マオリョー、在庫処分します⑩ ツンの下の、後ろめたさ
おかしい。これだけの冷気を浴びて、まだ俺の心臓は動いている。足元からじわじわとしか凍ってこない。本気で殺す気なら、とっくに丸ごと氷漬けにされてるはずだ。
――こいつ、手加減してやがる。
その違和感に気づいた瞬間、凍りかけていた頭の奥で、最後の打算がカチッと音を立てた。
死にたくないなら、ここで賭けるしかない。俺は、感覚の消えた足を引きずって、分厚い氷で封鎖されたアイシスの部屋の扉へとにじり寄った。
「……おい。中のツンデレ女王。聞こえてんだろ」
声を絞り出す。凍えて震える声で、それでも精一杯、不敵に。
「お前……本当は、こんな大惨事にするつもりなかったんだろ」
隣では、自称エリート人事のリリが「ガタガタガタ! さ、寒い! わたしのエリートな血流がストップしちゃうぅ!」と震え、古龍のゼルは四つん這いのまま見事な氷の彫刻と化している。
そしてミィナだけが、「アイシス様とわたしの共同作業……ふふっ」と、狂気を孕んだ笑顔で氷の壁に頬ずりしていた。
『……な、何を言っているの。凍死寸前のくせに、減らず口を叩く余裕があるようね』
扉の向こうから、アイシスの声が響いた。だが、先ほどまでの「絶対零度の殺意」は鳴りを潜め、微かに声が上ずっているように聞こえる。
「減らず口も叩くわ! お前、さっき完全に勢いでやっちゃっただろ!」
俺は天を仰いだ。
「ミィナにまたトラウマをえぐられて、反射的に全力で魔法をぶっ放したはいいが」
俺は凍りついた廊下を見回した。
「城全体が凍結したのを見て、今頃部屋で『やっば、やりすぎた……』って焦ってんだろ!」
『な、ななな、何を根拠に! わらわは冷酷無比なフロストクイーンよ! 下賤な人間どもがどうなろうと知ったことではないわ!』
「さっき気づいたんだよ」
俺は半目になった。
「足元からジワジワ凍らせて、いつまでも俺たちに喋る余裕を残してる」
「それ、無意識のうちに手加減してる証拠だろ!」
「お前の心の奥底で『殺しちゃダメだ』ってストッパーが働いてるんだよ!」
俺は、ここが勝負どころだと悟り、凍りついた顎を無理やり動かして一気に畳み掛けた。
「大体な! お前、なんだかんだ言って、この城の仲間のことが気になってんだろ!」
俺はツッコんだ。
「特にそこのアホ精霊!」
「自分の部屋を水浸しにされたから怒って追い出したけど、本当はずっと気にしてたんじゃないのか!」
「『あの子、外で干からびてないかしら』って!」
『ち、違うわよ! あんな粗大ゴミ精霊、どうなったって……!』
「嘘つけ! お前が本当にミィナを嫌ってるなら、わざわざ湖に追い出したりしねえよ!」
俺は頭を抱えた。
「水の精霊が一番居心地がいい『水の中』に放り込んだ時点で、お前の優しさがダダ漏れなんだよ!」
「お前、実はめちゃくちゃ面倒見がいいタイプのツンデレだろうが!!」
俺の魂の叫びが、極寒の廊下に木霊した。
図星を突かれたのか、扉の向こうからは「くっ……!」という押し殺したような声が漏れる。
「……ああっ、アイシス様」
そこで、空気を全く読まないミィナが、両手を胸の前で組んでうっとりと語り始めた。
「……勇者様の言う通りです」
ミィナは静かに微笑んだ。
「アイシス様がわたしを巨大な氷塊に閉じ込めて城から放り投げた時、あの氷の温度は、いつもよりほんの少しだけ高かった」
「……わたしが凍傷にならないように、ギリギリの温度調整をしてくださっていたのですよね」
「……アイシス様の不器用な愛、わたしはちゃんと受け取っていましたよ。ふふっ」
「お前のそのポジティブ変換はマジでサイコパスだけど、今はナイスアシストだ!」
俺は指を突きつけた。
「ほら見ろアイシス! お前のツンデレはバレバレなんだよ!」




