マオリョー、在庫処分します② 水浸しの、空き部屋
「ミィナが『アイシス様のために環境整備をする』って言って、保存庫を天井まで水没させたでしょ」
ミィナはうっとりと目を細めた。
「あのせいで魔道具の冷却機能が完全にショートして壊れちゃってるのよ」
「だから今はただの水浸しの空き部屋ね」
「お前が原因かよアホ精霊!! 自分の首も会社の首も絞めてんじゃねえか!」
「……ふふっ。でも、ホコリは一つも残っていませんよ? 完璧な無菌状態です。アイシス様への忠誠の証です」
「ホコリより大事な会社のインフラが根こそぎ失われてんだよ! なんでドヤ顔できんだよ!」
俺は天を仰いだ。
火は得たが、今度は食料が腐るという新たな課題が浮上したのだ。このままでは、狩りに出てもその日のうちに無理やり食い切らなければならない。非効率極まりない。
「アイシスに頼めば?」
リリがあっさり言った。
「ほら、廊下を永久凍土にした執行役員。『フロストクイーン』のアイシス」
ゼルは牙を剥いた。
「氷の魔族で、保存管理のスペシャリストよ。冷凍保存くらい朝飯前でしょ」
「……あの、ミィナを氷漬けにして追放した、恐ろしいやつか」
歓迎会をボイコットして、怒りに任せて廊下を完全な永久凍土に変えた、あの魔族。正直、関わりたくない相手ではある。
だが、俺の脳内で打算のスイッチがカチッと音を立てて入った。
……氷の魔族。つまり、生きた巨大冷蔵庫ってことだ。
そいつに頼んでこのウサギ肉をカチンコチンに冷凍保存してもらえば、俺はしばらく食料探しから解放されて、ダラダラと平穏なタダ飯生活を送ることができる!
「……よし! 行くぞお前ら! そのアイシスって執行役員に、この肉の保存を頼み込むんだ! 俺の食料を守るために!」
俺たちは、腐りかけのウサギ肉を抱え、アイシスが籠城しているという部屋へと向かった。
だが、その道中は困難を極めた。
「……うおっ!? つるっ! ぶべぇっ!!」
ゴツンッ! と、俺の顎が氷の床に激突する。
「ってえええええ! なんだこの廊下! まだスケートリンクのままじゃねえか!」
俺は天を仰いだ。
「アイシスの部屋に近づくまでに何回すっ転んで顔面打ってんだよ!」
「……ふふっ。勇者様、足腰が弱いですね」
ミィナが、ツルツルの氷の上をフィギュアスケートの選手のように優雅に滑りながら微笑んだ。
「アイシス様、わたしが作ったこの清らかな水鏡のスケートリンクを、溶かさずに残してくださっているんです」
ミィナは頬に手を当てた。
「わたしの重い忠誠心が、アイシス様のお心にしっかりと届いた証拠ですね」
「……ああ、嬉しいです」
「違う! お前がキレさせて凍らされただけだ! 完全に物理的なバリケードになってんだよ! このサイコパス精霊!」
俺は四つん這いになりながら、必死に氷の廊下を這って進んだ。
ようやくたどり着いた廊下の最奥。
そこには、分厚く、そして尋常ではない冷気を放つ巨大な氷の塊で完全に封鎖された、重厚な扉があった。
「さむっ……! 近づいただけでまつ毛が凍りそうだぞ……!」
「ほら、勇者! あんたが交渉するんでしょ!」
ゼルは腹を鳴らした。
「早くあのウサギ肉を冷凍してもらうスキームを構築して、アグゥリィをもぎ取ってきなさい!」
「お前がやれよ! 人事なんだから、社員間のコミュニケーションを円滑にするのが仕事だろうが!」
俺に急かされ、リリは渋々、氷の扉に向かって声を張り上げた。
「おーい! アイシスー! エリート人事のわたしよ!」
リリは丸メガネを押し上げた。
「今すぐ扉を開けて、このお肉を冷凍保存するっていうタスクを実行しなさい!」
「会社のリソースを有効活用して、ウィンウィンなシナジーを生み出しましょう!」




