第19話 平民、初めて指揮を取る
学院訓練場。
広い石造りのフィールドを前に、俺は人生最大級の胃痛と戦っていた。
「なんでこうなった……」
思わず漏れた声が、やけに虚しい。
周囲には、今回のチームメンバーたちが集まっていた。
セシルはいつも通り余裕そうな笑みを浮かべ、ガルドは朝からやる気全開。リナは箒へ座ったまま空中をくるくる回り、レティシアだけが静かな顔で訓練場を見つめている。
そして、その前にはクローディア先生。
「ルールを説明する」
先生が杖を軽く振る。
すると訓練場中央に巨大な魔法陣が浮かび上がり、淡い光がフィールド全体へ広がった。
地面からは半透明の障壁がせり上がり、石壁や足場まで次々と形成されていく。
「うわ……」
完全に戦場だ。
「これより模擬チーム戦を行う」
セシルが片眉を上げる。
「相手は?」
クローディア先生は淡々と答えた。
「三年合同チーム」
一瞬、周囲が静まり返る。
「えっ」
「三年!?」
ガルドまで固まっていた。
そんな強いのか。
先生は気にした様子もなく続ける。
「合同大会本戦を想定した編成だ。手加減は期待するな」
訓練場の向こう側。
五人の上級生が姿を現す。
全員、纏っている空気が違った。
素人の俺でもわかる。
強い。
先頭の男子生徒がこちらを見て笑う。
「一年坊主相手か?」
隣の女子生徒も肩をすくめた。
「しかも噂の平民付き」
うわ感じ悪い。
ガルドが拳を鳴らす。
「やってやる!」
リナは楽しそうに笑っていた。
「面白そう!」
セシルだけは落ち着いている。
「で、リーダー」
全員の視線がこっちを向いた。
やめろ。
「作戦は?」
「……」
ない。
あるわけない。
だが、その瞬間。
胸の奥がざわついた。
嫌な予感。
真正面からぶつかると負ける。
それだけははっきりわかった。
俺は視線を巡らせる。
相手の位置。
障害物。
地形。
味方との距離。
すると、不思議と頭の中へ“流れ”が浮かび上がった。
「……リナ」
「ん?」
「上取れるか」
「余裕!」
「ガルドは正面」
「おう!」
「セシルは遊撃」
「了解」
最後にレティシアを見る。
青い瞳が静かにこちらを見返してきた。
「援護頼む」
「……わかりました」
クローディア先生が目を細める。
「始め」
次の瞬間。
相手チームが一斉に動いた。
「っ!?」
速い。
火球。
風刃。
雷撃。
複数の魔法が同時に飛んでくる。
普通に危ない。
「散れ!」
反射的に叫ぶ。
全員が即座に動いた。
直後。
さっきまで立っていた場所が爆発する。
轟音と土煙が巻き上がった。
「ははっ! すご!」
リナが一気に空へ跳ね上がる。
「上から行くぞ!」
「待て突っ込むな!」
「もう行った!」
早い!
ガルドも真正面から突撃していた。
「おらぁぁぁ!!」
「だから脳筋!」
だが。
その瞬間。
胸の奥で予感が跳ねる。
右。
「ガルド下がれ!」
「おう!」
ガルドが反射的に飛び退く。
直後、さっきまでいた地面から無数の氷槍が突き出した。
「うおっ!?」
ガルドが青ざめる。
レティシアが目を見開いた。
「今のを読んだんですか……?」
「なんか嫌な感じした!」
説明できない。
でもわかる。
危険な流れが。
セシルがいつの間にか横へ並んでいた。
「面白いね、それ」
「他人事みたいに言うな!」
「他人事じゃないよ」
セシルの剣が閃く。
飛来した魔法を弾き、相手前衛との距離を一気に詰める。
強い。
こいつ普通に強い。
「左から来る」
「了解」
俺が言うより先に、セシルは動いていた。
やば。
相性いいかもしれない。
そのとき。
空からリナの叫び声が響く。
「リオーー!!」
「なんだ!?」
「なんかやばいのいる!」
ぞくり、と背筋が冷える。
今までで一番強い予感。
視線を向ける。
相手チーム後方。
一人の男子生徒が巨大な魔法陣を展開していた。
「まずっ――」
空気が震える。
訓練場全体を覆うほどの巨大術式。
逃げ切れない。
その瞬間。
胸の奥で、“一本の流れ”だけが見えた。
勝てる道。
「……レティシア!」
「はい!」
「今、あの魔法止められるか!?」
レティシアが一瞬だけ目を見開く。
だがすぐに理解した顔になった。
「三秒ください!」
「ガルド!」
「おう!」
「三秒稼げ!」
「任せろ!!」
ガルドが地面を砕く勢いで突っ込む。
爆音。
火花。
セシルが楽しそうに笑った。
「ちゃんと指揮してるじゃない」
「うるさい!」
上空からリナが風魔法を叩きつける。
その間に、レティシアの足元へ青白い魔法陣が展開された。
空気が冷える。
魔力が一気に収束していく。
そして。
三秒後。
「――解術します!」
青白い光が一直線に走った。
次の瞬間、相手の巨大魔法陣が音を立てて砕け散る。
静寂。
訓練場全体が、一瞬止まった。
そして次の瞬間。
歓声が爆発した。
「止めた!?」
「一年が!?」
「うそだろ!」
俺もびっくりしてた。
でも。
胸の奥の予感だけが、静かに鳴っていた。
――今のは、正しかった。




