マオリョー、宣戦布告されます⑥ 斬っても、届かない
斬る。躱す。また斬る。
だが一人沈めても、霧の奥から二人、三人と湧いてくる。
泥がブーツを吸って、踏み込みのたびに体が遅れる。じりっ、じりっと、正門の内側へ押し戻されていく。
本音はとっくに決まっている。無給でこの泥沼、どう計算しても割に合わない。さっさと逃げたい。ただ、ここで俺だけ逃げたら後で何を言われるか分からない。それが面倒で、仕方なく剣を振っているだけだ。
「アイシス! そっちはどうだ、手伝えねえのか!」
西へ叫ぶと、嵐の向こうから不機嫌な声が返ってきた。
『冷気を飛ばしてはいるのだけど、この風が全部かっさらっていくのよ。届かないわ』
「届かないって……お前、こっち来て直接やればいいだろ!」
『嫌よ。わらわが泥の中をわざわざ歩くなんて、無様な真似ができるわけないでしょう。品位の問題よ』
「こんな時まで品位優先か! 強さが一歩も動かねえ置物になってんだよ!」
最強の女王は、自分の足場が汚れるのを嫌って、西から一歩も出てこない。
「勇者様ぁ! この泥、わたしのお水で全部洗い流しましょうか!?」
霧の奥から、今度はミィナののんきな声。
「やめろ! この暴風で水出したら、泥ごと俺らが流される!」
「ご安心を。汚れも、敵も、皆さんごと洗い清めれば、すべて等しく綺麗になります」
「俺らを"汚れ"に含めるな! お前の中の大掃除、巻き込まれる側は全員死ぬんだよ!」
足元で、ぴぃが濁流に流されかけて「ぴぃぃ!」と鳴いた。
「……あっ、ぴぃ!」
リリがとっさに指先をかざす。丸メガネの奥の瞳孔が、紫の蝙蝠模様に光った。
ふわ、と手のひらほどの影が伸び、ぴぃをすくい上げて俺の胸元へ押し込む。
「ぴっ」
「……ナイス。お前、たまにやるじゃねえか」
「でしょう! エリートですもの!」
「その力でなんで百人は止められねえんだよ」
言い合う間にも横から槍。俺はリリごと身を捻って躱した。
「きゃっ……あ、危ないわ新入社員!」
俺の腕にしがみついたリリが、なぜかドヤ顔で言う。
「狙われてたのはどう見てもお前だろ! 庇ってやった側が、なんで心配される側にされてんだ!」
「むっ、エリートだって戦えるわ! 見てなさい!」
リリが瞳孔の色をくるくる切り替え、迫る傭兵へ指先を向ける。
影のビンタ。リンゴ一個ぶんの冷気。数滴の目潰し。線香花火ほどの火花。
「うわっ」「冷たっ」「目がっ」「髪焦げた!」
傭兵たちが、てんでにのけぞった。
「お……っ、地味に効いてる!?」
「でしょう! 高度な状態異常の複合付与よ!」
「嫌がらせの才能だけは一級品だな! ……って、ぜんっぜん倒れてねえ! 全員すぐ立ち上がってんだろ!」
「だ、だってこれ以上の出力は、その……エリートは省エネだから……!」
「省エネで百人は捌けねえんだよ!」
斬っても斬っても、霧が新しい影を吐き出す。息はとっくに上がっていた。
この錆びたなまくら剣でも、急所さえ見えれば本気の一閃で薙ぎ払える。だが肝心の探索が死んでる今、勘で本気を出したところで三日は寝込むだけ。そんな余裕、この乱戦のどこにもない。
「くそっ……殴る相手が、ろくに見えねえ!」
俺は泥水を吐き捨てた。
「ゼルもアイシスもバケモンみてえに強いのに、それが一個も噛み合ってねえじゃねえか!」
『せやから言うたやろ?』
ストムの薄笑いが、空から降ってくる。
『どんなに一人ひとりが強うても、バラバラにされたら、ただの烏合の衆や』




