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永劫の勇者  作者: 竹羽あづま
第5部郷愁のマリオネット
113/125

第111話:偽りは揺らぐ

「っはぁ……はぁ──」


 知恵を持つという事は、殺されない方法、あるいは一矢報いる方法も熟知しているという事だったが、魚人は死んだフリというものをしていた。屍の山の中で、微かに息をしていようがいまいが、それを感じ取れる程に訓練するのは難しい。

 もっとも──


「!」


 移籍内にある特殊な魔力による情報量過多で、脳が既にオーバーヒートを起こしかけていた葵の感覚は、戦いの中にあるこの瞬間、極めて鋭利に研ぎ澄まされていた。

 魚人の死体の中から微かな物音を感じ取った。展開していた刃の内の3枚をそこに向けて発射し、首を貫く。


(この距離、角度でこんな精度で撃てた事はこれまでない。この世界に来たばかりの時、初めて心器を握った時の感覚を思い出す)


 武器を手足の様に使えるという確信。アレが何なのか、葵はずっと不思議だった。自分の中にはないはずの経験が引き出され、むしろ何故これが出来ないと思ったのだろうとまで思わされる様なあの感覚は何なのだろうか、と。

 今なら分かる。何故だか葵には分かるのだ。先代勇者が葵をどうやってか導いているのだと。残滓なのかもしれないが、どこかへと完全に消えたのではなく、その存在は確かに残っているのだ。


(何でこんな時にそう思ったのか、俺自身にはまた分からない。でも、これは吉報かもしれない。先代に救われた人は多いし、先代はとても強かったみたいだし。あんな大きな船を作れるのだから、もしも戻って来れる様なら──)


 考えて、考えて、そこで止めた。戻ってくるからと先代に頼る様な発想が出かねない自分に嫌気が刺したから。そして、それ以上の考えたくもない様な雑念がよぎってしまったから。

 自分が先代勇者の代わりとして居るだけなのでは、という雑念が。


(いいや、いいや、馬鹿馬鹿しい。そんな驕り、そんな不快な、そんな分不相応な、無価値な発想なんて、こんな時に何を考えた?俺ごときが、ましてや今こんな時に?本当に俺は馬鹿なのか?不要だ、少なくとも今は)


 あくまで浮上した可能性のみの事で一喜一憂するわけにもいかなければ、今の彼としては不要な私情であり、事実として今この瞬間のやるべき事と照らし合わせたら不要だろう。そして、彼の理想である不屈の英雄になる為にも不要だと。

 しかし、こびりついてる物が、元の世界にいた頃から抱いていたコンプレックスは、それで簡単に真に離れてなどくれない。


 かぶりを振り、もう1つの気になった事を確かめる為に水辺の方に自ら近付き、水の中に顔を突っ込んで眺めてみる。しかし、残念ながら深さがある影響で暗く、底の方はどうなっているのかが分からなかった。

 水から顔を出し、髪をかきあげながらため息を吐く。現時点で分かる事は、水の中を見る前と特に変わりはない。


「──でも、あれだけ出てきたってことは、この水の底の方には他のルートがあるんだな。あの岩で塞がれたりしてるわけでもない様だから、完全に底からではないって事かな」


 潜るには無理があると以前判断し、そこから泳ぐのが突然得意になる様な出来事があったわけでもなく──


「待てよ、もしかして」


 背後を見れば、先程までの魚人達の遺体。

 魂を浄化して保有する葵の能力は、自分の心器で倒した相手の魂を取り込む物。それは魂を持つ者自体が対象であり、地球人に限るとは言われていない。だから、魔物の魂も幾つか既に取り込んでいる。

 ここで本題となるのは、葵はその副産物として、倒した使徒の能力をある程度の範囲とはいえ使っている。無論、魂の相性次第ではその副産物の方は得られないこともある。その場合は浄化と取り込む部分だけになるが、どのみち葵の中は大所帯になるのは避けられない。

 閑話休題。能力といっても心器を皆が持っているわけではないだけに、得られる能力というのは形も様々になる。基礎体力の上乗せによる向上等、この世界への順応力を強制的に引き上げて、葵の肉体そのものも強化してくれる。


 そして、今回の魚人は相性が良い方だったらしく、先程水に顔をつけた時にそこまで苦しく感じなかったのだ。短い時間だったから気のせいかとも思ったが、試す価値も根拠もある。


「いや、でもそれより先に皆に無事を知らせに行く必要があるな。ここの調査の件も含めて皆に伝えないといけないし……使い魔を放っているとはいえ、ベルタに皆を頼み続けるのも悪いし」


 ここを立ち去る前にもう一度だけ辺りを見回す魚人の遺体達。皆が見ればどう思うか、こんな生物がいるという様子、実際に見た時の恐怖心がどれほど精神的なダメージを与えるかは分からない。普通に考えれば口で伝えるまでは良くても、死体を見るのは良くないだろう。

 緊張感を与え、その感覚の擦り合わせが出来るという点以外に今のところ利点は見当たらない。魚人の実在性を証明したところで、それこそこんなのが混じってるかもしれないという焦りで何が起きるかも分からない。


(彼等はそこまでタガが外れる様な人達には見えないけれど、さっき集まった時とかも疲れが顔に出ていた。ここは俺が調整するべきところだろうな)


 第二波が知らず知らずにのうちに接近しているなどという最悪のケースがない事だけを祈る。故郷の国にいるという八百万の神やお天道様が、まだまだ未熟な自分の背を押してくれます様にとも、祈る。


*


「──あのさ、皆」


 避難所、そこの劇場に集まる面々はベルタの言葉を聞いた後、各々でこの先の事、これまでの事、様々な考え事でいっぱいになり、誰も口を開かなかった。

 しかし、その中で意を決したように1番最初に口を開いたのは日向だった。


「ウチ、ここから出たい」

「ッ日向!?何を……」

「これまでが、本当に安定して過ごせたかって言われたらさ、多分本当は滅茶苦茶余裕なかったと思うもん。それで、こんな事起きてるじゃん……」


 エーデルをアーリアが殺し、自分達の中に本当は化け物が紛れているという話を聞き、亡くなったはずのエーデルがニントに悪夢を見せ、遂には日向達からしたら訳の分からない化け物が大量に襲いかかってきたというではないか。

 葵達が来た事で何かが起きたとニントなどは言うし、その側面はあったのだとしても、日向からすればギリギリの均衡の上で辛うじて保たれていたものに過ぎないのだと感じていた。何か起きる兆候はあって、本当は既に何か起きていて、それを必死に隠し続けてきていただけなのではないかと、そう思っていたのだ。


「……ヒナタの言う事も分かるけれど、これまでボク達は結構ここで良い感じに過ごして来たじゃないか」

「オメェ疲れてんだよやっぱよ」

「疲れが取れたらさ、ここにずっと居たらさ、ウチ等は家に帰って、元気にいつも通りにまた過ごせる様になれるのかな」

「ヒナタちゃん……」

「ヒナタ、これは真面目な話だよ。外がどうなってるのかも分からない。ボクとかは君よりも体格もあって、腕っ節は強い。それでも、ここが山中だとして外に出て熊がいたとしたら?ましてや、アーリアやアオイの言う様なクリーチャー共なんて想像すらつかない。倒せるか倒せないかの領域にないんだ。ボクは君達を守れる自信はない」


 1番体格が良く、成人男性という立場にあるミゲルが最も彼等をここで守れる存在であり頼れる存在と言えるだろう。

 しかし、それでもこの世界で起きる予想外の中で人を守りながら自分が生きていけるかと言えば絶対に無理だと言える。彼等は知らない事だとはいえ、彼等が思うよりもこの世界は過酷で、人に寄り添うことはないのだから、ミゲルの言うことも間違いではない。


「携帯で外に助けを求める事も出来ないし、救助は見込めない。ボク達はどこに居る?故郷か?地球の裏側か?サプライズでどデカいテーマパークにいるのか?それすらも分かっていないんだ。魔術師であるニントですら、外に出るって言いたくないし、それだけはしたくないって思っているんだぞ」

「今回ばかりは私もミゲルに賛成、日向が死んだりしたら……私は……」

「……」

「君1人で行く事も出来るだろう。でも、ボク達は共に過ごした仲間であり、子供を1人で危険な場所に向かわせるなんて非常識じゃないか。だから、ボク達はそうさせる事が出来ない。君がどうしても行くってなると、ここの皆はついて行かざるを得ない。君はそれも考えなければいけない。勝手な物言いだとは分かっているし、ズルいって事も分かっている。でも、ちゃんとそれを念頭に置いて欲しいんだ」

「……そ、それは、マジでさ、その言い方はさ、ズルいじゃん」

「ミゲルの言う通りだぜ。オレはヒナタ達と違って、外についてちったぁ知ってるから言わせてもらうが、オレ達が外に出たら助からねぇ。お前達には死んでほしくない、これだけはマジだ。なのに、外に出る否かとか、決断しろだとか、部外者共は自分の物差しで勝手ばかり言いやがる」


 言われているベルタは彼等の方に視線を向けずに周囲の警戒のみを続けている。先程は耳を傾けていただけに、今も本当は聞いているのかもしれないが、それで眉をぴくりとも動かす気配はない。

 自分を非難する言葉を言われたのだから、何か不満の1つでも言葉か、あるいは顔にでも出せば良いものをと、ニントは矛盾めいた思考をする。葵もベルタも彼の想定した反応を返しはしないから。


「良いか、オレ達が外に出ようが出まいが、こんな悪夢は終わる、いつか終わる。これはあくまで悪夢だからな。だが、夢の中でも死んじまったらどうなるか分からない。な?分かるだろ?」

「死んだらヤバいのは分かるよ、ウチは馬鹿だけど分かる」

「なら──」

「でも、皆言ってないだけでさ、この頃、彼等が来る前からさ、お腹がすく様になってるんじゃないの?」


 日向のその一言で皆が一斉に言葉を詰まらせた。


「何とかまだ腹ペコすぎる状態になってないだけで、ウチ等の魔法解けそうになっちゃってるんじゃないかなって。皆思ってたと思う」

「ヒナタッ、いや、テメェ等……!!」

「ここで永遠に過ごせないのは、ニントが1番分かってたんだよね?それはどうして?ウチ等が死ぬかもしれなかったのに」


 いつも天真爛漫に振る舞っていた日向が根拠も含めて詰めてきた時、どう返事するかニントは分からなかった。他の皆も口出し出来なかった。

 彼女が馬鹿だと思っていたわけではないが、深く重く考えてる様子は一切見せていなかっただけに、動揺してしまうのだ。どんな風に思って過ごしていたのか、緩やかに死が近付くかもしれない環境で。


 責めるようにではなく、ただ問いかける。お前はアーリアの言う偽物なのてはないか?という意味と、仲間が純粋に口を割けなかった理由を知りたくて。

 しかし、彼女の信頼にも疑問にもどちらも返せず、ニントは口を開閉するばかり。言えば楽になるか、あるいはもっと混乱させるか、言って自分が楽になりたい。利他と利己の混じる思考が渦になってニントの思考を掻き乱す。黙るほど不利なのは分かっているが、どうすれば良いのか分からないのだ。彼は選択から逃げた人間だから──


「皆!怪我はない!?」

「滝沢さん!?貴方こそ無事っ……ひいぃ!!」


 いつの間にか皆の元に駆けつけていた葵。魚人の青い色をした返り血を浴びた状態で、姿を現したものだから魚人がどんな生物だったかとか、葵の怪我の有無とか、それよりも皆の最初にする反応としては歓喜や安堵より先に、思わず恐怖してしまった。

 怪我の功名か、一触即発という空気が恐怖という一点で一時的とはいえ皆の中でまとまりが戻った。


「怪我はない、かしら?」

「あ、ああ。これですか?問題ないです、敵の数が多かったので、ちょっとこんな感じで……すみません。みっともない見た目になっちゃってますね」

「それなら、ええ、別に良いけれど……」

「それより、途中からちょっと話を聞かせてもらってましたが──」

「ウチは出たいって思ってるのに滅茶苦茶止められる。葵っちなら分かってくれるよね?外出るんだもんね?」

「どれだけ言っても彼女が意固地にも出ようとしているんだ。ボクじゃ手に負えない。どうにかならないか」

「今の時点の俺だと意見が割れてるという段階は分かります。皆さんの隠してる事もありましょう。それぞれの譲れないところがどこか分からなければ、俺がまとめるのも難しい。無論、俺自身の意見としては、俺の仲間がいる場所、貴方達を守れる場所に連れて行って保護をしたいと思っているのは言うまでもないことです。食事もあれば、同じ様に保護されている方も多くいて、心細くならないと思われますし、良い場所ですよ」


 最初から葵の介入ありきでの話し合い求められていないものと分かってはいるが、あくまで第三者の意見として1つ。

 使い魔は視界のみのもので、声までは聞こえない。ベルタが何かを言った後のやり取りで揉め始めた事までで、現状維持か否かが争点である事しか分かってはいない。強引にノアで保護をすると言い切らなければならない立場だが、そうするにしても、彼等の結論を待つにしても大前提が今は足りない。


「──出るか否かという話は、確かに俺達が外に出る時に貴方達の中で話し合う必要は出来ていたと思います。でも、その段階になる為に必要なものがあります。皆が出られる様な外に繋がるルートの存在です」


 話を逸らす様で気が引けたが、葵からもその面については話さなければいけない。この話を聞いて迷ってる人も保護に対して肯定的な方に傾いてくれれば良いという下心もある。実際、数人はこの話に食いついてくれた。


「でも、貴方しか出られない場所があるだけだったのよね?それとも何か見つけたの?」

「はい、先程まで俺が戦っていた敵のこと含め、仮説混じりながらお伝えします」


 襲撃してきた魚人の数が予想外に多かった上に、魚人以外の謎の敵の存在がいるものだから、ここは滞在期間が長引くほど皆を守りきれなくなる可能性の方が高い。

 皆の話し合いを待とうと考えていた事もあったが、何故悠長に事を構えようとしていたのか。邪神がこの場所を狙っていて、目処が立っている以上そんな余裕があるわけもないのに。エーデルの聞こえた声というものが、邪神の差し金であった可能性も強まったというのに。


「まず、水辺の方にいた化け物は魚人でした。ゴムの様な皮膚、飛び出た目、鋭い牙と岩を砕く腕力」

「それは……わたしが見た、エーデルさんの特徴によく似ているわ」

「そして、少なくとも人間並の知性を持つ」

「…………わたしは悪夢でも見てるのかしら。人間並の知性、それはつまりエーデルさんがそうだった様に、人間だからってことなのよね、アオイ君」


 アーリアは自分のやった事を思い出し、平静を保とうとしても保ちきれずに、恐怖で震えた喉が声を弱々しくさせる。

 そして、自動的に葵もまた人を殺したという事になるのか、そうした目線を向けられるのも避けられなかった。アーリアよりもどんな人間か分かっていない葵の方が、人殺しという恐怖が与える影響は大きく、そうしたくなくとも身構える者は数人いる。

 だが、葵は首を横に振る。


「それを否定しきる材料はないかもしれませんが、彼等の遺体は魚人の姿のままでした」

「えっ……」

「亡くなられたエーデルさんは人間の姿でしたね。直に魚人の姿であがってきた彼等を見れば、知性を持つ彼等なら、本来持ち得る能力として擬態があるならば、ここに遭難してきた人間を装う事も出来た。それをしなかった、出来なかったからです。擬態は外付けの能力、本人が会得するものだからでしょう」

「でも、その根拠は──」

「3つの不思議の1つの本です」


 葵の言葉に絶句したアーリアはミゲルやニントの方に視線を向けるが、ミゲルは彼女が何故狼狽えてるか分からず肩をすくめるばかりで、ニントは何かを察したのか気まずそうに視線を不自然に逸らした。

 その反応を見た葵はどうするのか、アーリアの視線は葵の方に向かう。少し不安げに乞うような、顔ですらあった。


「さて、それは一旦置いて。魚人達はワープして来れる生物ではありません。というか、この世界に便利なワープはそうそうありません。だから、その量の魚人が出て来れるだけの、外と行き来する通路が水中にあるのではないかと俺は推測したんです」

「えっ、それって外に行ける道って事!?葵っち見つけたの!?」


 あっさりと一旦置かれた上に、そこに被せる大きな報告。アーリアは彼が庇ってくれたのだろうかと考え、それが何故なのかは分からなかった。あるいは、違和感だけに気付いてもそれ以上はまだ分かっていないのではないかと薄い希望を抱く。

 アーリアが気付いてないだけで、使い魔の方の視線はアーリアを見ている。彼女がこの後何か変わったアクションを起こす予兆を見逃さない為に。


「まだ見つけてる段階ではないけれど、可能性は高いと思う」

「でもでも、水結構深いよね?ウチ潜れるかな」

「それも、もしかしたら何とか出来るかもしれません」

「出来るのですか?そんな魔法みたいなこと」

「もしも脱出路ならって話ですが、その魔術で出来るかもしれないんです。皆さんを守りつつ、外へと出せるかもしれない」


 思わぬ奇跡、思わぬ袋小路の打破の可能性、アッサリとそう言ってのける葵に、外へ出ることは正直賛成ではあるが、安全面の意味でも、周囲との温度も考えれば言い出し辛かったような面々がそれを真っ直ぐ聞いていた。

 具体性がうまれると、途端に天秤の重さも変わるものだ。ましてや、不安要素である安全性も、魚人とやらを多く手にかけた葵が同伴するならある程度の信頼はある。少なくとも、自分達の戦闘力よりは。


(ウチら、出られるの?)


 魚人を斬ったと言い、敵の体液で染まっていた葵は本当は怖かった。それでも行く前と行った後とで全然表情が変わってなかったのが怖かった。

 が、出口の可能性について聞けば、その姿が守ってくれるという証明に思えて、日向は反転して安堵感すら得られていた。怖がっていた事を恥じる気持ちもその分強まる。


(外に出るって、変なことじゃなかったんだ)


 期待に表情が明るくなる日向。その光が強い程にそうではないもの達の影が濃く、落ちる。

 若葉とニントが余計な事を言ってくれたなと言わんばかりに、いっそ憎悪すら込めている視線に、葵は気付いていたが、気付かないふりをして、笑みを浮かべていた。それは尚更、外に出る事に反対している者達の目には不気味に映っていた。

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