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王女が落ちてくる予感はしていた  作者: 蒼井みつき


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第3話 王城へ

 王城の廊下は、静かすぎて落ち着かなかった。


 赤い絨毯。

 白い壁。

 等間隔に並ぶ鎧。

 磨き上げられた窓。


 歩くたび、自分の靴音だけがやけに響く。


「帰りたい……」


 小声で呟くと、隣のエリシアが肩を震わせた。


「まだ入って十分も経ってないわよ」


「十分で限界だよ」


「情けない」


「村人に城を歩かせるほうが悪い」


 前を歩くアレクシス王子は、こちらを気にした様子もない。

 背筋が伸びすぎていて、なんかもう人間というより剣みたいだった。


 その後ろを歩く騎士たちも無言。


 胃が痛い。


「リオ」


「ん?」


 エリシアが小さく袖を引いた。


「大丈夫?」


「お前の兄貴怖い」


「それはそう」


「否定しろよ」


 すると前方から、低い声が返ってきた。


「聞こえているぞ」


「うわっ」


 アレクシスが振り返りもせず言う。


「安心しろ。取って食ったりはしない」


「精神は削られてる気がします」


 ミリアが後ろで吹き出した。


「ほんと面白いわね、この人」


「お前ら王族、距離感バグってない?」


 そんなやり取りをしているうちに、大きな扉の前へ着いた。


 金色の紋章が刻まれている。


 騎士が扉を開いた。


「陛下。エリシア殿下と、リオ殿をお連れしました」


 部屋の中は広かった。


 いや、広すぎた。


 天井は高く、壁には巨大な絵画。

 中央の長机の奥に、一人の男が座っていた。


 黒髪混じりの金髪。

 鋭い目。

 静かな威圧感。


 王だった。


 アルメリア国王。


「……面を上げよ」


 いやまだ下げてない。


 どうすればいいかわからず固まっていると、エリシアが小声で囁く。


「軽く礼だけでいいから」


「先に言えよ……」


 ぎこちなく頭を下げる。


 王はしばらく俺を見ていた。


 値踏みされている感じがすごい。


「お前がリオか」


「はい」


「娘を助けたそうだな」


「勝手に落ちてきただけです」


 エリシアが吹き出しかける。


 アレクシスが額を押さえた。


 王だけが、数秒沈黙したあと。


「……ふっ」


 笑った。


 全員が固まる。


「父上?」


 アレクシスが珍しく驚いている。


 王は口元を押さえながら言った。


「いや、すまん。もっと野心家かと思っていた」


「畑しか耕したことないです」


「なるほど」


 王は椅子に深く座り直した。


「エリシア」


「はい」


「お前の意思は聞いた」


 部屋の空気が少し変わる。


「ルシアンとの婚約は、いったん白紙とする」


 エリシアが目を見開いた。


「……本当に?」


「ただし」


 ですよね。


「王族としての責務まで消えたわけではない」


 王の視線が真っ直ぐ向けられる。


「いずれ、お前自身が国と向き合う必要はある」


「……はい」


 エリシアは静かに頷いた。


 王は続ける。


「そしてリオ」


「はい」


「お前には礼をせねばならん」


「いえ別に」


「なので褒美を与える」


 嫌な予感。


 ものすごく嫌な予感。


「王立学院へ入れ」


「は?」


 意味がわからなかった。


「待ってください」


「なんだ」


「なんでそうなるんです?」


「娘を救い、王子を打ち負かし、さらに王女本人に気に入られている」


「最後なんか変なの混ざった」


「その予感とやらも興味深い」


 王は淡々と言う。


「平民のまま埋もれさせるには惜しい」


「いや惜しくないです」


「というわけで決定だ」


「横暴!」


 エリシアが横で目を輝かせた。


「学院!? 本当に!?」


「喜ぶな!」


「一緒に通えるのね!」


「聞け!」


 ミリアが腹を抱えて笑っている。


「だめ、面白すぎる……!」


 アレクシスだけが真顔だった。


「父上」


「なんだ」


「リオは礼儀も学問も知らぬ田舎者です」


「知ってる」


「学院では確実に浮きます」


「知ってる」


「貴族どもが騒ぎます」


「だろうな」


 全部わかった上かよ。


 王は静かに笑った。


「だから面白い」


 この親子、絶対血が繋がってる。


 俺が頭を抱えていると、エリシアがそっと顔を覗き込んできた。


「嫌?」


「……嫌な予感しかしない」


「でも」


 彼女は少し楽しそうに笑った。


「私と一緒よ?」


 ずるい言い方だった。


 そんな顔で言われたら、断りづらいに決まってる。


 俺は深いため息をつく。


「……一週間だけだからな」


 エリシアが吹き出した。


「リオ、それ口癖になってるわ」


 たぶんもう遅い。


 俺の平穏な人生は、とっくに終わっていた。

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