マオリョー、在庫処分します① 鼻が、バグを疑う
「……おい。誰か嘘だと言ってくれ。俺の鼻が異世界のバグで狂ってるだけだと言ってくれ」
城の中はミィナとアイシスのコンボで永久凍土のままだが、外に出れば話は別だ。よく晴れた魔王城の中庭は、初夏の陽気でじりじりと暑い。
俺は、瓦礫を組んで作った即席のテーブルの上を見下ろしながら、額に青筋をビキビキと立てていた。
そこにあるのは、俺が今朝早くから森を駆け回り、泥だらけになりながら罠を張ってようやく仕留めた『角ウサギの肉』だ。
だが、気温と湿度のせいか、解体した肉の表面はすでにうっすらと変色し始め、どこから湧いてきたのか、ハエが一匹、また一匹と周囲を飛び交い始めている。
明確に、ヤバい匂いが漂っていた。
「このままじゃ全滅だぞ!」
ゼルは牙を剥いた。
「俺の血と汗と涙の結晶にして、なけなしのカロリー源が、ただの腐敗物になっちまう!」
「早くどうにかしないと、今日の昼には食中毒確定のバイオ兵器になるわ!」
「なによ朝っぱらから。うるさいわねぇ」
中庭の石畳の上で、優雅に日傘(破れている)を差している白銀ツインテール――マオリョーの自称エリート人事、リリが、丸メガネを押し上げながら鼻で笑った。
「ヤバい匂いなんてしないわよ」
リリは胸を反らした。
「それはお肉が熟成されて、アミノ酸が旨味成分に変化している証拠よ」
「エリートのわたしにはわかるわ、いわゆるエイジング・ビーフってやつね!」
「コールドチェーンの構築よ!」
「ウサギ肉にビーフって言ってんじゃねえ! 熟成じゃなくてただの腐敗だよ!」
俺はツッコんだ。
「常温で放置してコールドチェーンもクソもあるか! 雰囲気で横文字使ってごまかすな!」
俺が怒鳴っていると、隣から「なんやなんや!」と元気な関西弁が響いた。
和風装束を着た古龍の幼体、つい昨日契約したばかりの執行役員・ゼルだ。
「おっ! 肉やんけ! 腹減っとったんや! おっちゃん、俺が焼いたるわ!」
ゼルは腹を鳴らした。
「この前の本気の百分の一くらいの火力で、一瞬で中までカリッカリにしたるからな!」
「お前はもう何もしなくていい! 引っ込んでろ!」
俺はゼルの小さな頭を全力で押さえつけた。
「昨日お前がそれで火力をバグらせて、俺の唯一の食料だった魔芋が完全な『消し炭』になったんだろうが!」
俺は頭を抱えた。
「お前の火でウサギなんか焼いたら、細胞レベルで炭化してカロリーゼロの暗黒物質になるわ!」
「アホか! 今日はちゃんと手加減できるっちゅうねん!」
「お前の手加減は1ミリも信用できねえんだよ!」
俺は指を突きつけた。
「……ああクソッ、せっかくの肉がこのままじゃ腐ってパーだ。俺のサバイバル生活が……」
俺が頭を抱えていると、今度は背後から、静かで涼やかな声が降ってきた。
「……ふふっ。勇者様、そんなに心配しなくても大丈夫ですよ」
振り返ると、深海色の髪を揺らす水の精霊、ミィナが完璧な微笑みを浮かべて立っていた。
「……もし勇者様のお肉が腐ってしまっても、お腹を壊してしまわないように、わたしの浄化魔法で不浄な菌ごと蒸発させて、綺麗な水蒸気にしてさしあげますから」
ミィナは静かに微笑んだ。
「……跡形もなく、消え去りますよ。ふふっ」
「それが一番困るんだよ! 物理的に食えなくなるだろうが! 俺の食料を笑顔で無に還すな! テロリストかお前は!」
俺はミィナから全力で距離を取り、リリへと向き直った。
「おいポンコツ人事!」
俺は声を張り上げた。
「そもそも、この城の『食料保存庫』が使えりゃ、こんな苦労はしねえんだよ!」
「あの便利な施設、なんで誰も使ってないんだ!?」
「使えるわけないじゃない。忘れたの?」
リリはやれやれと肩をすくめた。




