マオリョー、在庫処分します⑫ 在庫処分の、その後
「……まあ、いいわ。わらわの力、せいぜい有効に使いなさい」
アイシスは冷たく目を細めた。
「ただし、わらわの機嫌を損ねたら、またいつでも永久凍土に沈めてあげるから覚悟しておくことね」
契約完了。
これでマオリョーは、ついに安定した冷蔵設備(ツンデレ魔族付き)を手に入れたのだ。
「よっしゃあああ!! やったぞ! これで肉が腐る心配はねえ! 俺の平穏なサバイバル生活の第一歩だ!」
俺は歓喜の声を上げ、永久氷塊の中に閉じ込められているウサギ肉の袋を指差した。
「おいアイシス! 早速だけど、その氷を解凍して、肉をちょうどいい感じのチルド状態にしてくれ! 腹が減って限界なんだ!」
アイシスは、俺の言葉に、冷たい視線を向けたまま、フッと鼻で笑った。
『……言ったはずよ? 二度と取り出せないほどの絶対零度で凍らせてあげる、と。……わらわが本気で封じ込めた氷は、わらわ自身でも、そう簡単には溶かせないのよ』
「………………………………は?」
俺の笑顔が、完全に凍りついた。
「溶かせない? 自分で作った氷なのに!?」
『当たり前でしょ。対象を永久に封じ込めるための魔法だもの。自然解凍されるまで、最低でも百年はかかるわね』
「百年!? 俺のウサギ肉が取り出せるの、百年後!? 完全に化石じゃねえか!!」
「……ふふっ。百年後の未来の社員への、素敵なタイムカプセルですね。勇者様、ロマンチックです」
「ロマンチックじゃねえよ! 俺の今日の昼飯の話をしてんだよ! おいゼル! お前の炎で溶かせ! 今すぐ!」
俺がゼルにすがりつくと、ゼルは首をブンブンと横に振った。
「無理や! さっきも言うたやろ、ババアの氷は俺の火ィでも溶けへんねん!」
「しかも、この分厚さやろ?」
「本気で溶かそう思たら、城ごと消し飛ぶくらいの火力出さなアカンで!」
「城ごと消し飛んだら本末転倒だろうが!! なんでどいつもこいつも極端なんだよ!!」
俺は、カチンコチンに凍りついた俺の全財産(麻袋)にすがりつき、再び血の涙を流した。
「全損だ……! 結局、俺の食料は全損じゃねえか……!! 何が在庫処分だ、ただの永久封印だろうが!!」
『……うるさいわね。わらわのせいじゃないわ。あのアホ精霊が水浸しにしたのが悪いんでしょ。……まあ、お前たちが餓死するのは目覚めが悪いから、わらわの部屋の奥に残っていた『備蓄用の干し肉』を少しだけ分けてあげてもいいわよ。……少しだけだからね!』
アイシスが、ツンと顔を背けながら、どこからともなく干し肉の束を取り出して俺の顔面に投げつけた。
「いってぇ! でも……干し肉! カロリー! ありがとうツンデレ女王! 一生ついていきます!」
「……ふふっ。やっぱりアイシス様は優しいですね。ツンは、デレを長持ちさせるための最高の保存料ですね」
「ミィナ、お前誰が上手いこと言えと言った! でも今回はマジでその通りだよ! お前のサイコパス発言に初めて同意したわ!」
俺は氷の床に正座して、カチカチの干し肉を必死に齧った。
硬い。信じられないくらい硬いが、確かに肉の味がする。
こうして、城における最大の懸案だった「食料保存」の問題は、アイシスとの契約によって一応の解決を見せた。
ミィナとの確執も、アイシスのツンデレというフィルターを通して、なんとなく誤魔化された……ような気がする。
だが。
「……おい。アイシス。肉はもらったからいいけどよ」
俺は、ガタガタと震えながら、凍りついたままの廊下と広間を見渡した。
「この城の氷、いつ溶けるんだ?」
『……言ったでしょ。わらわの魔法は強力なの。自然解凍を待ちなさい』
「だから何百年かかるんだよおおおおお!!!」
中庭の火が戻り、冷蔵庫も確保した。
しかし、ミィナの大瀑布とアイシスの絶対零度のコンボによって生み出された城の永久凍土は、そう簡単に溶けるものではなかった。
「……さ、寒い……。エリートのわたしが、冷え性で……」
「おっちゃん、俺、火ィ出そか? 城の半分くらい燃やしたろか?」
「出さなくていい! お前が火を出したら今度は水蒸気爆発で俺たちが茹で上がるわ!」
ふと足元を見ると、寒がりのぴぃが、これまで以上に体を限界まで丸めて、ガタガタと震えていた。城が丸ごと永久凍土になったんだ。こいつにとっちゃ地獄みたいな環境だろう。
「……お前も大概だな。こんな極寒の城で、よく凍え死なねえもんだ」
ぴぃは「ぴぃ……」と弱々しく鳴くと、俺が齧っていた干し肉の匂いを嗅ぎ、物欲しそうに見上げてきた。
「やらねえぞ。これは俺の、なけなしの命綱だ」
俺は、カチカチの干し肉を齧りながら、大きく溜息をついた。
温度だけ、下がった。
本日の収支。
収入:保存管理の契約魔法(冷蔵設備・ツンデレ魔族つき・解凍は百年後)。
支出:全財産、両手の感覚、城の温度。
差し引き――極寒の、大赤字。
俺の異世界就職活動は、こうして大赤字のまま、明日へと続くのだった。




