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永劫の勇者  作者: 竹羽あづま
第4部オルフェウスの挽歌
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第95話:エピローグ

『皆、この危機を乗り越え、戦い抜いてくれてありがとう。そして、この危機を耐えてくれた皆様、ありがとうございました。』


 皆がエレンの艦内放送に耳を貸す。ある者は船の修理の作業をしながら、ある者は治療を受けながら、ある者は食事をしながら。

 戦いが終わったからといって、やる事は尽きず、次の戦いの為にも皆は動き続けなければいけなかった。


『集落をも巻き込む恐ろしい規模の戦い、最早これは集落という陽だまりから見れば、災害に等しかった。使徒本人の能力もあって、仲間にも多くの被害が出たわ、亡くなった人もいる。そんな彼等の死を無駄にしない為にも、その死という最後の尊厳すらも破壊されてしまわない様に、彼等は弔うわ。出来れば集落の墓場に。戦い続きのここよりは、きっと落ち着いて眠れるから。大規模な葬儀は出来ないのが心苦しいけれど──』


 葵は自室でその放送を聞いていた。ベッドで眠るリンドのかたわらで。


(頭痛がするって言ってたけど、言葉以上に苦しんでいたのかもしれないな……)


 戦いが終わり、合流した直後に葵の目の前で彼女は意識を失った。言葉を交わす余裕もなく、葵の中に帰投する余裕もないまま。怪我人が多く出ただけに、彼女の姿が見えない人達の事も考えればベッドを使える場所も限られる。だから、葵の自室に運ぶ流れになったが、普通に考えると女の子を自分のベッドで寝かせているのは、もしかして良くないのではないかとよぎりもしていた。

 しかし、彼女の状態に対する心配と、これが一番丸く収まる移動先だったという事実から、その悩みはすぐに消えた。


(寝返りも打たない、寝息も静かすぎて、心配になるぐらいだなぁ。普段からリンドの寝る所ってこんな感じなのかな)


 自分自身が記憶を失った経験がないだけに、記憶に何かが起きる時は実際に頭痛が起きたりするのか否か、葵には分からなかった。もしも、本で読んだ様にそうなるならば、彼女の記憶について前進したという事になる。

 めでたいはずだが、不安はつきまとう。彼女が普通の少女であればともかく、彼女は邪神側の存在に近い。だとすれば、記憶が戻った時に人類にとって恐ろしい使命が蘇る事なども有り得るのではないかと。


(ないとは、言えないけれど考え過ぎかな……元より、記憶がなくとも俺との接触、俺との持ち主の関係を結ぶ事だけは必須だとしていたのだから。少なくとも、地球の人類側に手を貸してくれる方針では最初からあったはずだ)


 なにより、これまでのリンドは言い方が厳しいことはあれど、どちらかと言えば献身的で、世話焼きなところがある。葵の事を気遣うが故に、怒り、時には落ち込む。人間の様に喜怒哀楽もあって、情動もあって、そんな彼女がいつも近くにいたから、葵は何度も助けられた。そんな彼女に対して、純粋に恐ろしい存在になる、あるいは戻るなどとは思いたくなかった。考えたくもなかったが、考えてしまった自分の頭を割りたくなるほどだった。気分が落ちている時は、物事を悪く考えてしまうものだ。

 そんな考えを諌める様に、扉をノックする音が聞こえるではないか。


「葵さん、いらっしゃいますか?ミアです」

「ミア?あぁ、すぐ開けるよ」


 慌てて鍵を外し、扉を開くとミアがパンとスープの乗ったトレイを手に立っていた。


「葵さん、リンドさんの看病で休んでらっしゃらない様なので、私が代わろうかと思いまして」

「いやでも悪いよ!今ミアの方も忙しいんだろ?」

「とりあえず出来る限りの処置はしました。油断の出来る状態ではありませんし、そのまま亡くなった方も多かったですし……でも、動きっぱなしだったから少し休めって言われたんです。で、それと一緒に葵さんに食事を持っていけって言われまして」

「そ、それは申し訳ない……でも、それなら看病までしてもらうのは悪いよ」


 ミアからトレイを受け取りながら、彼女達が治療していたであろう戦闘員について思いを馳せる。相手を倒す為に放った一撃、それをそのまんま受けた人達は大半が致命傷を受けたと考えて間違いないだろう。

 負の感情が元なだけに破壊に向ける方が相性が良い魔力は、治癒魔術というものがほとんど使えるものではない。この世界に人が呼ばれる様になってから、生き残る手段として魔術の研究は繰り返されてきた。それでも、治癒というものは体系化されていない。魔術がそれを可能としてくれるのならば、今苦しんでいる彼等も、死んでしまった彼等も、助かったかもしれない。

 だが、ミア達の力が不足しているわけでもなければ、彼女達の治療は間違いなく多くの人を救っている。しかし、重傷を負うリスクのある場面がこの世界では多すぎた。


(この世界を作った者は、生きられない事、生かせない事に苦しむ人々をどう思ってるのだろうか……なんて、俺が考えたところでか)


 そう考えて、気持ちが暗くなりかけたところに、ミアがそれを感じ取ったのか否か、励ます様に笑顔を向ける。


「いえいえ、こういう時が私の力の見せ所です!」

「君が休めって言われてるんだよね?じゃあ休んだ方が良いんじゃないのかな?普段俺が言われてる側だからアレだけどさ」

「そうです、貴方も休まないとなんですよ?」

「俺はいいの。実際そこそこ元気だから」

「自分で例外、作っちゃダメです」

「なので君もそうだと思うけど、どうでしょう?」

「んもぅ、いつも、いぃっつも!こんな事言ってる気がします。高確率です!とっても頻繁です!まったく懲りない方です!」


 小さく頬を膨らましたミアは、少ししてから葵が軽く笑ってる事に気付いて、つられる様にまた笑みを浮かべる。


「ごめんね、いつもありがとう。ミア」

「いいえ、こちらこそ心配して下さりありがとうございます……でも、出来ればここはお言葉に甘えて下さると嬉しいです。私が出来る事は、ちゃんとさせてほしいですから」


 先程、葵が抱いていた無力感は彼女もまた抱いていたものらしい。死ぬ心の準備も出来ないまま、命が尽きた傷だらけの仲間を見てきたのだろうから、そうもなるだろう。


「分かった、じゃあリンドが起きたら教えてくれる?」

「!はい、お任せください!」

「それまでは、俺は食堂の方でこれ頂くから。食べ終わったら戻って来るね」

「食堂の方に行かれるのですか?」

「ほ、ほら、いや、それは、前回と違ってアダムさんみたいに他の同性もいない中、女の子を2人も自室に入れてる状態で皆に見られたら君も困るかもだから……」

「あ、ああ……」

「部屋の中の物、もし必要な物があったりとかしたら使ってくれて良いから。と言っても、まだそんなに物を置いてないんだけどね。初期設定のまま置いてる〜みたいな」


 最初から置かれている家具以外に特に持ち込む物もなく、そのまま放置している。周囲の人の話を聞く限り、この世界でも出来る範囲ながら私物をある程度置いている人は多いらしい。

 こっそりと日記をつけてはいるが、ミア相手だとしても人に見られると流石に恥ずかしいのと、あえて言及する必要もないタイミングなので、ない事にしておいた。


「成る程、分かりました。増やします!」

「ミアが!?」

「お邪魔にならない範囲で、お花でもなんでも、葵さんが寂しいなら私が増やしてさしあげます」


 もしかしたらこれが彼女なりのジョークで、特に大きな意味を持たせて言ったわけではないのかもしれないが、微かな含みを持たせている気がした葵は一度だけ瞬きをした。

 そして、それは勘違いではない事が彼女の手の位置で分かった。ドアノブにかけていたミアの手が、葵のブレザーの裾にかけられていたからだ。まるで、どこへも行かない様に繋ぎ止めようとしているみたいだ。


「少しでも、ここに帰ってきたいって思える様に楽しい物、増やしちゃいますから」


 それだけです。と言って手を離したミアは、葵の返事は待たずに今度こそドアノブに手を掛けて静かに扉を閉める。


「あ、ありがとう……」


 扉の向こうに居る彼女に届かないタイミングだが、脳に情報が到達したのが遅れたのか、葵は1人でその温かく感じた気持ちを言語化した。言わないと気が済まなかった。

 彼女の姿が見えなくなった後も、少しだけ葵はその扉の方を見つめていた。帰ってきた時に、わざわざ玄関までおかえりなさいを誰か1人が気紛れに言いに来る家族。ここに居ても良いと思える場所、ここに居ても当たり前に受け入れてもらえる場所、そう感じたあの時の記憶がふとよぎったのだ。


 そして、頭の中で自分が殺した男の姿が浮かんだのだ。


(そうか、ギュンターさんにとって、悲しい記憶の詰まった場所であるはずの別荘をあえて選んだのは──)


 妻の為に作った場所、妻が当たり前にそこに居てくれた最後の記憶。だから、彼もあの別荘に拘ったのかもしれない。

 同時に、あの場所に帰りたいという気持ちも強くは持てなかったのだろう。彼は迷子だった、帰る場所も、帰る喜びもないままに、人に帰る場所を与えない異世界に辿り着いてしまった。それが彼の分岐点で最後の不幸だったのかもしれない。


 そういう点で考えれば、先程のミアの様にああ言ってくれる人がいる事、帰りたい場所が浮かぶ自分は恵まれているのかもしれないと、葵は1人思う。


(そんな彼女達を、地球の皆をちゃんと地球っていう本当の家に、帰らせてあげないといけないな)


 そして、それすらも彼の中で決意に繋がっていた。彼にとって、それは比較的前向きな考え方だった。



 自室を後にし、食堂を訪れた葵は辺りを見渡す。見ただけで人数が数えきれそうな程度に人の姿は少ない。

 思えば、ミアがわざわざ持ってきてくれたのは、皆が主に食事に来る時間に葵が来ていなかったのも理由の1つだったのだろう。


(リンドの様子が気になってすっかり忘れていたな……)


 誰かが呼びに来ていた可能性もあったのだろうかと思い、それすらも覚えていない事に罪悪感を覚えつつも、手近な席に座る。その罪悪感の分は、食事をしっかり終わらせる事で償うしかない。


「おーおー取れなくなる予兆を感じる眉間の皺の深さ」

「ぬおっ」


 彼はそんな事を言いながら葵の頭に器用にトレイを乗せ、自分の椅子を引いてからトレイを再回収していた。


「ライ、身体は大丈夫なの?」

「いんや、いてぇもんはいてぇよ。慣れてきただけでな」


 見えるだけでも両手と首に包帯が巻かれ、彼の食事もよく見てみればスープのみで固形の物がない。

 彼はまたあの代償を支払ったのかと、葵は思わず我が事の様に顔を歪めた。痛くないわけもなければ、歩き回って大丈夫なわけもないのだから。


「よそはよそ、うちはうち!」

「だ、だって仲間の怪我だろ?しかも俺がいない間にさせた無茶だし……」

「自惚れんのも程々にしてくれん?俺はここの戦闘員として出来る限りの事をしたからこうなっただけだろうが」

「そ、それはそうだけど……ダルガさん達だってそうなのは、分かってるんだ。でも、君もクライルの時に引き続いて苦労を特にかけてるから」

「使徒との交戦運があるらしいんでな、俺。貧乏くじさ。ってわけだから、それもお前のせいなんじゃ〜なんて馬鹿な事考えんなよ。お前馬鹿なんだからな」


 肩を大袈裟に竦めながら、スープを口に含む。彼の言葉の使い方は直接的だからか、こういう時にむしろ安心感すら覚えていた。おかしな態度になってる時も、今がそうである様に変だと指摘してくれるから。


「んで、馬鹿なお前はさっき殺した相手のこととかで何か考えてんだろ」

「まぁ、そんなところかな」

「クライルん時ならまだ個人的に会話したからってんで分かるけどよ、さっきの使徒はそんな引きずることあったか?いや、お前の場合殺したってのが引きずることか」

「それもあるけれど、俺が拉致されてた時にあの人の事情についてちょっとだけ聞いたんだ」


 彼の妻、彼女のためだけの別荘、その妻が亡くなった事、その妻を彼が心から愛していた事。そして、その妻の死が結果的にとはいえ事件で積み重なった様々な要因によるものだった事。

 なにより、その事件が片隅のもので、その出来事を知らない人ばかりだった事が彼にとって何より耐えられなかった。それで生まれたのが葵は一種の諦めだったが、ギュンターは怒りだった。


「似た者同士」

「喜べない表現だなぁそれ」

「でもお前もそう感じた所があって、知ろうとしたから尚更重く感じてんだろ。損な性格だな、楽に放り投げる考え方も出来んのによ」

「俺もそう思う、思うけど……世界の敵みたいな立場に立った彼等も、普通の人間だったって事を1人ぐらいは知ってなきゃ、あまりに救いがない気がするんだ」

「聖職者でもないのに、他者の救いになろうと?それこそ自惚れだぜ、自分の選んだ道で、自分の選んだ行動、その分の因果の足がちと早くて奴等には追いついた、そんだけだ。奴等はとうに退路を絶ってここにいる」

「それも分かってる、つもりなんだけどね。俺のエゴなのかもしれない」

「んま、そう言われたらどうしようもないわな。自覚がある様だし」


 その人がいた事の証明、人並みに誰かの死に惑い、悩み続ける事、どれも葵がそうしたいと思ってやってる事に過ぎない。彼等に願われたわけでもない。それでも、彼等の魂は物理的に葵の中に格納されている。

 自身に価値を感じられない分だけ、他者に対する価値を強く見出そうとする葵の中の一種の防衛反応は、すっかり拗れた形で出力される様になったらしい。なにせ、それでも目的を達成する為なら前進出来ると、止まる必要がないと分かってしまったのだから。


「そんなエゴがあっても、俺は斬る事が出来る。それを実感して、証明した気がしたよ。この戦いで」

「証明なんぞ置くとしても、使徒相手に既に勝った経験があるんだ、実績がありゃあ誰も文句は言えんし、考える分には自由さ。俺に出来ない事ってだけ」

「そこを分けて考えるのは、大人だよね。俺と同じくらいの年齢なんだよね?」

「ガキの背伸びだ。俺ぁ物を知らんからな。物を知らない自負がある分だけちと賢いかもだがな」

「まぁ、俺達よりも小さい子達がいるから、背伸びのしかたぐらい知らないといけないからね」

「子供に見習ってもらうには相当不良なのが難点だなぁ。俺みたいなのは見習うんじゃねぇぞー」

「君は人の為に結構ボロボロになるタイプみたいだから、真似はきっと出来ないよ。君だけの勇気だから」

「勇気……勇気ね」


 そう言われたライは、自分の為に庇って散っていった仲間の事を思い出していた。あの時、以前の自分ならば時間は稼がれたと安堵していたかもしれない。だが、あの瞬間に、思わず動揺してしまったのだ。弱くなったのか、それとも自分にもまだ地球に帰る為の資格が残されているというのか、そんな風に思った。

 だが、彼自身が自覚していないだけで、それは新たに発露した側面ではないのやもしれない。元の世界にいた頃、自分が生きる為に友人を撃ち殺した時も、安堵どころかひどく動揺していたのだから。


「──地球に帰るんなら、生き残る為に全力を尽くすのは当たり前だろ。クソみてぇな場所でも、こんなトンチキな場所で死ぬよりかは、知ってる景色の方がまだ悪さのし甲斐がある」

「やっぱり帰りたい?」

「そーだなぁ、帰っても良い事あるって保証もないけど、良い事がある保証のある場所ってもん自体を信じてるわけでもないし……少なくとも、運命的なのに踊らされて死にました。みたいになりそうなこんな場所で死ぬのだけは嫌だね、俺みたいな奴の死に様にしては、この世界じゃ格好がつきすぎる」


 だからこそだろうか、勇気だと言われて素直に受け取るつもりにはなれなかった。ライにとって勇気は自分が受け取るにはあまりに綺麗すぎる言葉に思えたからだ。

 そして、それを誤魔化す為の言葉とはいえ、地球との繋がり、地球の記憶が良い物でなくとも、こうして帰る事自体に積極的な様子を見て、葵は安堵の笑みを浮かべていた。使徒達は、希望や幸福の一欠片を掴み続ける事すらも、もうこの世界でしか叶わないと感じた人達。そうである事の悲しさをまた同時に感じていた。


(皆ほどの苦労を知らない人間にこう思われても、なんて怒られても文句は言えないな……俺は、恵まれていたんだろうな)


 少なくとも、大切な誰かを亡くした時に、自分の側には家族がいて、悲しむ葵の気持ちを理解してくれた。そして、それを認識出来た事もまた、幸福だったのかもしれないと。そう客観視する様でいて、そう納得させていたのやもしれないが。


「あのさ」

「あ?」

「いつも情けない愚痴を聞かせて申し訳ない」

「なんだいきなり。愚痴以外も情けない面なら結構あるんだから今更だろ」

「いや、それは確かに。マゾのど変態野郎でごめんねぇ」

「いや結構根に持ってんなお前!?」

「持ってないよ!忘れられないだけで!全然根には持ってないけど、滅茶苦茶記憶に残ってるだけで!顔見たら思い出す程度で!」

「それを根に持ってるって言うんだろうが!!」


 今日を生き延びた者に許された時間。明日を生きる事が出来る者に許された時間、当たり前に訪れるわけではない時間、それを噛み締める様に葵はパンを齧った。

 いつか、先に逝った人々がまた巡るか、楽園を見つけられる日が訪れる様に。

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