マオリョー、在庫処分します⑦ 怒りで、全凍結
そして、それだけでは終わらなかった。アイシスの怒りはまだ収まっておらず、扉の奥から冷気が際限なく溢れ出している。廊下はますます凍てつき、俺たちの足元まで白い霜が這い上がってきていた。
「だ、だから言ったじゃない! アイシスは関わっちゃいけないタイプのヤバい女なのよ!」
リリは胸を反らした。
「エリートのわたしの貴重な労働力が、こんな氷漬けで強制ストップよ!」
「これも立派な業務妨害だわ!」
リリが、凍えた指先をさすりながらガタガタと震えている。
「お前の労働力なんか元々ゼロだろ! ていうかお前サキュバスのくせに色気ゼロじゃねえか!」
俺は声を張り上げた。
「誰か火を持ってこい! ゼル! 昨日契約したばかりの火力担当の出番だ!」
「このクソッタレな氷を全力で溶かせ!」
俺が背後に向かって叫ぶと、少し離れた場所で、ゼルが、自分の両腕をさすりながら青ざめていた。
「あ、アホか! むっちゃ寒いやんけ!」
「俺の火ィ、出そう思ても、このババアの冷気が強すぎて、手元でジュワッて消えてまうねん!」
「アイシスの氷は、俺の火柱でも簡単には溶けへんのや!」
「お前それでも最強クラスの古龍かよ! なんで同じ執行役員同士で露骨な相性負けしてんだ!」
俺は天を仰いだ。
「ケーキ食いたいなら気合で燃やせ! 俺の飯を取り返せ!」
「……ふふっ。皆さん、何をそんなに慌てているんですか? ほら、見てください」
俺とリリ、ゼルがパニックになっている中、ただ一人、ミィナだけが、両手を頬に当ててうっとりとしたため息を漏らした。
「……アイシス様のお力、本当に素晴らしいですね」
ミィナはうっとりと目を細めた。
「勇者様のお肉を、こんなにも美しく、そして強固な芸術作品に仕上げてくださるなんて」
「……アイシス様の、内に秘めた情熱を感じます」
「……ああ、感激でまた、足元からお水が湧いてきちゃいそうです……ふふっ」
「情熱じゃねえよ! 明確な殺意と拒絶だろうが!! そもそも肉を水浸しにして地雷踏んだのは俺だよ! 自分で言ってて泣けてくるわ!」
俺はツルツルの氷の床で何度も足を滑らせながら、頭を抱えた。
「だがな、ミィナ! お前のその能天気さも大概なんだよ!」
俺は半目になった。
「全財産が氷漬けになって俺が泣いてんのに、なに『芸術作品』とか言ってうっとりしてんだ!」
「空気を読め! お前のその重すぎる忠誠心は、ただのサイコパスのストーカー行為なんだよ!」
「……ひどいです、勇者様」
ミィナは頬に手を当てた。
「わたしはただ、アイシス様がもっとたくさんの綺麗な氷を作れるように、健気にサポートして差し上げたいだけなのに」
「そのサポートが世界を滅ぼすっつってんだよ! 頼むからもう何もしないでくれ! 息をするな! これ以上被害を広げるな!」
だが、俺の悲痛な叫びは、ミィナの暴走する健気さの前には、そよ風以下の意味しか持たなかった。
ミィナは、俺のツッコミを完全にスルーし、真っ直ぐにアイシスの部屋の氷の扉を見据えた。
その瞳に、とてつもなく重く、そして厄介な『決意の光』が宿る。
「……わかりました」
ミィナは静かに微笑んだ。
「アイシス様は、まだわたしのお水が足りないから、ツンツンしていらっしゃるのですね」
「氷の魔族であるアイシス様にとって、この程度の氷では、真の力を発揮するには物足りないはずです」
「おい、待て。ミィナ。お前、何を言っている。俺の危険察知センサーが、さっきの十倍の音量で鳴り響いてるぞ」




