マオリョー、火力調達します⑫ 焼いたるわ(ちょっとだけ)
「しゃーないな! ほな、ちょっとだけ焼いたるわ!」
ゼルが手のひらから、小さなバーナーのような炎を出し、芋を炙り始める。
ジリジリと芋の表面が焼け、微かに香ばしい匂いが漂ってきた。
「おおっ……! いい匂いだ! 素晴らしい! これぞ文化的な食事!」
俺はヨダレを垂らしながらその様子を見つめていたが、五分経っても十分経っても、芋は中まで火が通る気配がない。ゼルの火力が弱すぎるのだ。
「おいゼル! 遅いぞ! もっと火力を上げろ! そんなチロチロした火じゃ、明日になっても焼けねえよ!」
「アホか! 焼き芋はじっくり中まで火を通すもんやろ! 急に火力上げたら表面だけ焦げてまうわ!」
「知るか! 俺は今すぐ食いたいんだよ! 表面さえ焼けりゃ中は半生でも生でもなんだっていい!」
俺は頭を抱えた。
「腹に入れば全部同じカロリーだ! 全開で焼け! マックスパワーだ!」
俺の食い意地と打算が、完全に理性を吹き飛ばしていた。
「ほんまにええんやな!? 焦げても知らんぞ!」
「いいからやれ! 早く! 早く俺に温かい飯を食わせろおおおおお!」
「しゃーないな! ほな、いくで! 本気の百分の一くらいの火力やあああ!!」
ゴオオオオオオオオッッッ!!
ゼルの手から、先ほどとは比べ物にならないほどの極太の火柱が噴射された。
それは一瞬にして魔芋を包み込み、凄まじい熱量で水分を完全に蒸発させ、細胞レベルまで焼き尽くしていく。
「うおおおおおおおおっ!? 熱い熱い熱い! ちょ、おまっ、やりすぎだバカああああああ!!」
俺は熱波に耐えきれず、芋を放り投げて床を転げ回った。
「あんたがもっと火力出せ言うたんやろが!!」
ゼルが火を止めると、中庭の石畳の上には、コロンと小さな黒い物体が転がっていた。
それはもはや芋ではない。原形を一切留めていない、完全なる『消し炭』だった。
「俺の! 俺の唯一の食料がああああああああ!!!」
俺は膝から崩れ落ち、その消し炭を両手で掬い上げて天を仰いだ。
「炭だ! 完全に炭じゃねえか! こんなもん食ったら胃壁がヤスリがけされるわ! お前、加減ってものを知らねえのかこのクソトカゲ!」
「だから言うたやろが! 焦げても知らんって! おっちゃんが急かすからアカンねん!」
「おっちゃん言うな! ああクソッ、俺の特製スイーツが……俺の生存権が……!」
俺が炭を握りしめて号泣していると、背後からスッと、冷たい影が差した。
「……ふふっ。可哀想に。勇者様、また不浄なものを生み出してしまったんですね」
ミィナが、完璧な微笑みを浮かべながら俺の隣にしゃがみ込んだ。
「待て。お前、何をする気だ。俺から離れろ」
「……そんな真っ黒に焦げた炭なんて、体に悪いですから」
ミィナはうっとりと目を細めた。
「わたしが綺麗に、無に還してさしあげますね。……『聖なる浄化』」
「……ふふっ」
「またきれいきれいかよ! やめろおおおおおお!!」
俺は指を突きつけた。
「炭でもかじればミネラルくらいは摂れるかもしれないだろ!」
「俺の最後のカロリー源を消すなああああ!!」
ポンッ。
俺の手のひらで、消し炭が美しい光の粒子となって、完全に水蒸気へと消え去った。
「……ふふっ。手も綺麗になりましたね。これで安心です」
「俺の胃袋は一生安心できねえええええええ!!!」
中庭に、俺の血を吐くような絶叫が木霊した。
隣では、リリが「ふふん、これで火の確保は完璧ね! わたしのマネジメント能力の賜物よ!」と的外れなドヤ顔をしている。
俺は、完全に空っぽになった両手を見つめながら、乾いた笑いを漏らすしかなかった。
確かに、ゼルと契約したことで、マオリョーに火は戻った。
城の暖炉にも、厨房のコンロにも、いつでも火を入れることができるだろう。
だが。
俺の腹を満たす飯が、戻るとは誰も言っていない。
「……ああっ……あったけぇ……」
俺は、ゼルが放った余熱で暖かくなった中庭の石畳に寝転がりながら、虚ろな目で呟いた。
「……ぴぃ……」
気づけば、いつの間にかぴぃも俺の隣に来て、ゼルの余熱で温まった石畳にぴったりと体を押しつけていた。この鶏、寒いのが本当に嫌いらしい。
温度だけ、上がった。
本日の収支。
収入:火力供給の契約魔法(手加減という概念は別売り)。
支出:着替え、魔芋、塔の屋根、そして俺の前髪。
差し引き――今日も見事な、大赤字。




