マオリョー、在庫処分します⑥ 氷漬けの、ウサギ肉
俺は勝利を確信し、扉の前にうやうやしく麻袋を開いて、中の『商品』を差し出した。
てらてらと水で光った、自慢の高級チルド肉(予定)を。
その瞬間。
扉の隙間から漏れていたアイシスの気配が、ピタリと、凍りついた。
『…………その肉』
「へ?」
『……びしょ濡れに、水浸しにされているわね』
「あ、ああ、これは見栄えをよくするための演出で――」
しまった、と思った時にはもう遅かった。
俺はこの城に来てまだ三日の新入りだ。だがリリは言っていた。アイシスは、ミィナが『保存庫を水浸しにした』せいで激怒し、ミィナを氷漬けにして追放したのだと。
つまり――こいつにとって、『水浸しの食材』は、最大の地雷だったのだ。
そんなことも知らずに、俺は自分の手で、わざわざ肉をビッチャビチャに洗い上げて、満面の笑みで突きつけてしまった。
『……水で、ふやけた、食材。……保存庫を、台無しにした、あの忌々しい光景と、同じ……っ』
扉の向こう側の空気が、完全に『死』の色に染まった。
『よくも、よくもわらわの前に、それを持ってきたわね……! お前も、あの粗大ゴミ精霊と、同じ穴の狢かああああ!!』
「ち、違う! これは演出! ただの先行投資なんだって! 誤解だアイシスさん!」
廊下の気温が一瞬にしてマイナス数十度まで急降下し、俺の吐く息が瞬時に凍りついてダイヤモンドダストのように舞い散った。
「ひぃぃぃぃぃぃっ!? ツンデレ女王がマジギレしたわあああ!!」
「あんたの余計な小細工のせいじゃない! 逃げて勇者! 殺されるぅぅ!」
リリが悲鳴を上げて廊下を逆走しようとするが、足元が凍りついていてその場でツルツルと空回りしている。
『……そんなに保存してほしいなら、望み通りにしてあげるわ。二度と取り出せないほどの、絶対零度でね!』
ピキ、ピキピキピキピキィィィィィィンッ!!!!
扉の隙間から、恐ろしいほどの魔力を秘めた規格外の冷気が、レーザービームのように一直線に放たれた。
それは、俺が差し出した『水浸しの麻袋』に直撃する。
「うおおおおっ!?」
カキィィィィィンッ!!!!!
圧倒的な冷気。
俺の目の前で、水で照らせた自慢のウサギ肉も、木の実も、野草も、そして俺の麻袋ごと。
すべてが、見たこともないほど巨大で分厚い、透明な『永久氷塊』の中に完全に閉じ込められてしまったのだ。
「お、俺の……俺の、全財産がぁぁぁぁぁぁっ!!!」
俺は、ガチガチと凍りついた巨大な氷塊に張り付きながら、血の涙を流して絶叫した。
「全損だ! 完全に全損じゃねえか! 高級チルドどころか、二度と取り出せねえ永久標本になっちまったじゃねえかああああ!」
「だから余計なことすんなって言ったのよ! あんたが欲かいて肉を水浸しにしなけりゃ、今頃きれいに冷凍してもらえてたわよ!」
「ぐっ……! そ、それを言うな……っ! 俺のセコい皮算用が、完全に裏目に出た……!」
街で売って一儲け、なんて欲をかいた俺の打算。それが肉を水浸しにする最悪の一手を呼び込み、知らずにアイシスの地雷を踏み抜いた。完全な、自業自得だ。
謝罪は、凍る前に行うべきだった。
だが、俺の悲痛なツッコミが冷気に吸い込まれていくのと同時――事態は、まだ終わっていなかった。
扉の奥で凍りついていたアイシスの気配が、不穏な軋みを上げ始めたのだ。
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「……は? おい、ふざけんなよ。全部まとめて氷漬けって、どういうことだ」
俺の全財産――角ウサギの肉となけなしの野草が入った麻袋は、分厚い『永久氷塊』の中に閉じ込められたまま、びくともしない。博物館の化石展示かよ。




