マオリョー、人材確保します⑩ 全部、凍らされた
「うぅ……っ。ごめんなさい、ごめんなさい」
ミィナは静かに微笑んだ。
「わたし、アイシス様を喜ばせようと思って、廊下をピカピカにお掃除しただけなんです」
「まさか、全部カチコチに凍らされちゃうなんて……」
「アイシス様、ちょっぴりご機嫌斜めだったみたいで……ふふっ」
「お前が撒いた水の量が異常だったからだろうが!」
俺は天を仰いだ。
「くるぶしまで水没するレベルの濁流を『お掃除』とは言わねえんだよ! ただの河川氾濫だろ!」
「ほら見ろ!」
「執行役員のアイシスの部屋の前なんか、分厚い氷の壁ができて完全に封鎖されてんじゃねえか!」
「どうすんだよこれ!」
「籠城を解くどころか、アイシスが部屋から出たくても物理的に出られねえだろ!」
「わたし、マオリョーの役に立ちたかっただけなのにぃぃ! 再雇用してくれたお礼に、健気に頑張っただけなのにぃぃ!」
「その『健気さ』が世界を滅ぼす一歩手前なんだよ!」
俺は思わず後ずさった。
「大体な、感激するたびに足元から水を湧き出させるその歩くスプリンクラー体質もどうにかしろ!」
「頼むからもう息をする以外のアクションを起こすな!」
「いや、息をするだけでも周りの湿度が上がって結露しそうだから、なるべく浅く呼吸しろ!」
「ちょっと、新人!」
リリは丸メガネを押し上げた。
「あんた新入社員のくせに、同期……というか元社員のミィナに厳しすぎるんじゃないの!?」
「エリート人事のわたしとしては、こういう職場のコンプライアンスを乱すギスギスした空気は見過ごせないわ!」
「どの口が言ってんだポンコツサキュバス!」
「お前さっきからずっと俺の背中に隠れてガタガタ震えてるだけじゃねえか!」
「お前がそいつの上司になるんだろ、エリートならこの氷をどうにかしてみろよ!」
「む、無理よ! わたしは人事なのよ!?」
リリは胸を反らした。
「氷を溶かすような熱血魔法なんて専門外に決まってるじゃない!」
「それに、わたしは極度の冷え性なの!」
「こんな極寒の環境にいたら、わたしの美肌が乾燥して粉吹いちゃうわぁぁ!」
「ほら見て、部屋の隅でぴぃまで丸くなってガタガタ震えてるじゃない!」
「ニワトリまで凍えさせるなんて、あんたの管理不足よ!」
「俺のせいじゃねえよ! つーかニワトリ風情が隙間風と氷の冷気で震えるな! 野生を思い出せ!」
俺はツッコんだ。
「……ていうか美肌気にしてる暇があったら、とりあえずこいつの『契約魔法』を済ませろ!」
「契約魔法でこいつを正式な社員に縛り付けて、これ以上勝手な魔法を使えないように制限かけろ!」
「制限とか縛るとか、あんた契約魔法を何だと思ってるのよ。……まあいいわ」
「エリートのわたしとしたことが、大事な入社手続きを忘れていたわ!」
「ミィナ、あなたをマオリョーに再雇用してあげる! この温情に涙して感謝しなさい!」
「ほ、本当ですか!? こんな大惨事を起こしたのに、またわたしを雇ってくれるんですか!?」
「うぅぅ……っ、リリさん、勇者様、あなたたちは女神ですか、仏ですかぁぁ!」
「女神はお前みたいなアホ精霊よりはマシな頭してるはずだわ! いいからさっさと契約終わらせろ!」
「ふっ、待ちなさい新入社員。契約の意味もわからない素人に、エリートのわたしが教えてあげる」
リリが、なぜか得意げに人差し指を立てた。
「今のミィナはね、善意で城を水浸しにするだけの歩く厄災よ」
「力が垂れ流しで、制御がきいてないの」
「でもわたしが契約魔法で繋げば、その浄化が"会社の機能"になる」
「飲み水の確保だって、汚れの浄化だって、ちゃんと役に立つ力に化けるってわけ」
「これぞ人事のマネジメントよ」
「お前が言うと胡散臭さしかねえな……。で、その制御がついたら、こいつの暴走も止まるのか?」




