番外編:初恋と足跡
「ねぇ、君が探してるのってさ。これ?」
少女が初めてその少年と接した日、きっかけはそれだった。
*
「ひよりん!おっはよ!!」
「風香ちゃん、おはよう」
宮沢陽和。柊女子高等学校に通う女子高生。肩より下まで伸ばした切り揃えられた黒髪と黒い瞳、その容姿は清楚かつ真面目な印象を受ける。そして、見た目と同様に性格も控えめで、本人はそれを悩みとしていた。
「聞いてよ!この前彼氏と初デート行ったの、行ったのよ!!」
「良かったねぇ、それでどうだったの?楽しかった?」
「えっとね、昼ご飯は牛丼屋さんで……いやね?いや、これはまだ良いのよ!相手も高校生だから懐のこともあるし、美味しくはあったからまだ全然良いの!」
「ふんふん、でもそこから何かあるの?」
「そ、問題が大アリなのよ!カラオケ行くか〜って決めたけど予約でいっぱいでは入れなくて、なら次は水族館にするかってなって、水族館まで電車で出たのよ!」
「それでそれで?」
「まさかの休館日!!思いつきで来たとはいえ調べてなかったこっちの過失だけどさ!んで、それで困った彼氏がじゃあ、解散にする?って言ってマジで帰ったの!!」
「帰っちゃったの!?」
「まだまだ提案するつもりだったのに、どこ行くかとかアタシが決めてたら良かった〜!ドキドキしてたのに!!ワクワクして眠れなかったのに!!慰めて!慰めるチャンスだよ!!慰めフリータイム!!」
「はいはい、よしよし。風香ちゃんなら次は素敵なデートに出来るよ」
「ひよりん優し〜癒される〜」
しかし、高校で初めて出来た友人の風香が明るい人間だったからか、陽和もつられる様に笑う事が増え、明るくなった。
入学式の時、顔見知りのいない高校に入って不安な思いを抱いていた陽和に真っ先に声をかけてくれたのも彼女だった。コミュニケーション範囲の広い風香をきっかけに彼女以外の友人も出来たが、1番よく接しているのはやはり風香で、彼女が思っているよりも陽和にとって感謝の気持ちは大きかった。
「ひよりんも折角可愛いんだし、告られた事とかないの?なかったら超勿体ないんだけど!」
「えぇ!?な、ないよぉ」
「怪しい反応だなぁ〜うん?」
「告られた事は本当にないったらないよ!……そ、その、き……」
「き?き?」
なにやら興味深い話が掘り出せそうな気配を感じた風香は、逃げ道を塞ぐ様に陽和の顔を覗き込む。その悪戯っぽい顔を見て、口を滑らせた事をすぐに後悔しながら、同時に言い逃れ出来なさそうなことも理解していた。
咳払いを一度だけしてから、口を開く。
「オホン!絶対に言わないでね、恥ずかしいから。気になる人はいたよ……」
「マっっっっ!!」
恋話を好物としているのか、それを聞いた瞬間に声をあげそうになったが、風香は自分の口に手を当てて声を潜める。
「マジ?」
「……マジ」
「えっ、誰誰?どんな人?聞きたーい」
「も、もう!風香ちゃんは知らない人だよ!」
「大丈夫!誰にも言わないし、2人の秘密にするからさ!こっそり、どんな人かだけ、ね?」
「仕方ないなぁ」
言う事を恥じてこそいたが、心の奥底ではその人の事を誰かに共有したかったのかもしれない。後悔があったから、せめてそんな人がいたという事、自分にとって印象深い人がいた事を、知ってもらうことで解像度の劣化を防ぎたかったのだ。
「その、初めて会ったのは小学生の時で──」
*
私はランドセルに下げていた家族からもらったお守りを失くして焦ってた。小学校の入学式の日に、両親がくれた物だからだ。
最初こそ、皆みたいに可愛いキーホルダーやマスコットをつけたかったし、お守りなんて可愛くないって恥ずかしかったな。でも、つける度に、学校で中々友達が出来なくて心細くなる度に、両親が側にいてくれるみたいで安心出来た。
でも、そんな大切なお守りを失くした私は、夕方になっても校庭で探して回ってた。失くした事がバレて両親に怒られるかもって、それが怖かったのもあるけれど、それ以上に悲しませることが嫌だった。だから、見つかるまで帰れないと意地になってた。
ううん、本当は意地よりも諦めた方が良い可能性を認めたくなくて、心細くなってたのかも。私泣きそうだったもん。そんな時に、彼が現れたの。
「宮沢さん」
「え?」
黒い髪に色素の薄い青い瞳、女の子みたいな顔をした男の子。滝沢葵君。
「ねぇ、君が探してるのってさ。これ?」
突然声をかけられてびっくりしたのもあったけれど、彼が差し出してくれた物は丁度私が探していたお守りだったのが大きかったかな。
でも、そもそもが彼は同じクラスだったけど、休み時間も外で遊ぶのが好きな彼とはあまり接点がなく、もしかしたら覚えてないかもしれないと思ってた。だから、それを見つけてくれたのが彼でとても驚いたの。
「う、うん」
だから、ありがとうよりも先にお守りを受け取っちゃったの。今思うと我ながら失礼だったなって思うけど、彼はそれでも満足そうだった。
「それさ、紐が切れてるみたい。下駄箱の所に落ちてたよ。へへっ、とーだいもとくらしってやつだね!」
「そ、そうだね?えっと、その、ありがとう……ねぇ、何で私のお守りって分かったの?」
「え?」
私がずっとつけていた物とはいえクラスメイトってレベルの相手の持ち物なんて細かく覚えてるものでもないし、ましてやそんなに大きな物じゃないから、目についても記憶には残ってないはずだった。だから、とても不思議だった。
勿論、なんとなく覚えていたってだけでも別におかしくはないけれどね。
「何でって、だってすごく大事にしてた気がするから」
彼……滝沢君にそう言われるまで、私はそんな自覚がなかったからさ、ずっとびっくりしっぱなしだったよ。さっき言ったみたいに、恥ずかしいって思ってたのも本当だったから。
「大事に……?そんなふうに見えたの?」
「やべっ、ちがったかな?それなら今のなし!なしね!」
「う、ううん。でも、何でかなって思って」
「えー?だって、ランドセルしまう前にいつもギュッてしてるから」
「そ、そんなことまで覚えてるの!?」
「だってそこそこ長くギュッてしてるから」
「そーなの!?は、はずかしい……ほかの子には言わないでね」
「宮沢さんがいやなら、言わないけどさ。でもなんか良くない?」
「良い?どうして?」
「だって、そんなに大事にしてるんだし、毎日おいのりしてるんだからさ。きっとその分だけ宮沢さんを守ってくれるパワーが込められてそうじゃん!」
「パワー……」
「そ、だからそのパワーが導いてくれたのかもしれないね。宮沢さんのもとに帰るんだ!って」
小学1年生の頃とはいえ、そういうことを言うと子供っぽいと言われることも増えてた。皆の思う大人っぽいを目指していたからなんだろうね、私にとってもランドセルにつける物はその証明の1つだったのかも。
でも、私が雑に扱ったから失くしたのかもしれないって思ってた心も、お守りそのものに対する心も、希望のある解釈を与えてくれた。それがなんだか嬉しかったな。
「……うん、そうなのかもしれないね」
「きっとそうだよ!じゃ、帰ろうよ。くらくなったら大変だし」
「うん!」
帰り道も違うから、その後特に会話もなく門の所でそのままお別れしちゃったんだけどね。でも、別れる前に大きく手を振ってくれた彼の姿がすごく目に焼き付いたなぁ。
*
「と言っても、その後同じクラスになった事はなかったの。1年生の時だけ」
「へぇ〜でも、確かにそんな出来事があったなら記憶に残り続けるのも納得だね」
「う、うん。そうなの……」
「今でも鮮明に思い出せるって顔、してるもん」
「そ、そんな、私は──」
陽和は自分の顔に触れるが、当然それで分かるわけもなかった。彼女自身が思っているよりも少年のことを忘れられなかったらしく、指摘されて恥じる気持ちと、少しの後ろめたさがあった。
*
他クラスの子の話って顔が広い友人を持ってないと意外と入ってこないし、同じ学年だから姿を見かけるなってぐらいの感じだった。気になる人ではあったけれど、それで自分から会いに行ったりとか、沢山話しかけに行ったりとか、そんな勇気は私にはなかった。
彼にとって、1年生の時にクラスメイトだった人として終わってしまうのかと思って、少し寂しかった。小学校の卒業アルバムを見ても、ページもお互い違う位置。私から何か働きかけたわけじゃなかったから仕方ないし、言ってしまえばあのちょっとした時間だけの出来事だったからね。本当に仕方がない。
でも、中学生になった時。市内の人が多いから彼が同じ中学にいた事自体は不思議ではなかったけれど、1年生でまた同じクラスになれたんだ。自分自身で思っていたよりも私は嬉しかったみたいで、どんな風に声をかけようかとか考えてた。
もうこうなったら思い切って話しかけよう、クラスメイトって口実もあるんだし!って思って、教室に移動してすぐに声をかけに行ったんだよね。
「あ、あの!あの、滝沢君」
「……宮沢さん?」
「そ、そうそう、お守りの宮沢!ひ、久しぶり!同じクラスだね……覚えてくれてたんだね」
「久しぶり。宮沢さんの方こそ、よく覚えててくれたね」
「だって、その、あの……」
久々に話すと、緊張しちゃうし、緊張してる割に余計なこと色々言ってしまいそうになるし、上手く言葉が出てこなくてすごく慌てちゃったな。
お守りのことが忘れられない。あの時の感謝の気持ちでずっといっぱいだったって、言おうと思った。けれど──
「葵ちゃ〜ん、早速女子狙い?」
「うわ、よせよ義樹。シスコンが伝染するぜ」
通りすがりに、掲示板に貼られてる内容を言葉に出す様に自然にそう言って彼等は滝沢君の事をそう言った。
大原義樹、彼は小学1年生の時に同じクラスだった内の1人。でも、私の知ってる大原君は滝沢君とも休み時間に遊んでいたイメージがあったからすごくびっくりした。友人同士の軽口って様子じゃないのは、滝沢君の表情で分かった。私に向けられてる顔は笑顔のままだったけれど、目が全く笑ってなくて、顔の上と下で違う表情をしてた。
それから後も、大原君は彼に対してそういう事をよく言ってた。そして、クラスの中でもそれで孤立するのは滝沢君の方になってしまう空気感になってた。
皆が皆滝沢君に意地悪をしたくてそうなったわけではなさそうだった。クラス全員で無視をするとか、そんな感じではないけど、積極的に止める事は誰も出来なかった。でも、大原君の方が色んな人とコミュニケーションを取る機会が多い感じで、クラスの流れを作る側になっていた。現に、私に対しても小学生の時と同じで嫌な感じの人じゃなかった。だから、その流れに乗る人の方が多かった。
「ねぇ、宮沢さんって滝沢と仲良いの?」
ある時、そう尋ねられた。
中学になってからの私は交友関係を増やそうと思って、女子のグループに混ぜてもらっていた。その中のリーダーみたいな立場の彼女の情報網は広く、私が初日に滝沢君に声をかけてた事も知ってた。
「えぇ?どうして?」
「ほら、入学式の時に話しかけてたみたいだからさ」
「同じ小学校の人で、同じクラスの人だったから挨拶をしただけだよ」
でも、それだけだったで終わった方が良いのは分かってたけれど、私の知る彼の善行を知ってほしい欲求が少しだけ口を滑らせてしまった。
「で、でも、でもね、私の鞄にもほら、つけてるお守りあるでしょ?あれをなくした時に、探してくれたの」
「ふーん……」
出来る限りそこから広がりすぎない様に、淡白に伝えようとしたけれど、少しだけ熱がこもりそうになった。
幸いな事に、それで興味をなくしてくれた様な反応だったし、安心して弁当を片付けようとしたけど、彼女の交友関係を私は忘れていた。
「大原ー!」
彼女がそれで声をかけた相手は、その会話の情報を追加で得る為の相手が大原君だった。
「いや教室同じなんだからそんなデケェ声出すなって!何だよ?」
「アンタさ、宮沢さんとも同じ小学校だったよね?」
「あ?何だいきなり、そりゃそうだけど。確か1年生の時に。いやでも、宮沢さんがどうしたんだよ?」
「この子滝沢と接点ある雰囲気だった?」
「滝沢とぉ?知らね、なかったんじゃねーの?」
すごくその時の嫌な空気感は覚えてる。彼女は面白そうな話題をただ探ってるだけなのは分かるけれど、その聞く相手が間違っていて、私がその空気感の中心にされそうになってるのが、すごく嫌だった。冷や汗が出た、滝沢君に関しての大原君はともかく、悪意なくただ人間関係について質問してるだけのやり取りではあるはずなのに。
「いやさ、この子滝沢の事気になってるっぽいんだよね」
「え?まじ?」
「だから滝沢の方はどうなのかと、思ったわけだけど、大原に聞いた方が間違いか〜」
「うっせ!……ならよ、滝沢に直接聞けば良いんじゃね?」
良くない、これは良くない。止めないと。そう思った時には遅かった。
「おい滝沢!宮沢さんと付き合ってんの?」
昼食の時間、食べ終えてる人は何人かはいてもまだまだ人が多いタイミングで、しかも歪んだ形で明かされた私の初恋。
「……なに?」
滝沢君は肯定も否定もあえてしてなかった。どちらをしてもこの嫌がらせに私が巻き込まれるって知っていたから。
「いや〜思い出してみたらお前入学式だっけ?宮沢に話しかけに行ってたもんな?宮井の事はもういいのかよ?」
笑い出すのを堪えながら話しかける様子は、私の初恋を踏み躙りながら滝沢君で遊ぶ彼に、私は思わず俯いて震えてしまった。
担任の先生が席を外してる時を狙っていつもやるから、誰も止めないし、茶化す人も出てくるし。なんだか、それが笑う空気感になってる場所と、それ以外は関わらない様にしてる場所になってた。当の滝沢君の周りだけ空間が裂かれてる様にすら見えた。
「宮沢さん、悪い事は言わねぇ。アイツだけはやめときな。陰気だし、シスコンだし、毎日姉ちゃんに髪くくってもらってるんだぜ?ヤバくね?」
「大原デリカシーなさすぎ、この子それでも好きっぽいんだから、宮沢さんの初恋相手がそれだったらヤバすぎってなっちゃうでしょ」
やめて、やめて、誰かにとってはただの出来事だとしても、私にとっては宝物なのに。その宝物である気持ちもまた、伝えられてないのに、なんで先に貴方達が私のアルバムを踏み躙るの!?
「あのさ」
「あ?今のは別に滝沢の事なんて言ってないのに変だなぁ?」
「宮沢さん困ってるだろ、黙ってろよ」
「なんだよ、口答えすんのか?」
「宮沢さんを俺みたいに扱いたいのか?違うだろ、俺でいじるならせめて他人を巻き込むなよ。そうでもしないと悪口すらボキャブラリーが尽きたのか?」
「……マジで調子乗んなよ、このカマ野郎」
「俺が嫌いならわざわざ絡んでくる君が悪いよ。嫌いなら嫌い同士適度な距離を取れば良いのに、そんなにされても俺は君と友達にはなってあげられないかな」
「っはーーダルっ!!マジでダルい!!」
機嫌を悪くした大原君が滝沢君の机の足を蹴る様子が見えた。怖かった。でも、あえて煽る様に滝沢君が言ってくれたのは、私から皆の意識を彼に移す為だったんだ。
臆病で弱虫で泣き虫な私は、助けてもらってやった事は、泣きながらその場を立ち去る事だけだった。トイレまで行って、1人で泣いて、泣いて。
沢山泣いて、目元の赤さを誤魔化すのに苦労しながら昼休憩が終わる頃に戻ってきたら、大原君は外に遊びに行ったのか居なくて、滝沢君は机に突っ伏して寝ていた。何事もなかったの様になっていてた、何事もなかった様に出来ていた。
そんな中、私が泣いて出ていくところを見ていた委員長が声をかけに来た。
「大丈夫だった?」
「あ、うん、全然。色々びっくりしただけで」
「そう……災難だったね、巻き込まれて。宮沢さんの件が掘り返されない様に私もさ、見とくから」
そう頼もしく言ってくれた委員長に私は薄ら笑いを浮かべた。
「ありがとう」
委員長自体は本当に面倒見が良くて、優しいから私にそう声をかけてくれたのに。それを分かってるのに、この時の私は斜めの見方しか出来なかった。私にしか優しくしてくれなかった人に見えてしまったから、変な笑いしか浮かべられなかった。
私の初恋はこのクラスではエンタメで、思い出は滝沢君を殴る為の鈍器でになってしまった。そして、それらの出来事の唯一の被害者という扱いになった私に与えられた慈悲の言葉は、厄介ごとの中心人物となった滝沢君には与えられなかった。
誰かに優しく出来る人達が、本当なら彼にも優しく出来る人達が、彼にだけはクラスの雰囲気というカードが与えられて、その手札のうちからしか選べないから、彼にそうする選択を出来ない。最悪の固定化された彼のポジションを、揺るがせない。私が関われば悪化するかもしれない。
私は、ノートやプリントを渡す時の様な、必要最低限の時にしか彼と関われなくなってしまった。
私には、彼を助ける勇気がなかった。私は、彼のことを良い思い出にして語る資格がなかった。
*
陽和はまるで1人だけ高校生より以前に時間旅行して、意識を今から切り離してしまった様に黙していた。
「……いやぁ、あるもんだね。ロマンチックな出会い方ってやつ!それが初恋になっちゃうのも仕方ないね。初恋、一生に一度しか出来ないし、マジ大事だもん」
そんな彼女の様子に気付いたのか否か、風香は友人の意識をこちらに戻して紛らわせる様に、頬を不意打ち気味に突くのだ。
「隙あり!」
「うにゃ!?」
「良いって良いって、そんな風に隠そうとしなくてもさ!少なくともアタシにはね」
「うぅ……2人だけの秘密、ね?」
「うん!秘密。初恋の思い出は宝物だもん、アタシにだってその宝物の鍵、簡単に貸したらだめだかんね!」
「……ありがとう、風香ちゃん」
初恋の人の話をするにあたって、陽和が言っていない事があるのは分かっていたが、そのことを聞きたいとは風香は言わなかった。自分に気を許してくれてる友人が言い辛い事など、自分から気紛れに話そうとでもしない限りは聞かない方が良いに決まってると風香は考えている。そこを知らずとも、そこに何かがあるとしても、友達であることに支障がないならば関係のない話だ。
「さ、行こ行こ!結構話し込んでしまったからね!」
「うん。そうだ、風香ちゃんが話し足りない分はさ、帰りに喫茶店でケーキでも食べながら発散しない?」
「おっいいね!その話、乗った!!」
友人の気遣いを理解していた。だから、これが少しでもそのお返しになればと思ってのものだった。風香は恋多きタイプではない、だからこの初デートは、きっと初恋でもあったのだろうから、自分も大切に扱ってあげたいと彼女は感じたのだ。
自分がそうしてくれたら嬉しいと思った様に。
(滝沢君、私は今は結構幸せだよ。だから、滝沢君も幸せに過ごせていたら良いな)
かつて、彼に手を差し伸べることが出来なかった陽和は、せめて遠くから初恋の人の幸福を願うのみだった。
そして、彼女が葵の訃報を知る機会も、訪れなかった。




