マオリョー、人材確保します④ 元社員は、湖の底に
俺が怒鳴ると、少女は「はっ」としたように目を丸くし、優雅にお辞儀をした。
「……まあ、勇者様。それは大変失礼いたしました」
静かな声。だが、その声のトーンに一切の抑揚がないのが逆に不気味だ。
「わたしはミィナ。水の精霊にして、マオリョーの元社員……」
ミィナは静かに微笑んだ。
「今は、ただの湖底のコケを磨く清掃員です」
「……アイシス様のお許しが出る日まで、ここで静かに罪を償っております。……ふふっ」
「なんでそこで儚げに微笑むんだよ! お前、なんでそんな湖の底に引きこもってんだ!」
「……辞めたのではありません。追い出されたのです。大好きな、アイシス様に」
「アイシス? 誰だそいつ。……お前を追い出したっていう、その上司か? 痴話喧嘩か?」
俺が尋ねると、ミィナは胸の前で両手を組み合わせ、うっとりとした表情で語り始めた。
「……わたし、ただ、アイシス様のために良かれと思って……保存庫の『環境整備』をしただけなんです」
「……嫌な予感がする。お前、保存庫で何をした?」
「……保存庫の中が、少しホコリっぽかったのです」
ミィナはうっとりと目を細めた。
「アイシス様のお召し物が汚れてしまっては大変だと、わたしの最高の浄化魔法で、お部屋の隅々までピカピカにしてさしあげようと……」
「ですから、お部屋の天井までなみなみと聖なるお水で満たして、一晩かけて丸洗いしておきました」
「……ふふっ、我ながら完璧なオペレーションでした」
「…………は?」
俺の思考が数秒間、完全に停止した。
「丸洗い!? 食料の保存庫を、天井まで水没させたのか!?」
「……はい」
ミィナは静かに微笑んだ。
「中にお肉やお野菜、大切な越冬用の小麦粉がたくさんありましたけれど、全部ぷかぷか浮いて、芯まで綺麗に洗われていましたよ」
「……アイシス様、きっと喜んでくださると思ったのに」
「喜ぶわけねえだろおおおおおおお!!!」
俺は今日一番の絶叫を森に轟かせた。
「お前バカか! 脳みそまで湧き水で満たされてんのか!」
俺は声を張り上げた。
「食料保存庫を水没させたら、中身の食材が全部腐るか溶けるかするだろうが!」
「ただでさえ倒産して金がない会社の、全財産とも言える食料を全損させたのか!?」
「それお掃除じゃなくてただのテロリズムだぞ!」
「損害賠償で首が飛ぶレベルの特大の背任行為じゃねえか!」
「……でも、ホコリは完全に消え去りましたよ? 完璧な無菌状態です。アイシス様のためなら、この程度の清掃は当然の務めです」
「無菌の泥水に浸かったドロドロの肉や小麦粉なんか食えるかああああ!」
「そりゃアイシスもキレるわ!」
「執行役員から直々に氷漬けにされて追放されるに決まってんだろ!」
「むしろよく物理的に砕かれなかったな!」
俺が激怒しているというのに、ミィナは一切悪びれることなく、にこにこと微笑み続けている。
「……アイシス様は、本当に優しくて慈悲深い方ですから」
「わたしを巨大な氷塊に閉じ込めて、城から放り投げる時も」
ミィナはうっとりと頬に手を当てた。
「わざわざ『二度とその顔見せるな、この粗大ゴミ』と、もったいないお言葉をかけてくださいました」
「……ああっ、アイシス様のその不器用なツンデレなお心遣い、思い出すだけで感激して、足元からお水が湧き出そうです……」
じわぁぁぁっ。
ミィナが感動に打ち震えた瞬間、彼女の足元から本当に大量の澄んだ水が湧き出し、俺の靴をビチャビチャに濡らした。




