第16話 平民、貴族会議へ放り込まれる
王城へ戻る道中。
エリシアは珍しく静かだった。
石畳を歩く靴音だけが響く。
「……そんなやばいやつ?」
俺が聞くと、彼女は少し困ったように笑った。
「たぶん、お説教」
「王様に?」
「貴族たちにも」
「うわ」
胃が痛くなってきた。
隣を歩く老人――王城の使用人は、相変わらず無表情だ。
圧がある。
王城関係者、みんな怖い。
「リオ」
「ん?」
エリシアが小さく声を落とす。
「もし変な空気になったら」
「なったら?」
「逃げてもいいわよ」
「俺だけ!?」
「だって平民だもの」
「お前は?」
「私は王女だから」
軽く言った。
でも軽くない。
胸の奥が少しざわつく。
そのまま王城へ入った。
昼間と違って、廊下は静かだった。
赤い絨毯。
高い天井。
等間隔の燭台。
歩くだけで緊張する。
「帰りたい……」
「七回目」
「数えてるの?」
「今日は少なめね」
少ないのかよ。
やがて、大きな扉の前へ着く。
騎士が左右に立っていた。
嫌な予感が強くなる。
「陛下、お連れしました」
扉が開く。
中へ入った瞬間。
「うわ」
空気が重かった。
国王。
アレクシス。
それから、見知らぬ貴族たち。
年配の男たちが並び、こちらを見ている。
完全にアウェー。
帰りたい。
「来たか」
国王が静かに言った。
エリシアが礼をする。
「父上」
俺も慌てて頭を下げた。
「……リオです」
「知っている」
ですよね。
一人の貴族が咳払いする。
「陛下。本当にこの平民を同席させるおつもりですか?」
うわ始まった。
「学院では好き勝手に噂を流され、王家の威信にも関わっております」
「俺流してないです」
「黙っていなさい」
「はい」
強い。
即負けした。
エリシアの眉がぴくりと動く。
「噂は事実ではありません」
「ですが殿下は、彼を特別扱いしておられる」
「それは――」
「事実だな」
国王が普通に頷いた。
「父上!?」
「違うのか」
エリシアが言葉に詰まる。
顔赤い。
貴族たちがざわついた。
「やはり……」
「平民相手に」
居心地が最悪だ。
すると別の男が口を開く。
「ルシアン殿下との婚約問題も未解決です」
部屋の空気がさらに重くなる。
「隣国との関係を考えれば、婚約再開は避けられません」
エリシアが唇を噛んだ。
胸の奥で、予感が鳴る。
嫌な流れだ。
そのとき。
「……騒がしいな」
低い声。
一瞬で空気が静まった。
アレクシスだった。
「父上が認めた客人に、随分な言い方だ」
貴族たちが押し黙る。
怖い。
味方なのに怖い。
アレクシスは俺を見る。
「リオ」
「はい」
「お前はどう思う」
「何がですか」
「エリシアの婚約についてだ」
なんで聞くの。
貴族たちもこっち見てる。
胃が死ぬ。
「えっと……」
逃げたい。
でも。
胸の奥がざわつく。
ここで誤魔化すと後悔する。
「……本人が嫌なら、無理に決めるものじゃないと思います」
静寂。
やばい。
言っちゃった。
貴族たちの顔が険しくなる。
「平民風情が」
「王族の責務を――」
だが。
「ふむ」
国王が静かに頷いた。
「私もそう思う」
「陛下!?」
今度は貴族側が固まる。
国王は椅子へ深く座り直した。
「エリシアの意思を無視し続けた結果、一度逃げられている」
正論だった。
誰も反論できない。
エリシアが少し驚いた顔をする。
「父上……」
「だが」
来た。
絶対来ると思った。
「王女である以上、責務からは逃れられん」
エリシアの表情が曇る。
国王の視線がこちらへ向く。
嫌な予感。
かなり強い。
「そこでだ、リオ」
「はい」
「お前には、ある条件を満たしてもらう」
「条件?」
「学院の合同大会で結果を出せ」
「は?」
意味がわからなかった。
セシルたちが言っていた、学院最大行事。
各学科・各学年が競い合う大会。
貴族社会でも注目される大イベント。
「待ってください」
「なんだ」
「なんで俺が」
「簡単だ」
国王が静かに笑った。
「結果を出せば、周囲も少しは黙る」
嫌な予感しかしなかった。




