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王女が落ちてくる予感はしていた  作者: 蒼井みつき


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第9話 平民、初めて木剣を持つ

「では始めろ」


 クローディア先生の一言で、俺は木剣を渡された。


「重っ」


「軽いほうよ、それ」


 エリシアが呆れた顔をする。


「畑の鍬しか持ったことないんだよ俺は」


「よくそれで王子に勝てたわね」


「事故だって何回言わせる」


 訓練場の周囲では、他の生徒たちがぞろぞろ集まり始めていた。


「セシル様が相手か」

「転入初日で終わったな」

「でも避けるのは凄かったぞ」


 聞こえてる。


 あと“終わったな”を本人の前で言うな。


 セシルは木剣を肩に担ぎながら笑っていた。


「そんな緊張しなくていいって」


「お前の顔見ると緊張する」


「ひどいなあ」


「予感が言ってる」


「便利だね、その予感」


 便利なら今すぐ帰る未来を見せてほしい。


 クローディア先生が壁際から言う。


「ルールは先ほどと同じ。一撃で終了」


「はい」


「返事はいい。集中しろ」


「怖……」


 セシルが定位置につき、軽く木剣を振った。


 ひゅん、と空気が鳴る。


 絶対強い。


 なんかもう立ち方から違う。


「ちなみに僕、剣術は学院で三位」


「聞きたくなかった」


「安心して。二位はレティシアだから」


「なんの安心にもなってない」


 レティシアが少し離れた場所で腕を組んでいる。


「私は魔法科です。剣術順位など飾りにすぎません」


「その飾りが怖いんだよ」


 エリシアが俺の袖を軽く引いた。


「リオ」


「ん?」


「頑張って」


 真っ直ぐ見上げられる。


 青い目が近い。


 だめだ。


 普通に心臓へ悪い。


「……そういうの、戦う前にやるな」


「?」


 わかってない顔してる。


 天然か。


 セシルがにやにやし始めた。


「青春だねえ」


「黙れ」


 クローディア先生が片手を上げる。


「始め」


 その瞬間。


 予感が走った。


 右。


 反射的に飛ぶ。


 直後、木剣がさっきまでいた場所を薙いだ。


「うおっ!?」


「へえ」


 セシルが少し驚いた顔をする。


「今の避けるんだ」


「死ぬ気がした!」


「実際、当てる気だったけど」


「手加減しろよ!?」


 周囲がざわつく。


「速っ……」

「セシル様の初撃だぞ」

「普通は見えないって」


 見えてない。


 予感しただけだ。


 セシルが笑みを深くする。


「いいね。じゃあもう少し」


「待っ――」


 速い。


 今度は連撃。


 一発、二発、三発。


 全部ギリギリ。


 転がるみたいに避ける。


「うわっ!」

「ちょっ!」

「危なっ!」


 泥まみれ。

 息切れ。

 格好悪い。


 でも不思議と、全部“来る”のがわかる。


 左。

 しゃがむ。

 後ろ。


 木剣が髪をかすめた。


「……すご」


 誰かが呟いた。


 セシルの顔から、少しずつ笑みが消えていく。


「本当に勘だけ?」


「知らん!」


 限界だ。


 避け続けるだけで精一杯。


 そのとき。


 胸の奥で、予感が弾けた。


 今。


 そう思った瞬間、体が勝手に前へ出る。


「え?」


 セシルの剣が、一瞬だけ止まった。


 いや違う。


 踏み込みで制服の裾を踏んだんだ。


 偶然。


 でも十分だった。


 気づけば俺の木剣が、セシルの胸元へ当たっていた。


 静寂。


「……あ」


 俺もセシルも固まる。


 周囲も固まる。


 クローディア先生だけが冷静に言った。


「勝者、リオ」


 訓練場が爆発した。


「また勝った!?」

「なんなんだあいつ!?」

「王子に続いてセシル様まで!?」


「違う違う事故!」


 セシルが数秒黙り込み、それから突然吹き出した。


「あはははっ!」


「え?」


「いや無理だろこれ!」


 腹を抱えて笑っている。


「なんでそこで入ってくるの!? 普通下がるじゃん!」


「俺もそう思う!」


 エリシアが駆け寄ってきた。


「リオ! 大丈夫!?」


「死にかけた!」


「勝ったのに!?」


「勝ったからだよ!」


 レティシアがじっと俺を見ていた。


 氷みたいだった目が、少しだけ揺れている。


「……本当に、偶然だけで?」


「偶然です」


「二回連続で?」


「俺が聞きたい」


 すると、壁際からシオンの声がした。


「偶然じゃないよ」


 全員の視線が向く。


 シオンは静かに笑っていた。


「この人、無意識に“最適解”を選んでる」


 ぞわっとした。


 言い当てられた感じがした。


「未来を見てるわけじゃない」


 シオンの目が細くなる。


「危険と可能性を、異常な精度で読んでるんだ」


 クローディア先生が腕を組む。


「戦闘勘の極致か」


「才能ですよ、先生」


「怖いこと言うな」


 俺はただの村人だ。


 そんな大層なものじゃない。


 でも。


 周囲の目が、少し変わったのはわかった。


 田舎者を見る目じゃない。


 “なんかわからないやつ”を見る目だ。


「……帰りたい」


 小さく呟くと、隣でエリシアが笑った。


「もう遅いわね」


 その笑顔が、やけに嬉しそうだった。

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