとして終わってんだろ!」
俺は激しくツッコミを入れた。が、リリはどこ吹く風で「ふふん」と鼻を鳴らしている。
「まあ、ありがたく思いなさい。わたしは契約魔法のプロフェッショナル。人と力とを、結ぶ側の存在なんだから」
結ぶ側――その言い方に、俺は妙な引っかかりを覚えた。「授ける」でも「与える」でもない、「結ぶ」。それはまるで、自分自身は力の出どころではない、とでも言っているかのようだった。
だが、それより何より、俺は自分の心境の妙な変化に気づいていた。この女の言うことを、なぜか「まあ、聞いてやってもいいか」と思える。あれほど胡散臭いと思っていたのに、逆らう理由がすっと消えていくのだ。
「……なあ。お前、俺になんか変な洗脳術でも使ってないか?」
「ふっ。失礼ね。これはわたしの溢れ出る『人徳』のなせる技よ」
こんなスッカラカンの女の人徳でこんな現象が起きるか、と思ったが、口には出さなかった。人を安心させるのが上手い種族なのだろう。サキュバスか何かで。
「まあいいわ。文句があるなら契約破棄してもいいのよ? もちろん、前借りの話もナシになるけど」
「くっ……! 足元を見やがって……!」
俺はギリッと歯を食いしばった。そうだ、俺にはギルドへの莫大な借金がある。ここで無職に戻れば、待っているのは借金取りに追われるホームレス生活だ。プライドも勇者としての尊厳も、このポンコツサキュバスに売り渡すしかない。
「よし、契約も無事に済んだことだし、まずは仕事に取り掛かってもらうわよ」
「おい、ちょっと待て。仕事の前に、労働環境の確認だ。俺は今日からここに住み込みで働くんだろ? 部屋と、あと飯と水はどうなってるんだ」
「部屋は離れの社宅を使っていいわ。飯は……まあ、自炊ね」
「百歩譲って自炊はいい。食材はどこにある?」
「ないわよ」
「ないのかよ!」




