マオリョー、在庫処分します⑪ 氷は、緩んだ
俺は氷をバンバンと叩いた。
「俺はお前の後ろめたさを見抜いてるぞ!」
俺は声を張り上げた。
「会社のインフラをぶっ壊した責任を感じて、部屋に引きこもってやり過ごそうとしてるだけだろ!」
「だから出てこい! 俺たちと契約して、このクソ寒い凍結状態を解除しろ!」
「そして俺のウサギ肉を冷凍してくれ! 頼むから俺に飯を食わせてくれ!!」
『…………っ』
数秒の、重い沈黙。
そして。
ピシッ……パキパキパキッ!
俺の足元を拘束していた氷が、ゆっくりとひび割れ、溶け始めた。
「おっ!? 氷が緩んだ! 足が動くぞ!」
「あ、あったかい……! わたしのエリートな血流がリブートしたわ!」
ゴゴゴ……と重い音を立てて、廊下を塞いでいた分厚い氷の扉が、ゆっくりと開いていく。
中から現れたのは、透き通るような銀髪と、氷のように冷たい美貌を持った女性――執行役員、アイシスだった。
アイシスは、ツンと顔を背け、腕を組みながら不機嫌そうに俺たちを見下ろした。
『……勘違いしないでよね。別に、お前たちの情けない言葉に絆されたわけじゃないわ。ただ、このまま城が凍結して魔王様が帰る場所がなくなったら、寝覚めが悪いと思っただけよ』
——その一言で、なんとなく察しがついた。
こいつが部屋に引きこもってたのは、ただ拗ねてただけじゃない。社長がいなくなって、みんなバラバラに腐ってくこのボロ会社で。こいつはこいつなりに、いつ帰るとも知れない社長の席を、馬鹿正直に守ってたんだ。クソ寒い氷の部屋で、たった一人で。
……まあ、口が裂けても本人には言わねえけどな。柄じゃない。
「はいはい、典型的なツンデレのテンプレセリフありがとうございます! もうその『勘違いしないでよね』でお腹いっぱいです!」
「……ふふっ。アイシス様、お顔がほんのり赤くて可愛らしいです」
『うるさいわね! お前はちょっと黙っていなさい、この歩く水害!』
アイシスが指を鳴らすと、彫刻になっていたゼルの氷もパリンと砕け散った。
「ぷはっ!? ……さ、寒かったぁぁ! 死ぬかと思たで!」
「ほら、ポンコツ人事! お前の出番だ! さっさと契約魔法の儀式を済ませろ!」
俺は天を仰いだ。
「俺はもう一秒でも早く温かいストーブの前で丸まりたいんだよ!」
俺がリリの背中を叩くと、リリはコホンと咳払いをして、アイシスの前に立った。
「ふふん! 素直じゃない後輩をマネジメントするのも、エリート人事の重要なタスクよ!」
リリは目を泳がせた。
「アイシス、あなたをマオリョーの保存管理担当として再雇用し、わたしとアライアンスを結ぶわ!」
「これで会社のサプライチェーンは完璧ね!」
「だから意味不明な横文字でドヤるな! サプライチェーンってなんだよ、流通させる気か!」
「いい? よく聞きなさい。今のアイシスなんて、気まぐれに城を凍らせるだけの引きこもりよ」
リリは得意げに鼻を鳴らした。
「せっかくの氷も、ただの八つ当たりに使われてるだけ」
「でもわたしが契約魔法で繋げば、その氷が"会社の保存管理システム"になるの」
「会社の財産をきっちり守る、立派な機能に化けるってわけ」
「……お前、契約のたびに同じこと言ってんな。野良の力を会社の機能にする、って」
「そう、それがわたしの仕事だもの。ふふん、ようやく理解してきたじゃない」
リリは俺のツッコミを無視して、バサッと羊皮紙を広げた。
「いくわよ! マオリョー人事担当リリの名において、あなたと契約魔法を結ぶわ! 結びなさい、保存管理の契約魔法!」
リリの指先から、青白い光の粒子が放たれ、アイシスを包み込んだ。
アイシスの瞳の奥に、雪の結晶を模した魔法の紋様が一瞬だけ浮かび上がる。リリの瞳孔にも、透き通るような青白い結晶紋様が瞬いた。




