第22話 平民、王太子に連行される
「少し来い」
アレクシスにそう言われたあと。
俺は本当に連行されていた。
「なんで……」
学院の廊下を歩きながら、心の底から呟く。
窓の外は夕焼けだった。
赤い光が石壁へ差し込み、長い影を床へ落としている。
隣を歩くアレクシスは相変わらず無言だ。
怖い。
後ろではエリシアが心配そうについてきていた。
「兄上、どこへ?」
「特別訓練区画だ」
「まだやるんですか!?」
思わず声が裏返る。
アレクシスはちらりとこちらを見た。
「安心しろ」
「その前置き怖いんですよ」
「死にはしない」
「だから“は”を付けるな!」
エリシアが吹き出した。
「ふふっ……」
「笑い事じゃない!」
やがて学院裏手の特別訓練区画へ到着する。
普段の訓練場よりさらに広い。
高い石壁に囲まれたフィールドには、無数の傷跡が残っていた。
地面には魔法の焼け跡まである。
「うわ……」
嫌な予感しかしない。
アレクシスは中央まで歩いていき、壁際に立てかけられていた木剣を一本取った。
そのまま、こちらへ放ってくる。
「え」
慌てて受け取る。
「なんで?」
「実戦確認だ」
「誰の」
「お前の」
嫌すぎる。
「いや、俺さっき模擬戦したばっか――」
「来るぞ」
「話を聞け!」
次の瞬間。
アレクシスの姿が消えた。
「っ!?」
速い。
見失う。
反射的に横へ飛ぶ。
ごっ!!
さっきまで立っていた場所へ木剣が叩き込まれ、石畳が砕けた。
「はぁ!?」
「避けたか」
アレクシスが静かに立っている。
いやいやいや。
「今の木剣でやる威力じゃないだろ!」
「安心しろ。加減している」
「嘘つけ!」
エリシアが頭を抱えていた。
「兄上……」
「心配するな」
「リオが死にます!」
「死にはしない」
「だからその言い方やめろ!」
アレクシスが再び踏み込む。
空気が震えた。
速い。
だが。
来る場所はわかる。
右。
木剣を合わせる。
ばんっ!!
衝撃で腕が痺れた。
「ぐっ!?」
重っ!
なんだこの力。
普通に熊では?
アレクシスの目が少し細くなる。
「……ほう」
次。
左下。
避ける。
横薙ぎ。
しゃがむ。
突き。
半歩ずれる。
木剣が風を裂き、頬をかすめた。
怖っ!!
死ぬ死ぬ死ぬ!
だが不思議と、体は動いていた。
今どこが危ないか。
どこへ来るか。
なんとなくわかる。
胸の奥がざわざわする。
「なるほど」
アレクシスが低く呟いた。
その瞬間。
ぞくり、と嫌な予感が走る。
やばい。
今までで一番危ない。
「――っ!」
反射的に後ろへ飛ぶ。
直後。
轟音。
アレクシスの一撃が石畳を砕き、訓練場の床へ大きな亀裂を走らせた。
土煙が舞い上がる。
「うわぁぁぁ!?」
エリシアの悲鳴。
俺も叫びたい。
「兄上ぇぇ!?」
「避けると思った」
「避けなかったら死んでた!」
「だから加減している」
「信用できるか!」
だが。
アレクシスはなぜか少し満足そうだった。
木剣を肩へ担ぎ、こちらを見る。
「やはり妙だな」
「何がですか」
「お前だ」
嫌な予感。
アレクシスは数秒こちらを見たあと、静かに言った。
「お前、自分で思っている以上に周囲を見ている」
「……はあ?」
「視野が広い。反応も早い。しかも無意識だ」
「いや、なんか危なそうだなって……」
「勘であれをやっているなら、なおさらおかしい」
怖いこと言うな。
エリシアが小さく首を傾げる。
「兄上、そんなに変なんですか?」
「普通ではない」
即答だった。
やめろ。
普通に生きたい。
アレクシスは小さく息を吐く。
「合同大会、お前は確実に狙われる」
「嫌な情報ありがとうございます」
「今日の模擬戦で目立ちすぎた」
否定できない。
観客席の騒ぎを思い出して胃が痛くなる。
「指揮役を崩せば、チーム全体が崩れる」
アレクシスの金色の目が細くなった。
「つまり、お前が一番狙いやすい」
「帰りたい……」
心の底から呟く。
その横で、エリシアが少し困ったように笑った。
「でも」
「ん?」
「兄上がわざわざ確認しに来るくらいには、すごかったってことでしょう?」
「嬉しくねえ……」
すると。
訓練区画の入口側から、聞き覚えのある声が響いた。
「おーい!」
振り向く。
リナだった。
後ろにはセシルとガルドまでいる。
「なんでいるの」
「見に来た!」
ガルドは地面の亀裂を見て目を輝かせていた。
「うおおおっ!? 何したらこうなるんだ!?」
「殿下がやった」
「すげえ!!」
「感想そこ!?」
ガルドは目を輝かせたまま、訓練場の亀裂を覗き込んでいる。
セシルはそんな様子を見ながら苦笑した。
「で? 殿下の確認は終わったんですか?」
「ああ」
アレクシスが短く答える。
その金色の目が、もう一度だけこちらへ向いた。
「合同大会では、おそらくこいつが狙われる」
「え」
今すごく嫌なこと言わなかった?
だがセシルは、妙に納得した顔だった。
「まあ、そうだろうね」
「なんで!?」
「だってリオいると、チームの動き変わるし」
リナもうんうん頷く。
「わかる!」
「いやわからん!」
レティシアまで静かに口を開いた。
「実際、あなたが指示を出した瞬間だけ、全員の動きが噛み合っています」
「そんな大層な話じゃ――」
「あります」
即答だった。
怖い。
ガルドは笑いながら俺の肩を叩く。
「なら守ってやるよ!」
「痛い!」
「安心しろ!」
「お前の安心、信用できねえんだよ!」
わっと笑いが広がる。
その騒がしい空気の中で。
アレクシスだけは静かにこちらを見ていた。
まるで、
これから先を見定めるみたいに。




