マオリョー、人材確保します① 起きろ、無給の自分
「……おい。起きろ、この給料泥棒ならぬ、無給の自称エリート人事」
瓦礫だらけのボロ社宅。隙間風が容赦なく吹き込む極寒の部屋で、俺は丸まって寝ている白銀ツインテール――リリの横腹を、つま先で容赦なく小突いた。
「むにゃ……もう飲めないわよぉ……オフサイトミーティングは直行直帰で……コンプライアンス的にアウト……」
「寝言でまでよくわからないビジネス用語使ってんじゃねえ! さっさと起きろ! 喉が渇いて死にそうなんだよ!」
俺が怒鳴りつけると、リリは「ふぁぁ」と欠伸をしながら丸メガネを押し上げた。
「な、なによ朝っぱらから。レディの安眠を暴力で妨害するなんて、明らかなパワハラよ」
「労基に駆け込んで、あなたを社会的に抹殺してやるわ」
「倒産した魔王軍の残党が労基に行ったら、真っ先にしょっぴかれるのはお前らだろうが!」
俺は頭を抱えた。
「大体、誰のせいで俺が昨日、瓦礫の隙間の泥水をすする羽目になったと思ってんだ!」
「お前が『気合いで水を出す』とか言って、くしゃみ一つで厨房の水道管を大爆発させたからだろ!」
「し、仕方ないじゃない!」
リリは胸を反らした。
「エリートサキュバスのデリケートな鼻腔に、このボロ城のホコリがダイレクトアタックしてきたんだから!」
「不可抗力よ!」
「どこがデリケートだ! この厄災製造機が!」
俺は半目になった。
「……ほら見ろ、部屋の隅で寝てるぴぃまで、お前の爆発で空いた壁の穴からの隙間風でガタガタ震えてんじゃねえか」
「ニワトリ風情が寒がりとかどうなってんだよ」
「ぴぃ……」
「とにかく! 今日は本格的に水を探しに行くぞ! 昨日の探索の契約魔法で、北の森の奥にデカい湖があるのはわかってんだ! 行くぞ!」
「ええーっ、やだやだ!」
「森なんて虫がいっぱいいるし、この一張羅の制服が汚れたら、クリーニング代は誰が経費で落としてくれるのよ!」
「すでに泥水でボロ雑巾みたいになってんだろうが! いいから来い!」
「上司面するなら部下の水源確保任務に同行して、魔物のヘイトくらい集めろ!」
俺はリリの首根っこを引っ掴み、半ば引きずるようにして魔王城の敷地を出た。
北の森の湖までは、ここから歩いて一時間ほどの距離だ。
「あーもう! 足が痛い! 喉渇いた! おんぶして!」
「うるせえ! お前さっきから十分おきに同じクレームしか言ってねえぞ! NPCか! 壊れたテープレコーダーか!」
「だってぇ!」
「なんでエリートの人事担当であるわたしが、こんな肉体労働しなきゃいけないのよ!」
「そもそも、あんたが一人でパパッと水を汲んでくればいいでしょ!」
「ふざけんな! 俺の初期装備はこのなまくら剣と布の服だけだぞ!」
俺は声を張り上げた。
「万が一ゴブリンの群れにでも遭遇したらどうすんだ!」
「お前を囮にして俺が全力で逃げるための保険に決まってんだろ!」
「うわああああん! 勇者のくせにクズ! 外道! 自分の保身しか考えてない最低の男よ!」
「うるせえな、命あっての物種だろうが! 勇者だってタダ働きで死にたくねえんだよ! ……おっ?」
俺は森の獣道を歩きながら、ふと足元の茂みに光るものを発見した。
「……これ、高く売れそうな魔石じゃねえかな。ギルドの借金返す足しになるかもしれないし、とりあえず懐に入れとくか」
「ちょっと、やめなさいよ! それ絶対スライムの乾燥したフンよ! 触った手がベトベトになってるじゃない!」
「うおっ!? マジだ! ぺっ、ぺっ! くそっ、この世界、落ちてるアイテムの偽装が巧妙すぎだろ! 役得を狙って損したじゃねえか!」
俺は慌ててそれを放り捨て、服の裾で手を拭った。どうやら無給の分を現地調達で稼ごうとする打算は、裏目に出るらしい。
「……ぜぇ、ぜぇ……着いたぞ、ほら」
森を抜けると、視界がぱあっと開けた。




