第2話 王都へ
王都アルメリアは、遠目で見た時点でおかしかった。
「壁でか……」
思わず声が漏れる。
白い城壁が地平線みたいに続き、その内側に無数の建物がひしめいていた。中央には王城。夕日に照らされ、山みたいにそびえている。
村しか知らない俺には、もう全部が規格外だった。
馬車が門へ近づくにつれ、人と荷馬車の列が増えていく。
商人。
冒険者。
貴族らしい馬車。
鎧姿の騎士。
門番がこちらへ近づき――グレイの顔を見た瞬間、背筋を伸ばした。
「し、失礼いたしました!」
門が即座に開く。
エリシアが小さく笑った。
「グレイ、相変わらず顔が利くのね」
「年の功でございます」
いや執事長ってそんな立場なのか。
王都へ入った瞬間、空気が変わった。
石畳。
並ぶ店。
飛び交う声。
焼き肉の匂い。
「うわ……」
完全に田舎者みたいな声が出た。
エリシアが横でにやつく。
「ふふ。口開いてる」
「閉じる余裕がない」
「可愛い」
「やめろ」
馬車の窓から見える景色は全部新鮮だった。
噴水広場では大道芸人が火を吹き、露店では見たこともない果物が積まれている。魔導灯が通りを照らし始め、街全体が輝いて見えた。
そして。
「……なんか見られてないか?」
視線が多い。
というか、かなり多い。
エリシアが「あ」と声を漏らした。
「忘れてた」
「何を」
「私、ちょっと有名」
「王女だもんな!?」
遅い。
通行人たちがざわつき始める。
「エリシア殿下だ」
「本当に帰ってきたぞ」
「隣の男誰だ?」
最後の声が一番嫌だった。
グレイが咳払いする。
「そろそろ到着です」
馬車が大きな門をくぐる。
その先に広がっていたのは、別世界だった。
白亜の庭園。
噴水。
整えられた花壇。
城へ続く赤い絨毯。
「……ここ住んでんの?」
「ええ」
「落ち着かねえ……」
「今さら逃げる?」
「ちょっと考えてる」
そのとき。
「エリシア!」
甲高い声が響いた。
階段の上から、小柄な少女が駆け下りてくる。
銀色の髪を二つに結び、赤いドレスを翻していた。
年は十五くらいか。
勢いそのまま、エリシアへ飛びつく。
「心配したんだから!」
「ミリア……!」
二人が抱き合う。
妹か。
微笑ましく見ていると、少女――ミリアが急にこちらを見た。
「で」
じろり。
「この男誰?」
「え?」
「まさか駆け落ち相手?」
「違う!」
エリシアが真っ赤になる。
ミリアは俺の周りをぐるぐる歩き始めた。
「ふーん。顔は普通。服は田舎。態度も田舎」
「初対面で刺してくるな」
「でも、お姉さまを助けたのは本当なのよね?」
「まあ一応」
すると彼女は突然、深々と頭を下げた。
「ありがとう」
「……え?」
「お姉さま、ずっと苦しそうだったから」
予想外だった。
ミリアは顔を上げ、にっと笑う。
「だから歓迎するわ、田舎者」
「最後で台無しだよ」
エリシアが呆れながらため息をついた。
「ミリア、リオをからかわないで」
「だって面白いんだもの」
その時だった。
背後で靴音が響く。
空気が変わった。
騎士たちが道を開ける。
長い赤髪。
黒い軍服。
鋭い金色の目。
男はゆっくりこちらへ歩いてきた。
「帰還したそうだな、エリシア」
低い声。
エリシアの表情が硬くなる。
「兄上……」
「兄?」
第一王子。
つまり王位継承権第一位。
アレクシス・アルメリア。
たぶんこの国で一番偉い若者だ。
アレクシスはエリシアを一瞥し、それから俺を見た。
「……そいつか」
圧がすごい。
視線だけで胃が痛い。
「リオです」
「辺境の村人らしいな」
「らしいっていうか村人です」
すると、なぜかアレクシスが少し笑った。
「面白い」
「兄上?」
「王女を攫って王子を打ち負かした男だ。もっと傲慢かと思っていた」
「誤解が広がってる……」
「まあいい」
アレクシスは背を向ける。
「父上がお待ちだ」
その一言で、エリシアの肩がわずかに震えた。
王様。
ついにか。
俺まで胃が痛くなってきた。
「リオ」
エリシアが小さく袖を掴む。
「隣、いて」
その声は少し弱かった。
俺は息を吐く。
「……一人じゃないんだろ」
彼女は小さく頷いた。
そして俺たちは、王城の奥へ足を踏み入れた。
どう考えても、人生最大の面倒ごとの中心へ。




