マオリョー、人材確保します⑫ 綺麗にはなった、けど
「すげえ……! マジで綺麗になってる!」
俺はこめかみを押さえた。
「これならクリーニング代も浮くし、風邪も引かずに済む!」
「なんだよ、このアホ精霊も使い道があるじゃねえか!」
俺が感動に打ち震えながら、ふと自分のズボンのポケットに手を入れた、その時だった。
「……あれ?」
「……どうしました、勇者様? わたしの魔法の凄さに感動して言葉も出ませんか?」
「おい、ミィナ。……俺のポケットに入ってた、大事な非常食の干し肉、どこやった?」
俺は、空っぽになったポケットをひっくり返しながら、震える声で尋ねた。
この倒産した魔王城に就職して以来、満足な飯も食えず、ギルドの借金で買ったなけなしの『カチカチの干し肉』だけが、俺の命を繋ぐ唯一の生命線だったのだ。それが、ない。
「……ああっ、それなら心配いりませんよ」
ミィナは、この世のすべての善意を煮詰めたような、最高に眩しい笑顔で答えた。
「お洋服と一緒に、ポケットの中に入っていた『古くて白っぽいカビの生えかけた汚いお肉』も、わたしの魔法で完璧に『浄化』しておきましたから……ふふっ」
「…………は?」
「……不浄な菌やカビ、そして古いお肉の成分をすべて取り除き、清らかな『真水』に還元して、空気中に蒸発させておきました」
「これで食中毒の心配もゼロですよ。どうです、わたしのこの気配り。完璧でしょう?」
「完璧じゃねえええええええええええ!!!」
俺の今日一番の、いや、異世界に来て一番の絶叫が、氷点下の広間に木霊した。
「俺の! 俺の全財産をつぎ込んだ唯一の非常食がああああ!」
俺は頭を抱えた。
「お前の謎の浄化魔法のせいで、ただの水蒸気になっちまったじゃねえかああああ!!」
「……ええっ? だって、あんな汚いお肉食べたらお腹壊しちゃいますよ? わたし、勇者様の健康を第一に考えて……」
「お前な、あの干し肉がどれだけ貴重だったかわかってんのか!?」
俺はため息をついた。
「ギルドの受付嬢に土下座して前借りした金で、三日三晩の値切り交渉の末にようやく手に入れた、俺の血と汗と涙の結晶にして唯一のカロリー源なんだぞ!」
「それを『ちょっとカビてるから』って理由で消滅させるとか、お前は悪魔か!? いや精霊か!」
「どっちにしろタチが悪いわ!」
「うわああああん! また怒られたぁぁぁ! わたし、良かれと思ってやったのにぃぃ!」
「お前の『良かれと思って』は全部テロリズムなんだよ! お前のその異常なまでの健気さが、完全に裏目に出てるだろうが!」
「ちょっと勇者! 新入社員が元社員を泣かせるなんて、マネジメントの放棄よ! 人事として見過ごせないわ! 減給よ、減給!」
「だから俺は最初から無給だっつってんだろポンコツ人事!」
俺は半目になった。
「お前が給料払わないから、俺は干し肉一つに命かけてたんだぞ!」
「その生命線が今、このアホ精霊の過剰な健気さのせいで完全に断たれたんだよ!」
「明日の朝には俺、餓死して冷たくなってるからな! お前らが俺を殺したんだからな!」
「ひぃぃぃぃ! ごめんなさいごめんなさい! わたし、明日になったら森でキノコいっぱい採ってきますからぁぁ!」
「お前が採ってくるキノコなんか絶対毒キノコだろ! お前の目は節穴どころかブラックホールだからな! 信じられるかああああ!」
俺は、ピカピカに浄化された無菌状態の服を着て、極寒の氷の床の上に大の字に倒れ込んだ。
腹の虫が、かつてないほどの大音量で「ぐうぅぅぅぅぅ」と鳴り響く。
終わった。俺の異世界生活、完全に終わった。
水は確保した。人材も確保した。
だが、その代償はあまりにも大きすぎた。
俺は虚ろな目で、天井に空いた大穴から見える、冷たい異世界の星空を見上げた。
そして、本日のマオリョーの業務報告書を、脳内で静かに作成し始めた。
『水源確保任務、完了』
『新入社員(水の精霊)、再雇用完了』
だが。
『城の廊下、アイシスの激怒により完全凍結』
『勇者の全財産である非常食、過剰浄化により完全消滅』
『勇者の体力、気力、胃袋のキャパシティ、限界突破により活動停止』
「……おい、ポンコツ人事。聞いてるか」
「な、なによ。まだ怒ってるの?」
「今日の収支計算だ。よく耳の穴かっぽじって聞け」
俺は、目から一筋の涙をこぼしながら、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「収支、マイナス」
「……うっ」
「そして、ミィナ。お前のその、役に立とうとする気持ち」
「……は、はい」
「健気、過剰」
「うわあああああああん! ごめんなさいぃぃぃぃ!」
魔王城の夜は更けていく。
腹は減り、体は凍え、隣ではアホ精霊が泣き喚き、ポンコツ人事が震えている。隅っこでは鶏のぴぃまでガタガタ震えている。
本日の収支。
収入:浄化祈祷の契約魔法(と、重すぎる人材ひとり)。
支出:なけなしの干し肉、体温、心の平穏。
差し引き――絶賛、大赤字。
俺の異世界就職活動は、こうして大赤字のまま、明日へと続くのだった。




