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永劫の勇者  作者: 竹羽あづま
第5部郷愁のマリオネット
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第115話:遺される物、託される物

 血で喉の詰まった、苦しそうな喘鳴混じりの声。見知った人間の声ではない。葵の気を引こうとするという点では先程までの幻と同じだが、今回は幻である確信が持てなかったからなのか、あるいは先程の動揺をまだ本当は引きずっていたからなのか、音の方に真っ直ぐ駆けつけた。

 思考が人殺しから皆を救う為の勇者に引き戻されたのだ。実際のところは、彼の思考回路的にどちらであったとしてもやる事は変わらなかったかもしれない。

 しかし、これでは勇者というものはただの世界救済の能力を持つ者を指す肩書きでしかないのではないか?


 閑話休題。葵が駆けつけ、その先で見たのは、腹に開いた大きな傷口と、生物が生きる上で必要な物がそこから溢れる様子。壁にもたれながら、縋るように葵に手を伸ばしている男。そして、彼の服装に見覚えがあった。


「これは……まさか、調査隊の方ですか!?」


 咳き込む音、血の塊が吐き出される。それでも男は返事の為だけに首を縦に振る。

 無理な返事をさせてしまった事で、今は問いかけるのは間違いだったかとすぐに思い直した葵は、せめて姿勢だけでも楽にさせようと横向きに身体を動かす。しかし、その時手についた粘ついた感触と音、鼻につく鉄臭さは、幻にしてはあまりに生々しかった。


「な、仲間が、みんな、ちりぢりに、なって、ここは、どこか、分からっぅ……!!」

(本物であろうとなかろうと、術を使う分に困る事はない。治癒を──)


 手をかざし、魔力を調査隊の人間に集中させると、その手首を掴まれる。満身創痍な状態とは思えないほどの強い力は、残された時間をこの為に使い果たさんとしているようにすら感じられる。


「治療をさせてください、このままじゃ貴方は……」

「た、たすからない。助かる気が、しないんだ……こ、この世界は、そうなっては、治せた、とて、もう、助からない。だから、せめて、げほっ!!」

「ッ……ですが、ですが、このままでは……あまりに」


 彼の言う事自体は紛れもない事実だ。葵の考えた治癒術は対象になる人間の、自分が正常だった状態のイメージをいかに正確に想起出来るかが肝となる。彼自身がそう言うのならば、確かに治すことは出来ない。それでも行使しようとするのはあくまで慰めにもならず、痛みを和らげる事すら出来ない。

 歯痒さと痛々しさに葵は顔を歪めるが、それを見た調査隊員の表情はむしろ穏やかになっていった。痛みが分からなくなったのか、自分の為に苦しそうな顔をしてくれる事が慰めになったのか。


「こ、こ、これを……」

「これは……」

「は、はぐれた後に、遺書の、代わりに書いたこの、いせきについての、記録……を。仲間に渡せたらよかった、が……出来そうにもない」

「ッ仲間を、見つけたらその方にこの中身を共有します。だから、どうか安心してください」


 安堵の笑みは、最早未練がないと示す様な顔でもあった。本当はこんな無念のうちに、見知らぬ地で苦しんで死ぬなど、未練がないわけがないのに。彼は仲間に何も残せず、託せずに野垂れ死ぬ事をこそ恐れていたのかもしれない。


「──あり、がと、う。少年」


 ゆっくりと閉じられる目蓋。眠気に負ける様に、昼寝をする様に、直前までの苦しみに満ちた顔が想像つかないほどに穏やかに事切れた。


 そんな誇り高さを持つ人の命が失われる。魂は供物にされる。それを実感する度に、なんて理不尽な世界、なんて厳しい能力なのかと思わずにはいられない。本当ならば、邪神に対抗する為ならば葵が介錯し、トドメを刺さなければいけないのだが、魂の保管の為にやるにはあまりに酷く、敵でもない無抵抗な人を斬ることはまだ葵には難しかった。それは超えてはいけない一線に思えたから。

 涙は出ない。出てくれない。それでも天を仰ぐ。地下だから無理だと分かっていても、空が自分の流せなかった分の涙を、今ここで散った命の為に流して欲しいから。この世界の物である以上はそれすらも白々しいものかもしれずとも。己の悼みの気持ちすらも疑いたくなどないのだ。


「……」


 しばしの黙祷を経てから立ち上がり、辺りを見渡す。足元には気付けば花束が添えられているが、どうやら今亡くなった彼の為に添えられた物ではないらしい。様々な人が葵に目もくれず通り過ぎていく幻、その中に家族の姿もあったが同じ様に通り過ぎていく。

 不謹慎なことだが、今のやり取りで葵の頭は多少冷えた。先程までのものと比べれば、本当にただそれだけだと言える幻だ。だから今なら違う事に思考を巡らせる事が出来る。

 託された書を開き、彼の記録を辿って遺跡についての知識を深める。壁の先も本当は魔石になっていて、採取不可、正解か不正解、あるいは資格のある者とない者を分ける様に部屋の構造も変質すると書かれている。


(確かに、幻もこの遺跡の多くを構成する魔石と同質の魔力から出来てる)


 まるで魔石が何らかの意思で葵を呼び止めようとしている様だった。そう考えれば、この廊下を抜けられない理由も頷ける。遺跡自体が魔石で大半作られているのならば、葵のみに反応して廊下が長くなっていて、魚人や調査員はここを通り抜けている。

 魚人が通った跡を見つけられなかったのではなく、ここは本来真っ黒な廊下などではないのやもしれない。あくまで仮説ではあるが、葵が来た瞬間に閉ざされた遺跡、不思議な程に馴染みのある魔石、リンドの夢の中の導き。この場所は、この場所そのものが葵をずっと待っていたのだろう。


(元々は閉ざされていなくて、外は実際に調査隊が行き来していた。エレン艦長の話を考えても中に入った人の多くが未帰還になった理由は純粋な多くの罠が待ち受けているせい……だとすれば、今中にいる人達は俺のせいで出られなくなった)


 故に、希望は魚人達の通ってきたルートのみである。事前に構えていたならともかく、そこならば魔石で封鎖されていない抜け道があるはずなのだ。

 自分のせいで普通には出られなくなった事に罪悪感はあるが、思考を前進させるには一旦はこう考えなければならない。どのみち中に入った後で脱出するにしても、罠のせいで来た道を生きて戻る方が難しいじゃないか、と。


(一応皆には俺だけの脱出路と、俺が何かを自分の手に持っているという体で話しているけど、皆の脱出を優先しているから脱出に手をこまねいていたとしても怪しまれはしないだろう)


 葵の中でこの遺跡が何故葵を呼び止めるのかの一説に微かに辿り着きつつあり、邪神の求める物は確かに葵が手に入れなければならない物だと気付いた。

 ここの幻の中に、この滝沢葵の記憶にはない人間が出てきた事が確信に近付けていた。そう、先代が殺した使徒の姿があった事だ。


(つまり、先代の記録が何故かは分からないけど巨大な魔石として保管されているんだ。俺は先代の記録を持ち帰らなければいけないということか)


 しかし、それをどうやって持ち帰るのか、何故自分には許されるのか、何故魔石は葵に記憶を与えたがるのは、謎は多い。


(魔石は必要だから俺の中にその記憶をデータの様にインストールしている。でも、それだけでは足りない。空気に記録が流れてるに過ぎず、その空気には流れがある。その流れの先、この魔石達の核、本体がまだあるはずだ)


 そう、開かずの扉の存在である。魔石が封じるという事は、手記に書かれていた資格の有無にも繋がってくる。彼等が来た頃には、外の状態関係なく、既に魔石で封じられていたのだ。

 あそこに関する調査は手付かずだった。あそこで核から何かを得て、皆を連れてこのルートから脱出。これが出来れば理想的である。当の魔石自体を言わば機能ごと持ち帰らなければいけない以上、葵もここは通れる様になるはずだから。


「一時、帰投しよう。今回の事は皆に共有しておいた方が良い」


 そう言い、立ち上がってから遺体と目が合う。目があわない様に目蓋を閉じたはずだが、穏やかに眠れるわけがないという葵のバイアスによって、そう思えるのやも。葵は遺体に向けて人差し指を突きつける。


「清めたまえ、そして弔え、“火焔(フレイム)”」


 遺体を中心に火種が徐々に広がり、肉の焼ける音と独特の香りが広がっていく。相手の国の弔い方に倣う事すら出来なかったが、せめてなんかの間違いで邪神に喰われずに済んだ魂になってくれれば良いな、などと。起こり得ない逃避めいた発想と共にここを一旦出る事にした。


 そして、葵は気付かなかったが廊下の入り口を、髪の短い葵の幻が目を細めて見送っていた。その真意は、侮蔑?憐憫?あるいは。幻である以上判然としないままに──


*


 帰り道を阻むものもなければ、魚人の第二波もなく、葵は無事帰還を果たし、皆を集めた。


「水中から行ける通路がありました。これは魚人が外から来る為に使ったものだと思われるもので──」


 外に出る事に賛成側の面々は顔を明るくし、各々で続きを待つ様に頷いたりしていた。


「しかし、その通路の先はまだ確認出来ていません。というよりも、俺はとある理由で阻まれていて行けなかったんです。その理由について、俺の推測を話します」


 この遺跡を構成する魔石についても話し、葵に反応していることを話しながらも、それがなにか重要なものであるかもしれないと思われない様に、出来る限り主題からズラした。葵が本当はその何かを手に入れていないと思われては、仮にそれを狙う誰かに襲撃をされる際に相手が葵以外に逸れる余地が残ってしまう。

 だから、ここの遺跡が勇者である葵を妨害する為に変質して幻を見せていた。遺跡のそうしたシステムの核になる部分は奥に隠されていて、そこの魔石を停止させれば葵も含めてで抜けられるのではないか、という体になった。

 この遺跡が封鎖されてるという方が都合の良い面々は、どこか安堵すらしていた。特に若葉は。出られないならば本当に仕方がないのだから、と。そう思うという事は、反対する事そのものにも後ろめたさを感じているということだが。


「それさ、ウチらが通ると大丈夫って事ない……?」

「その可能性はないとは言い切れない。俺以外の人はそれを見たって様子はなかったからね」

「えっ、他の誰かって僕達以外の!?」

「……会いましたけど、すぐに亡くなられました。ひどい怪我を負っていたので」

「そ、そう、ですか……すみません」

「でも、希望が出来たのも事実さ!ボク等の知らない場所がある、外が見えてきたんじゃないかい?」

「でも、水を潜るのは誰だって出来る事じゃないわ。結構な深さだった様だもの」

「それを何とかする手段があります」

「推測、魔術」

「正解、流石だねベルタ」

「要求、撫で。あるいは手を握らせてもらえれば」

「えっ!?今!?皆の前で!?」

「正解の、報酬。大胆に攻めると良い、聞いた」


 日向が目を逸らして口笛を鳴らしている。ちょいちょいおかしな事を吹き込まれている様だが、葵抜きでもやり取りをしているらしい事は、むしろ安心ではある。

 話が逸れる気配がした葵は、要求には応えつつ返答も続ける事にした。手を握ってもらい、無意識に葵も彼女の手を守る様に少しだけ強く握っていた。なんとなく、彼女がそうしていないと儚くどこかへと消えてしまいそうな気がしたから。


「えっと、そうそう。魔術に関して再現可能かどうかは確証はありませんが、出来る感触はあります」

「マジで魔法使いじゃん!何でも出来んね!」

「何でも出来たら……良かったんだけどね」


 万能な力などない、むしろ万能な力を信じるには、既に現実を浴びてきた。地球でも、異世界でも。そう言い切るには若すぎる年齢だが、少なくとも魔術だけで空を飛んだり、人を復活させたり、そんな能力が存在して、自分ならやれると信じるには少しだけ大人になってしまった。

 しかし、気を遣わせてしまいそうな反応をついしてしまった事から、手を叩いて話を急いで元の方向に戻す。


「ただ、それを試すには俺がその通路の先に行けない以上、貴方達が行ったとて守れない事。その先にも罠があると思われる事。これは絶対に意識していないといけません。俺の見かけた人も恐らくそれが原因の怪我をしていたので」

「じゃあよ……出れないと同じじゃねぇの?」

「通路の先を見てみないと分からない事です。しかし、ファーストペンギンは俺が1番向いている以上、貴方達が今の時点の通路の先に行くリスクは大きい事に変わりはありません。なので、リスクを承知で進むか、俺が幻を解く手段を見つけるのを待つか。俺から提示出来る2択です。俺個人としては皆さんの身の安全が守りやすい後者ですが」


 代案があるなら聞こうと、葵は周囲を見渡すが、多くの人は2択のどちらかにするかで迷っている様子だった。


「誰だよ、こいつに主導権握らせやがった奴……」

「他に代案が出せなかった私達、かな」


 ニントは舌打ちをしながらも、代案として諦めるという事を口にはしなかった。代案と言うには無理がある自負はあった上に、流石にそれは恥をかくだけであることも分かっていたから。


「じゃあ多数決で決めましょうか。そのどちらでもない方はあげなくても良いです。ただし、その際には個人的にお話の時間を取らせて頂きますから、ご了承ください」


 葵はこれがずるい事は分かっていた。手を挙げる面々は死にたくないからこそここを出たいわけだから、自ら危険だと言われている遺跡内部に単身突撃などかけたいわけもなく。手を挙げない面々は多くとも2人まで、ならば後者の提案が通る事は間違いないのだ。

 その上で、葵との個人面談を避けたいからと手を挙げそうな人も、他者の安全の為にも無謀は避けたいからと後者にいく。後者の手段は苦労するのは葵だけなのだから、時間がかかるかもしれないという点以外に、彼等にとってデメリットはない。


(俺、なんか悪い事してるみたいな気分になってきたな、人の気持ちを誘導してる様で……調子に乗ってるのかもしれないな)


 葵の使命は邪神を倒し、多くの人々を救うこと。ならば、その多くの中に含まれる彼等を助ける為ならなんだってやらなければいけない。命を助ける行いなのだから間違ってはいないが、葵から生まれた罪悪感ばかりはどうしようもない。

 そして、多数決は後者の案に賛成5人。挙手しないは2人。凡(おおよ)そ葵の予想通りの結果に落ち着いたが、挙手しなかったのは、ニントはともかくとして、もう1人は意外にもアーリアだったのだ。


(何故、このタイミングで彼女が?)


 葵の中にあった確信めいた懸念もあって、彼女が実質的に反対派に回った事には驚きはなかったが、今回の案を聞いてそうしたと言えるタイミングなのである。それは、少なからず葵の中で不安の色が強まった。隠している部分が、察せられているのではないか、という事を。

 だが、その動揺を皆に察せられない様に多数決の結果と方針について共有することを優先した。


「では、俺は幻を解除出来そうな手段を探し、その為に注力します。それを経てから皆での脱出を実行しましょう」

「肯定、その方が確実。貴方だけ置いていかれる可能性は本意ではない」

「たはは……だから、使い魔を放ってるとはいえ、部屋にいるか、俺の目につきやすい場所にいてくれると助かるな。何かあった時に動きやすい様に」

「まぁ、どのみちウチら動いても劇場周辺ぐらいだし」

「僕達の間でも警戒しておきましょう。皆の生存を考えたら、やはりニントさんの案の様に葵さん1人にこうした時任せ切るのは非効率ですから」

「寝首をかくにしても2人以上に見られている状態になったら言い訳のしようもないからね!こいつぁ面白い!」

「……どうあれ、私としては今日は少し休みたいかも。全員ね」

「葵っちとかバタバタだったもんね、ベルタっちもウチらを守る為に目光らせまくりで激偉かったし!2人の事考えたら杏菜のそれは賛成〜」

「命令の遂行をしたまで。しかし、休息は推奨。彼が倒れては困る、怪我もしている」


 元からのある程度の結束の影響か、アーリアの殺人から連続した件で疑心暗鬼は膨らむ事もなく、目の前の事を解決する方向に皆がやる気を出している事は葵にとっても嬉しかった。無理矢理皆を引っ張るよりも、動きが取りやすいのもさながら、かなり苦しい状況下でも前向きになれる強さが皆にあることに安堵していたのだ。

 もっとも、ベルタの付け加えた怪我の文言で、いまだ消極的な若葉は口をつぐんでしまったが。これはあくまでかのの罪悪感の影響なので方針の問題にはならない。葵自身は言われるまで今日の怪我全てのことを忘れていたぐらいだ。


 そして、はしゃぐ日向達の陰でニントが葵の方をチラチラと見ているのが、少なくとも葵の目から見て目立った。今からでも覆らないか、あるいはやはり出られない根拠が出ないかと、淡い希望をこちらに要求する様に。


(……これは、確かに休息だな)


 皆が部屋に帰還するタイミング、就寝時のタイミング。葵が1人で行動していれば、自然と話をするにしても、狙われるにしても、誰にも見られないから葵としても色々聞き出しやすい。

 託された調査員の手記の中に、書かれていた名前を思い出しながら、葵は真意を聞き出す時だろうと考えたのだった──

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