マオリョー、在庫処分します④ 腐る前に、売りたい
暑い中庭の瓦礫の陰。俺は、腐りかけのウサギ肉が入った麻袋を抱え込んだまま、荒い息を吐いていた。
「なんなんだよあの女!」
俺は半目になった。
「ちょっと肉を冷やしてくれって頼んだだけで、喉元に氷のギロチン突きつけてきやがって!」
「アイシスの冷気、完全に規格外じゃねえか! ただの冷蔵庫のレベルじゃねえぞ!」
「だ、だから言ったじゃない! あの女、性格が絶対零度なのよ!」
リリは目を泳がせた。
「エリート人事のわたしでさえ、コミュニケーションの断絶を感じるわ!」
「断絶させたのは絶対お前とこのアホ精霊の日頃の行いのせいだろ!」
俺が怒鳴りつけると、ミィナが不思議そうに小首を傾げた。
「……ふふっ。どうして逃げ帰ってきてしまったのですか、勇者様」
ミィナは静かに微笑んだ。
「アイシス様の氷の刃、とってもキラキラして美しかったのに」
「……わたし、もっと近くで拝見したかったです」
「お前の能天気さが一番怖いんだよ! 拝見する前に首が飛んでただろうが!」
俺は立ち上がり、麻袋の中身を瓦礫のテーブルにぶちまけた。
ドス黒く変色し始めたウサギ肉と、森で集めた木の実や野草。このままでは、今日の昼には食中毒確定のバイオ兵器と化す。
「……アカンな、おっちゃん。この肉、もう結構ヤバい匂いしとるで」
ゼルが鼻をつまみながら顔をしかめた。
「せやから俺が焼いたる言うてるやろ! カリッカリの消し炭にしたら、匂いなんか一瞬で消えるわ!」
「消し炭にしたらカロリーも消えるんだよ! お前はもう火を出すな!」
俺は頭を抱えた。
正面からのお願いは、見事に氷の刃で門前払いされた。
だが、ここで諦めるわけにはいかない。相手はプライドの高い氷の魔族だ。バカ正直に頼むからダメなんだ。大人ってのは『打算』と『損得勘定』で交渉するもんだろ。
と、そこで――俺の脳内で、セコい打算のスイッチがカチッと音を立てて入った。
待てよ。こいつをただ凍らせてもらうだけじゃ、もったいなくないか?
アイシスの氷は、その辺の冷蔵庫とはわけが違う。あの規格外の冷気で保存した肉なら、ただの保存肉じゃない。『魔王城の執行役員が手ずから冷凍した、最高級チルド肉』だ。
……これ、いつか街で売れば、とんでもない値がつくんじゃないか? 食料保存どころか、新しい金脈じゃねえか!
「ぐふっ……ぐふふふ……」
「うわ、勇者の顔がどんどん詐欺師になっていくわよ。完全にお金の幻覚が見えてる顔ね」
俺は笑いをこらえきれず、テーブルの上のウサギ肉を手に取った。
だが、よく見ると肉はドス黒く変色して、お世辞にも『最高級』とは言えない見た目だ。これじゃ買い手がつく前に値切られる。
ここで、俺の打算がさらに余計な方向に加速した。
「……そうだ。アイシスに見せる前に、この肉、ちょっと見栄えをよくしとくか。商品はパッケージが命だからな」
俺は近くの水瓶から手桶で水を汲み、変色した肉の表面を、丁寧に、丁寧に洗い始めた。
表面のヌメリを落とし、てらてらと水で光らせれば、新鮮な高級食材に見えるはずだ。完璧な『先行投資』だ。
「ちょ、ちょっと勇者! あんた、肉を水浸しにして大丈夫なの?」
「うるせえ、これは演出だ。濡れて照ってるほうがうまそうに見えんだよ。スーパーの精肉コーナーだってそうだろ」
「すーぱー? なにそれ、新しいアライアンス先?」
「お前は黙って氷の部屋まで案内しろ!」
俺は、ビッチャビチャに水洗いした肉を麻袋に詰め直し、ホクホク顔で担ぎ上げた。
傍らでミィナが微笑んでいたが、俺は釘を刺しておいた。




