マオリョー、求人募集します⑫ くしゃみ一つで、大惨事
「いってえええええええっ!! なにしやがるこのポンコツううううう!!」
俺は全身ずぶ濡れになりながら、吹き出している間欠泉――かつて流し台だった場所――を指差して絶叫した。
「破裂した!? 水道管ごと大破裂したぞおおおおお!? 詰まりを壊すどころかインフラ設備ごと完全に破壊しやがったな!!」
「あわわわわ!? ごめんなさいごめんなさい! ホ、ホコリが、厨房のホコリが急に鼻に入って!」
「ホコリ!? お前のくしゃみ一つで、なんでこんな大惨事になるんだよ!」
俺は水浸しの厨房で叫んだ。
「『束ねる』とかドヤ顔で言ってたくせに、最後の最後で噛んで暴発させただけじゃねえか!」
「だ、だって仕方ないじゃない! 生理現象だもの! エリートサキュバスだって、ホコリを吸い込めばくしゃみくらいするわよぉぉぉ!」
「フル変身して神々しいオーラ出しといて、くしゃみで自爆とか、どんなギャグアニメだ!」
俺は天井から滴る水を浴びながら指を突きつけた。
「つーかお前のあの衣装、暴発した瞬間に光の粒子で消えて、ただの事務制服に戻ってたぞ。どんだけ持続時間短いんだよ。課金してチャージしろ!」
「うわあああああん! わたしのフル変身がぁぁぁ! 持続時間で文句言われたぁぁ!」
「文句しか出ねえわ! そもそも一秒も持たずに自分のくしゃみで解除すんなや!」
厨房は、今や完全にパニック映画の沈没船状態だった。
割れた床の穴から、狂ったような勢いで水が噴出し続けている。水位はあっという間に足首を越え、膝下まで到達しようとしていた。
「おいバカ! 泣いてる暇があったら早く止めろ! 厨房が完全に水没する! このままだと城の地下室まで全部水浸しだぞ!」
「む、無理よぉ! さっきの暴発で魔力が空っぽになって、もう指先ひとつ動かせないわぁぁぁ!」
「この役立たずがあああああああああ!!」
俺は絶叫しながら、流し台の残骸に向かってダイブした。
水圧が強すぎて近づくことすら困難だが、このまま放置すれば魔王城再建どころか、俺の寝床すら水に沈んでしまう。
「くそっ、なんか塞ぐものは! 鍋! 鍋だ!」
俺は厨房の床に転がっていた、サビだらけの大鍋を拾い上げ、水が噴き出している穴に全体重をかけて押し付けた。
「ぐおおおおおおっ! 水圧つええええええ! おいリリ! お前も手伝え! 俺の上に乗って重しになれ!」
「や、やだぁ! お水冷たい! エリートのわたしが、なんでこんな水仕事までやらされてるのよぉぉ!」
「エリートを名乗る前に会社が水没すんだよ! いいから早く来い! 労災も下りないブラック企業で、初日から溺死したくねえだろ!」
「うわああああん! わたし人事なのにぃぃ! なんでこんな肉体労働しなきゃいけないのよぉぉぉ!」
泣き喚きながらも、リリは這うようにして俺の背中に乗ってきた。その軽すぎる体重(サキュバスなのに本当に色気のない軽さだ)のおかげで、なんとか鍋が穴に密着し、水の噴出が徐々に弱まってきた。
「くそっ、瓦礫! そこにある瓦礫を集めて、鍋の周りに積め! 物理的に封鎖するんだよ!」
「うっ、うっ、ひっく……わかったわよぉ……」
それから数時間。
俺たちは文字通り泥水にまみれ、瓦礫とサビた調理器具を駆使して、なんとか水道管の大破裂を応急処置で塞ぐことに成功した。勇者が赴任初日にやる仕事が、魔王討伐でもモンスター退治でもなく、破裂した水道管の尻拭いである。俺の尊厳はすでにマイナスを突破していた。
「……終わっ……た……」
俺は泥まみれの床に大の字になって倒れ込んだ。全身の筋肉が悲鳴を上げ、服は水を吸って鉛のように重い。指先はふやけて白くなり、寒さでガタガタと震えが止まらなかった。
「……あ、あのね、新入社員」
隣で同じく泥だらけになったリリが、気まずそうに俺の顔を覗き込んできた。さっきまでの神々しい装束など見る影もなく、ただの濡れた事務員の姿だ。
「……なんだよ」
「ほら、見て。一応、お水……出たわよ?」
彼女が指差した先には、瓦礫で塞いだ隙間から、ちょろちょろと澄んだ水が小さな水たまりを作っていた。
出ればいいってもんじゃねえだろ。
「……お前、次その口開いたら、マジでギルドに叩き売るからな」
「ひっ! ご、ごめんなさい! 減給! わたしの給料から減給していいからぁ!」
「お前そもそも無給だろ!!」
俺は虚空に向かって、今日一番の絶叫を放った。
『最初の課題=水』。
確かに、水は出た。出れば、の話だが。
俺は薄れゆく意識の中で、本日のマオリョーの収支計算を脳内で行った。
本日の収支。
収入:探索強化の契約魔法(なお城内では使い物にならない)。
支出:体力、気力、魔力、勇者としての尊厳、そして厨房まるごと一棟。
差し引き――圧倒的な、大赤字。
魔王城再建の道は、まだ一歩も進んでいない。俺の異世界就職活動は、こうして大赤字のまま、明日へと続くのだった。




