第6話 決闘騒ぎと銀髪の先輩
学院の中庭は、完全に祭りになっていた。
「決闘! 決闘!」
「レティシア様が本気だぞ!」
「噂の恋人、初日で退学か!?」
「だから恋人じゃない!」
叫んでも誰も聞いてない。
いや一人だけ聞いていた。
「……否定、強いわね」
エリシアがなぜか少し不満そうだった。
「そこ気にするとこ!?」
レティシアは微動だにせず細剣を構えている。
「逃げるのですか?」
「逃げたい」
「正直ですね」
「褒めてないよな?」
セシルが肩を震わせて笑っていた。
「いやあ、最高だな今日」
「他人事だと思って……!」
すると、胸の奥がざわついた。
嫌な予感。
しかも今回はかなり強い。
「……ん?」
視線を感じて振り向く。
二階の渡り廊下。
そこに、一人の男が立っていた。
銀髪。
学院の制服。
鋭い目。
こっちを見ている。
いや――見ているのは、俺じゃない。
エリシアだ。
その瞬間、予感がさらに強くなった。
「リオ?」
「……なんか嫌なやついる」
「え?」
エリシアが振り向く。
銀髪の男子生徒は、こちらに気づくと静かに笑った。
冷たい笑みだった。
ぞわっと鳥肌が立つ。
レティシアが眉をひそめる。
「シオン先輩……?」
先輩?
男は手すりにもたれたまま口を開いた。
「騒がしいと思えば、君か。エリシア殿下」
声は穏やかだった。
なのに怖い。
なんかこう、井戸の底みたいな感じがする。
エリシアの顔色が変わった。
「……シオン」
「知り合い?」
小声で聞くと、彼女はわずかに迷ってから答えた。
「元・宮廷魔導士団の候補生」
「学院にいるのか?」
「在籍だけ、ね」
言い方が変だった。
シオンはゆっくり階段を降りてくる。
周囲の生徒たちが自然と道を空けた。
人気者、というより恐れられてる感じだ。
セシルが小さく呟く。
「うわ、最悪のタイミング」
「そんなやばい人?」
「天才。でも性格は終わってる」
聞こえてるぞ。
たぶん本人にも。
でもシオンは気にした様子もなく、真っ直ぐエリシアの前まで来た。
「戻ってきたんだね」
「……ええ」
「また逃げると思ってた」
空気が冷える。
俺でもわかる。
この二人、なんかある。
シオンはそこで初めて俺を見た。
「君が噂の」
「噂やめてほしいんだけど」
「へえ」
じっと見られる。
不快だった。
値踏みされる感じ。
「本当にただの平民だ」
「悪かったな」
「なのに君を選んだんだ」
シオンは小さく笑う。
「エリシア殿下も、変わった趣味をしてる」
その瞬間。
「……言い方に気をつけろ」
自分でも驚くくらい低い声が出た。
周囲が静まる。
シオンが目を細めた。
「怒るんだ」
「そりゃな」
「面白い」
まただ。
王都のやつら、すぐ面白がる。
レティシアが剣を下ろし、不機嫌そうに言った。
「決闘の途中です」
「まだ始まってないだろ」
「気分の問題です」
めんどくさい。
シオンはくすりと笑った。
「なら、僕が立会人になろうか」
「いらない」
「嫌われてるな」
「初対面で好かれる要素あった?」
シオンは答えず、エリシアへ視線を向ける。
「殿下」
「なに」
「あなた、本気?」
その問いだけ、妙に重かった。
エリシアは少しだけ息を呑む。
「……何が」
「その平民を隣に置くこと」
周囲がざわつく。
俺は黙ってエリシアを見た。
彼女は少し俯き、それから顔を上げる。
「ええ」
迷いなく言った。
「リオは、私が自分で選んだ人よ」
一瞬、頭が真っ白になった。
「おい」
「事実でしょう」
「言い方!」
周囲が爆発した。
「選んだって言った!?」
「やっぱり恋人!?」
「公式!?」
「違うからな!?」
レティシアですら少し動揺していた。
シオンだけが静かに笑っている。
でも目は笑っていなかった。
「なるほど」
その声を聞いた瞬間、嫌な予感がはっきり形になる。
こいつ。
絶対エリシアのこと好きだったやつだ。
「……うわ」
「どうしたの、リオ」
「今、最悪の予感した」
シオンがこちらを見る。
「聞こうか」
「聞かなくていい」
でもたぶん顔に出てた。
シオンは一拍置いてから、小さく笑う。
「勘がいいんだね」
当たりかよ。
胃が痛い。
レティシアが不機嫌そうに剣を収めた。
「興が削がれました」
「助かった……」
「ですが」
助かってなかった。
彼女は真っ直ぐ俺を見る。
「学院にいる以上、あなたはいずれ実力を示さねばならない」
「帰っちゃだめ?」
「だめです」
「即答……」
セシルが肩を組んできた。
「諦めなよ、リオ。学院ってそういう場所だから」
「離れろ暑い」
「つれないなあ」
そのとき、鐘の音が響いた。
学院中へ広がる、高い音。
セシルが「あ」と声を上げる。
「まずい、ホームルームだ」
「ホーム……?」
「授業よ、田舎者」
「急に現実!」
ミリアがにやにや笑う。
「頑張ってね、“運命の恋人”さん」
「その呼び方やめろ!」
エリシアが楽しそうに笑っていた。
たぶん、ここへ戻ってきてから一番自然な顔だった。
その顔を見ると、帰りたい気持ちが少しだけ薄れる。
……いや、やっぱり帰りたいけど。
でも。
胸の奥の予感は、不思議と悪くなかった。
たぶんこの学院で、俺はもっと面倒に巻き込まれる。
もっと恥をかく。
もっと胃を痛める。
だけど同時に。
きっと、エリシアの知らない顔をたくさん知っていく。
そんな気がした。




