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魔王軍倒産しました。〜領地は絶賛再建中・勇者は絶賛就職中〜  作者: 瀬大
第1話 マオリョー、求人募集します
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マオリョー、求人募集します③ 福利厚生は、完備(当社比)

「安心して。うちの待遇は手厚いのよ。福利厚生も完備、なんといっても――」


リリは指を一本立て、得意げに発音した。


「リターン・オン・インベストメント、よ」


「…………は?」


「リタァァァン・オン・インヴェスメント!」


「そこだけ無駄に発音いいの、ずるいだろ! 単語の意味わかってんのか!」


「だから、リターン・オン・インベストメントよ。こう……投資が、その……リターンして、最終的にバーンとインベストメントするやつ!」


「お前、今ただ単語を並べ替えて擬音足しただけだろ!」


「と、とにかく、すごくお得なの! 略して、アール・オー・アイ! なんか、必殺技みたいで強そうでしょ?」


「略しても中身がないのは変わらないぞ! ビジネス用語使って有能ぶるのやめろポンコツ!」


ネイティブ発音だけは達者なくせに、肝心の意味は本人がまったく分かっていない。こいつ、絶対に頭が悪い。


「で、結局その投資なんとかは、俺にいくら払ってくれるんだよ」


「ふっ……お金じゃないわ。もっと価値のあるものよ」


「金がいい! 絶対に現金がいい!」


「住む場所と、三食と、そして……やりがいよ」


「やりがいを三食の横に並べて数えるな! ブラック企業のテンプレじゃねえか! 大体、ちゃんと三食出るんだろうな?」


「し、失礼ね! ちゃんと、出るわよ。……たぶん」


「『たぶん』で三食を語るな! 命に関わるぞ!」


だが――「住む場所」と聞いて、俺の心が少しだけ動いた。今の俺は無職で、宿代どころかパンを買う金もない。野宿か、屋根のある廃城か。俺の心の天秤は、すでに就職へと傾き始めていた。


「さあ、ごちゃごちゃ言ってないでサインして」


リリが、墨のかすれた契約書とペンを強引に押しつけてきた。


俺はそのペンを受け取りながら、軸を指でそっとなぞる。ひんやりとして、適度な重み。


(……銀製か? だとしたら、質屋に売れば当面の飯代くらいに――)


ただの、銀色に塗装された木だった。冷たかったのは隙間風のせい。一瞬でも期待してしまった自分が、死ぬほど恥ずかしい。


ともあれ、サイン前に条件交渉だ。どうせ住み込みなら、ふんだくれるものは全部ふんだくっておくべきだ。


「いいか。まず三食、これは絶対条件だ。あと個室、初任給の前借り、城にある備品も自由に使わせてもらうからな。それと――」


「いいわよ」


「……は?」


「ぜーんぶ、いいわよ。そのかわり――」


リリの丸メガネの奥の瞳が、きらりと怪しく光った。


「契約は、今ここで。即決ね。今この瞬間にサインしないなら、この超絶好条件は、ぜんぶ取り下げよ」


「……は? ちょっと待て、いくらなんでも検討くらい――」


「いーち、にーい」


「お前、急にカウントダウン始めるな!」


「さーん!」


俺は猛烈に焦った。盛るだけ盛った好条件が全部パアになる。


「ああもう! 分かった! サインする!」


勢いに任せて、よれよれの羊皮紙に自分の名前を殴り書きした。


「ふっ。交渉成立ね」


リリが、これ以上ないほど勝ち誇ったドヤ顔を見せた。


「よし、じゃあ早速、前借りの金を頼む」


「あ、前借りね。もちろん出すわよ。この城に、お金が入ったらね」


「……入ったら?」


俺の顔からスッと血の気が引いた。


「ええ。マオリョーの再建が成功して、利益が出たら。そのとき、必ず支払うわ」


「それ、いつになるんだよ!」


「さあ? 神のみぞ知る、ってやつね。わたし女神じゃないけど」


やられた。「出す」とは言ったが、「いつ出す」とは一言も言っていなかった。


「……じゃあ、個室は」


「あるわよ。離れの社宅に。めちゃくちゃボロくて雨漏りするけど」


「城の備品は」


「ご自由にどうぞ。まあ、売れそうなろくな物なんて、ひとつも残ってないけどね」


俺が勝ち取ったはずの好条件は、すべて「空手形」だった。


このポンコツ人事、人を乗せて都合のいい契約書にサインさせる手際だけは、腹が立つほど一流だった。


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