マオリョー、在庫処分します③ 喋った、しかも毒舌
「お前のその中身ゼロのビジネス用語、聞いてるこっちが恥ずかしくなるからやめろ! 余計に怒らせるだけだろ!」
俺はリリを突き飛ばし、コホンと咳払いをして氷の扉に向き直った。
「あー、えーと。執行役員のアイシスさん! 俺は新入社員の勇者です! ちょっとお願いがあって来ました!」
「…………」
扉の向こうからは、何の返事もない。ただ、冷たい風がピューッと吹き抜けるだけだ。
「聞いてください! あんたがこの城の保存管理のプロだってことは聞いてます!」
俺は声を張り上げた。
「今、俺の手元には、俺が必死に狩ってきた貴重な『ウサギ肉』があります!」
「だが、あんたの氷の力がないせいで、これが腐って無駄になろうとしてるんです!」
「…………」
「だから、あんたのその凄い氷の魔法で、この肉をちょっとだけ冷凍保存してくれませんか! お願いします!」
俺は扉の前で、できるだけ下手に出て、素直に頭を下げた。
頼み込めば、案外あっさりと冷やしてくれるかもしれない。
数秒の沈黙の後。
ピキッ、と扉を覆う氷の一部がひび割れ、中から冷たく美しい声が響いた。
『……愚かね』
「ひぃっ!? しゃ、喋った!」
『……わらわを誰だと思っているの。たかがウサギの生肉ごときで、このマオリョーの執行役員であり、フロストクイーンであるわらわが動くとでも? 身の程を知りなさい、下賤な人間』
「げっ、完全に足元見られてる! プライド高すぎだろ!」
「ほら見なさい! だから無理だって言ったのよ! あの女、性格が絶対零度なのよ!」
リリが俺の背中に隠れながら小声で文句を言う。
だが、俺は引き下がらない。ここで引き下がれば俺の飯が腐るのだ。
「ま、待ってくれ! ちょっと冷気を出して凍らせてくれるだけでいいんだ! そうしないと俺たちは餓死しちまう! そこを曲げて頼む!」
俺がさらに一歩、氷の扉に近づいた、その瞬間だった。
『……馴れ馴れしくわらわに近づくんじゃないわよ、新入り』
地を這うような、絶対零度の声。
ピキ、ピキピキピキピキィィィィィィンッ!!!!
氷の扉の隙間から、恐ろしいほどの魔力を秘めた規格外の巨大な氷の刃が、生き物のように壁を伝って伸びてきた。
「うおおおおっ!?」
シュガァァァァンッ!!
巨大な氷の刃が、俺の鼻先わずか数ミリのところを掠め、背後の石の壁に深々と突き刺さった。
「ひぃぃぃぃぃぃっ!!?」
「きゃああああ! 氷が! 氷の刃が伸びてきた! 殺される!」
「だーっ! 寒いやんけ! 刺さっとるぞ!」
俺の顔面は蒼白になっていた。
ただの氷魔法じゃない。空中の水分を一瞬で凍結させ、鋼鉄よりも硬い刃として射出する、完全な『殺意』を持った魔法。
これが、防御と制圧に特化した最強格の執行役員、アイシスの本気の一端か。
『……次はないわ。この生ゴミと一緒に、永久凍土のオブジェになりたくなければ、さっさと失せなさい』
「はいぃぃぃぃぃっ!! すんませんでしたあああああ!!」
俺はウサギ肉を抱え、リリの襟首を掴んで、ツルツルの氷の廊下を文字通り這いつくばって逃げ帰った。
アイシス。保存のプロである彼女は、俺の想像を遥かに超える、規格外のバケモノだった。
バカ正直にお願いして回るだけでは、門前払い。完全なる交渉決裂である。
中庭に戻った俺は、変色しつつあるウサギ肉を見つめ、絶望的な溜息をついた。
冷蔵庫は、絶望的に機嫌が悪い。
このままでは、マオリョー再建の前に、俺の胃袋が完全に崩壊してしまう。
正攻法がダメなら、次はもっとゲスな打算で落とすしかない。俺の戦いは、まだ終わっていなかった。
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「……ぜぇ、ぜぇ……っ! マジで殺されるかと思った……っ!」




