マオリョー、人材確保します⑨ 流れたのは、ホコリだけじゃない
「流されてるのはホコリだけじゃねえ!」
俺はため息をついた。
「俺たちの寝床用の毛布とか、俺がさっきこっそり拾って隠しといた換金用のガラクタとか、全部一緒に濁流に飲まれて流されてんじゃねえか!」
「! 綺麗にするってレベルじゃねえぞ! ただの大規模水害だ!」
俺は腰まで水に浸かりながら、流されていく毛布を必死に追いかけた。だが、水の勢いが強すぎて足を取られ、無様に転倒して泥水を盛大に飲んでしまった。
「ぶっ、ごほっ! げほっ! クソが! このアホ精霊の暴走は止まらねえのか!」
ミィナの暴走は止まらない。彼女は自分の魔法がもたらしている惨状を『素晴らしい清掃活動』だと完全に勘違いし、静かな微笑みのまま、さらに水力を増している。アイシスへの重い忠誠心が完全に裏目に出ているのだ。
「……アイシス様。見ていらっしゃいますか」
ミィナは小首を傾げた。
「あなたの可愛い部下のミィナが、お部屋の前を水没……いえ、綺麗にしておりますよ……ふふっ」
ミィナの放った濁流が、廊下の奥、アイシスが籠城しているという部屋の重厚な扉に激突した。
その瞬間。
ピキッ、ピキピキピキィィィィンッ!!!
部屋の中から、絶対零度とも言える恐ろしい冷気が爆発的に噴き出した。
ミィナの放った大量の水が、扉に触れた瞬間から凄まじい速度で凍結していく。濁流は波打った形のまま、あっという間に巨大な氷のオブジェへと変貌し、廊下全体が完全に氷河期のような有様になってしまった。
『……次、わらわの部屋の前に水を撒いたら……お前ら全員、永久凍土に沈めるわよ……ッ!!』
氷の扉の向こうから、地獄の底から響くような、極寒の怒声が轟いた。
「ひぃぃぃぃぃっ!! あ、アイシス様がもっと怒っちゃいました……! なんでですかぁぁぁ!」
「当たり前だろおおおおお! お前がキレるスイッチを全力で連打したんだろうが!」
俺は頭を抱えた。
「ほら見ろ、廊下が完全に凍りついて、俺たちの行動範囲が物理的に狭まったぞ!」
「俺の寝床までのルートがスケートリンクだ! どうしてくれんだこの大惨事!」
「うわああああん! わたし、一生懸命やったのに……! 健気に頑張ったのにぃぃ……!」
「お前の健気さは大量破壊兵器なんだよ!」
「方向性の間違ったやる気は、無能な怠け者よりタチが悪いんだよ!!」
「頼むからもう息をする以外何もしないでくれ!! なんなら息もすんな!」
俺は、完全に凍りついた広間の端っこで、ずぶ濡れのままガタガタと震えながら絶叫した。
「……さ、さむい……さむいわ、勇者……。エリートのわたしが、冷え性で死んじゃう……。労災……労災下りるかしら……」
「お前のせいでもあるんだぞ、ポンコツ人事! 止めなかったお前も同罪だ!」
俺はこめかみを押さえた。
「労災なんかあるわけねえだろ倒産してんだから!」
「ああクソッ、タダ飯食うつもりが、体力と体温を根こそぎ奪われただけじゃねえか!」
「俺の異世界生活、どうしてこうなった……!」
歓迎会という名のオフサイト。
その結果は、社員の親睦を深めるどころか、幹部を激怒させ、城の一部を永久凍土に変え、俺のなけなしの体力と精神力を根こそぎ奪うという、最悪の結末を迎えた。
ミィナの健気さは過剰であり、俺の心労は、今日も見事なまでに青天井であった。
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「……おい、アホ精霊。お前、自分が何をやらかしたか、一ミリでも自覚してんのか?」
大広間の入り口から廊下へと続く、見渡す限りの見事な永久凍土。
俺は、全身ずぶ濡れの泥だらけでガタガタと歯の根を鳴らしながら、スケートリンクと化した氷の上に正座している水色の髪の少女――ミィナを、これ以上ないほどの冷たい目で見下ろした。




