マオリョー、火力調達します④ 土下座の姿勢が、美しい
「お前は黙ってろ! 汗と冷や汗で俺の背中をビチャビチャにすんな!」
俺はツッコんだ。
「さっきまで『労働環境の改善を要求するぅ』とか泣き言言ってたくせに、便乗して上司面してんじゃねえ!」
俺が背後を蹴り飛ばそうとした時、今度はミィナが、相変わらずの静かな微笑みを浮かべながらスッと横に並んできた。
「……ふふっ。でも勇者様、土下座の姿勢がとても美しいですね」
ミィナはうっとりと目を細めた。
「まるでその道のプロのようです」
「アイシス様にお詫びする時も、その姿勢ならきっと、氷漬けにされるまでの時間が三秒くらい延びるかもしれませんよ」
「延びるのたった三秒かよ! 全然救いがねえな! 今はアイシスの話は関係ねえだろ、黙ってろ歩く水害!」
俺は深呼吸をして、ジリジリと肌を焼く熱気を無視しながら、ゆっくりと顔を上げた。
「で、なんだ。ゼル……さん、あんた、マオリョーの火力担当の執行役員なんだろ?」
「せや! 俺の炎がなきゃ、この城の厨房も、鍛冶場も、風呂の湯沸かしも、全部動かへんのやで! 偉いやろ!」
「ああ、ものすごく偉い。大したもんだ」
俺は頭を抱えた。
「……だけどよ、なんでそんなに偉いあんたが、わざわざ火を止めてこんな塔に引きこもってんだよ」
「今、城の中は永久凍土みたいになってて死ぬほど寒くて、飯も生キノコしか食えねえんだぞ」
「あんたがストライキしてるせいで、俺の命が削られてんだよ」
俺が恨み節全開で訴えると、ゼルは「ふいっ」とそっぽを向き、手に持っていたお菓子をボリボリと齧り始めた。
「……知らんわ! 俺は社長と約束したんや! 社長が帰ってくるまで、城の火は絶対につけへんってな!」
「……社長と約束? なんだそりゃ」
ゼルは牙を剥いた。
「あんたほどのバケモ……いや、実力者が、なんであの夜逃げ社長の言いつけをそんなに頑なに守ってんだ?」
俺が首を傾げると、ゼルは少しだけ自慢げに、だがどこか寂しそうに口を開いた。
「社長が最後に出かける時にな、俺の頭撫でて言うたんや」
ゼルは腹を鳴らした。
「『ゼル、お前が火を出したら何を燃やすかわからんから、俺がおらん間は城の火を全部落として、ええ子でお留守番しとけ」
「もし約束守れたら、帰ってきた時に、世界で一番甘くてでっかい特製ショートケーキを丸ごと一個、買うてきたる!」
「』ってな!」
「……………………」
「せやから! 俺はええ子で待っとるんや! ケーキのために! 誰が何と言おうと、社長が帰ってくるまでは絶対に火は出さへんのや!」
「……………………は?」
俺の脳みそが、そのあまりにもピュアな理由を処理するのに数秒を要した。
圧倒的な魔力量。探索の契約魔法が警告を発するほどの災害級の強さ。古龍の幼体であり、マオリョーの最高幹部の一人。
その彼が、魔王城のライフラインを完全にストップさせ、城全体を機能不全に陥らせている、その絶対的かつ譲れない理由。それが。
「……ケーキ、丸ごと一個?」
「おお! 世界で一番甘いやつやで! イチゴもいーっぱい乗っとるんや!」
「理由が子供すぎて泣けてくるわ!!」
俺はたまらず立ち上がり、思い切りツッコミを放った。
「お前、自分がどれだけヤバい力持ってるか自覚してんのか!?」
俺は指を突きつけた。
「その強大な力を持て余して『ショートケーキのために火をつけません』って、どんだけ精神年齢低いんだよ!」
「悪の魔王軍の幹部としての威厳がゼロじゃねえか! ただの食いしん坊の園児だろそれ!」
「やかましい! 威厳とか知らんわ! 俺はケーキが食いたいんや!」




