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永劫の勇者  作者: 竹羽あづま
第5部郷愁のマリオネット
112/125

第110話:孤軍奮闘

「っこんなに!?」


 2人で落ちてきた水辺、ここはあまり広いとは言い難い部屋だったが、いまは水の中から這い上がる魚人の数の影響なのか、尚更狭く感じた。

 初めて目にした魚人、それは確かにアーリアから聞いていた通りの見た目をしていた。肌の質感も、顔も、体型も、人間から程遠いのに二足歩行してい上に目線が近いという一点から、人間離れした飛び出した眼球と、平たい鼻が人間と比較した時にひどく不気味に思えた。


 そして、水辺からあがってきた魚人達のギョロリとした目が一斉に葵の方を見る。


「〜〜?〜〜?」

「〜〜〜〜〜……」


 一言二言何かを話していたが、葵の耳に届くのは背筋がゾワリとして、冷や汗が出るほどにひどく不快な音だけで、何を話しているのかは分からなかった。

 刀を構えながら半歩ずつ彼等に距離を寄せる。彼等が攻撃的だと聞いているが、言語を使う様子を見た以上は警告から入らねばなるまい。


「邪神の手先よ。去れ、人間のいない所へ去るんだ。ここから先へ行こうと言うなら俺が相手になる」


 この世界に慣れていなければ、全身は震え、声はどもり、その姿は極めて滑稽なものになっていたかもしれない。それほどまでに、異様な印象を与える生物だ。

 しかし、相手はこちらの言語を理解しているのだろうか、葵の言葉を聞いた後に話し合う様に顔を見合わせている。あるいは、化けている、というのがこの種族全員が異形達の様にそうなのではないか、という不安が葵の中で渦巻いた。


「〜〜〜…………〜〜」


 彼等の魚眼でなにやら葵の全身を確認し、心なしか失望めいた色を浮かべていた。そこからは一瞬だった。

 太く、筋肉質でさえある腕を振りかぶる者、サメの様な歯を晒して襲いかかる者、共通しているのは皆一斉に葵を始末しに来ているという事だった。

 ならば、化けていようがいまいが、葵にとってやる事は変わらない。最早人を殺す事しか出来なくなった生物ならば、あるいは最初からそうした生物ならば、リンドの定義した狩人は正しく狩りを果たさねばならない。


「君達の相手は勇者だ。君達の親玉にとって役者が不足する事はないだろう。去ね!!」


 鏡の破片が少ない灯を照らし、輝く毎に一体、また一体と這い上がる前の者も這い上がった後の者も切り裂かれていく。

 噛み付いてくれば、その下顎を突き上げる。殴りにくれば回避、あるいは受け流してその背中から突き刺す。ゴム状の皮膚は斬撃が通りにくく、確かに倒しにくい。だとしても、鏡の刃をひたすら展開し、それを多方向から待機させて射出を繰り返せば、その皮膚の隙間が細かく作れる。斬る事が出来なくともしつこく、何度も何度も突き立てればいつしか限界が来る。


「これで7体ッ!!」


 口の中に刀を腕ごと突っ込み、貫通した刀はそのまま引き裂く様に抜き出し、その度に青い体液が飛び散る。それでも、葵は襲いくる彼等を殲滅するのに躊躇はない。船の仲間が背を守ってくれるわけでも、救援に入ってくれるわけでも、ましてや避難民の防衛をしてくれるわけでもない。ベルタが守ってくれるとはいえ、ここを突破させるわけにはいかない。

 しかし、相手もただがむしゃらに襲いかかってくるわけではない。手前の魚人が体当たりをし、死角になるその背後から飛びかかってくる。


「!!」


 体当たりに合わせて突き出した刀で手前の胸を貫き、その身体を盾にしてその連携を防ぐまでは順調だったが、その隙をついた背後からの一撃。後頭部めがけた両手を使った打撃は重く、一瞬だけ葵の視界が明滅する。 

 3人がかりで作ったその隙を逃さず、葵の横っ腹に蹴りを入れにくる。刀はまだ引き抜けておらず、避けるには余裕がない。葵が出来たのは咄嗟に鏡を展開し、激突する先を壁ではなく魚人にする事までだった。ぶつかった魚人は葵の全体重のかかった体当たりを受けて、呻き声をあげながら転がり、その隙に刀を逆手に持ち替えて顔面に向けて突き立てる。


(くっ……ただ暴れたり、衝動に任せて戦うわけではない。俺の死角をついてきたり、連携したり、彼等には知能がある。厄介だ)


 そうした知能を持つ生物が集団で襲いかかってくる、四方八方から。使徒に操作された魔物達と違い、個々の判断能力があるものだから、これまでとはまた異なるやり辛さがある。

 こうしている間にも上に飛びかかり、押さえつけようとする者や、葵の動きが制限されている間に水辺から出て避難所の方に進撃しようとする者がいる。全てすぐに対処せねばなるまい。


「ちぃっ!どいてくれ!!」


 仰向けのままに両手を頭より上の位置で地面につき、そこから起き上がる。その反動を利用して飛びかかろうとした魚人を蹴飛ばし距離を取り、ここから出ようとする個体に向かって転移。

 一気に距離を詰めてからうなじにあたるであろう位置に刀を突き立て、その反対側に刃を展開して前後からの攻撃。無理やりに喉を貫いて絶命させる。


 葵は魚人の首を片手に背後を見れば、水辺から増援がまだまだ上がってくる。

 挙げ句の果てに、増援の方の魚人は水を辺りに撒き散らし始めている。彼等にとって戦いやすい場を作ろうとしているのだ、時間をかけると葵の方が不利になっていく。


(多い。こんなにいるのなら、探し物だってもっと効率的に、俺が来る前に見つけられたはずだ。皆がこれまで静かに暮らせたはずもない!!)


 では、何によって邪神はそれを見つけ出したのか。何を手掛かりにしたのか。受肉の可能性を考えれば、自分の足で歩かねばならなくなった邪神は、手に取るようにはこの世界についても分からなくなっているかもしれない。その中でどうやって探し出したのか。

 何を目印にしたのか。ベルタが来たタイミングしかり、ここに何かがあると判断したタイミングが葵と被っているのだ。邪神は葵から何かを得ているというのか?


「──」


 ふと、その考えに至った時。葵は魚人達の分かり辛い表情の中にある、微かな戸惑いに気がついた。彼等は一体何を見ているのだろう。葵を攻撃するべき相手と判断したのは間違いないはずだが、攻撃の前に一瞬の迷いがある。

 それは無惨に死んでいく仲間を見たが故の恐怖とかによるものではない。畏怖に近い。畏怖の感情がある故に、己の今やっている事に思わず戸惑いを覚えているのぁ。葵にはそこまでは分からずとも、彼等がこちらを攻撃目的以外で確認の様に見るタイミングがある事は分かる。


(何故だ?)


 斬り裂き、時には肩に噛みつかれ、壁に後頭部を打ち付けられ、葵からすれば細かい被弾が増えてこそきたが、疑問は広がるばかり。

 だから、正面から来た魚人の首を力任せに斬り落とす。彼等に今一度、問うためにも。


「……知能があるなら!死への恐怖が、あるいは生への喜びがあるなら!早く去れよ!とっとと去れ!!そして、2度と人間の世界と交わろうなどと思うな!!お前達が人々を襲おうとする限り、俺もまた君達を倒さねばならない!分かるか!?分かるなら去れ!利口なら去れ!!」


 斬り裂いたばかりの魚人の首を彼等の前に突き出す。警告を聞かずに襲いかかってきた相手だが、今後も含めた警告を再度出すなら今を逃す手はない。

 彼等が何かと勘違いしているか、あるいは恐れを抱いてくれているのならば、通る可能性があると踏んでいる。動きを止める者も中には現れてるのだから、この意味は分かっているはずだ。畏れとまでは読めずとも。


 しかし──


「っか、ぁ!?」


 鈍い痛みに熱い感覚が鼻を襲い、遅れて血が垂れ落ちる。返答の代わりに魚人の拳が鼻っ面に到達していた。

 地上はまだ水位とすら言えない程度の水しか張っていないが、その上を滑る様に自在に、素早く、音もなく接近してきたのだ。それに続き足首、腹部、2箇所に向けて2体の各々の打撃。人間と異なる骨格を利用した柔軟な姿勢から繰り出されるそれは、互いの動きを制限しない。


「……答えてはくれないか」


 考え事に脳のリソースを割く余裕などないのだと突きつける様な攻勢。爪先を少し持ち上げながら足を乱暴に振り上げて足首を狙ってきた魚人の顎を跳ね上げ、腹部を狙ってきた方の打撃を跳ね上げた魚人の後頭部に食らわせる。2体の攻撃の失敗を確認すれば、頭の位置が揃ったと見るや否や、それは顔面から貫通させる。


「応えても、くれない」


 使徒という人間同士ですら分かりあう事も出来ず、必ず殺しあう事になってきた。正しいか否かではなく、互いに譲ることが出来ないからこそ。譲るわけにはいかないからこそ、そうなった。最初から分かっていた事ではないか。それがましてや、相手は邪神の手先で魚人。

 言葉が通じるならばと少しの期待をした自分に呆れながら、葵は手にとっていた首を魚人の内の一体に放り投げ、それを咄嗟に受け取りかける魚人。葵はそれによって生じる死角、正面から刺突。


(俺の今やるべき事は、ここを1人たりとも通さないこと。そして、奴等を倒すこと。それだけなんだ)


 既に多くの魚人の体液で濡れたこの場所に、まだまだ屍は積み重なる。

 そして、その度に葵の中で先代の心に近付いていく気がした。


*


 そして、劇場で固まったまま動かない様にしているルイ達は不安の只中にあった。何が起きてるのかは分からないが、時折聞こえてくる何かの鳴き声や、鈍い音から、確かに襲撃が起きていて、そのために葵が対処しているというのは分かる。

 正直半信半疑というには疑が勝る程度には、非日常の側の出来事に対しては思考が追いついてなかった。恐らくこの場にいる者の大半の心境だったのだろう。


 気まずさ、不安、疑心、戸惑い、負の感情がこの場所の空気の様に渦巻く中、ルイが口を開く。


「──彼の勇敢さは少しばかりおっかなく見えますね」

「ルイ、どうしたの?いきなり」

「まだ彼と会って全然時間も経っていないので当たり前ではあるのですが、僕の目から見れば今の様に自然と戦いに赴ける年下の少年である彼は……彼の人格を非難する意味ではなく、異常に見えるもので」

「彼が戦ってくれてるから今はまだわたし達が戦う必要はなくて、危険を冒す必要も出ていないのでしょう?ルイの言いたい事は分かるわ。彼が年相応に怯えないから命を落としかねなくて心配って事でしょう?だけれど、そんな言い方はあまり冷たいわ」

「ええ、ええ。自分もそう思います。行ってはならないし、ましてや口にするなど、僕はどうかしているようです……彼に申し訳ない」


 ルイは葵に出来る限り声をかけようとしていて、年下相手というのもあって気を遣ってはいた。そして、直に接した時の印象としても温和で、ニントがキツく当たる理由は見当たらなかった。

 だからこそ、そう思った自分の感性の方を疑ったのだ。そう思うだけの根拠は本人なりにあったとはいえ、皆の思考を良くない方に誘導する様な意味合いに解釈されてもおかしくない発言をしたのは、どうあっても軽率だったかと自省した。


「君らしくない。ルイ、疲れているんだ。無理もないさ、ボクの頭も昨日今日とで既に疲労のピークさ」

「ルイが疲れてるかもってのは思うけど。今日はまだ始まったばかりじゃん!ボケ始まるには早すぎ!」


 ミゲルと日向で空気を軽くし、出来る限り流そうとしたが、その後に言葉は続かず、沈黙はむしろ皆の戸惑いを湿気として物理的に辺りに漂わせている様だった。

 気まずそうに黙って毛先をいじっていた若葉がポケットに入れている物の重みをふと感じ、ポツリと言葉をこぼす。


「……まぁ、異常ではある、と思うな」

「ちょ、ちょっと杏菜まで──」

「あの人、こんな状況でも怖がるとか、強張るとか全然ないし」


 なにより、ナイフを出した時にも同様だった。刃物を向けられていて、それが人を傷つける目的としての刃物であることを分かっていてもなお、若葉の目から見た葵は何故か安心した様に瞳が細められていたのだ。

 あの時におかしな事をしたのは自分の方であると根底では若葉も理解していたが、正常な反応とは感じられなかった。害意に対しては相応の警戒と、生存本能に準じた恐怖心があって然るものだ。

 ノアの面々なら凡(おおよ)その人間が葵と同様の反応をするのだが、若葉は知らなければ彼女の中の常識は正しく地球の頃のままだ。葵の表情はそれ故に出たのだが、彼女はそれもまた知る由もない。


「危機感はあるのかもしれないけど、なんか私達とは感覚がズレてて……命の基準値が軽かったらヤバいかなって」

「平気で人殺しそうとか思ってるの!?ウチにはそう見えない!」

「いや、まぁちょっと違って……他人の為に安売りしてるっていうか。それが当たり前って顔してんの。ヤバいなって方向かな」

「へっ、自分の命も優先出来ねぇなら他人の命だって賭けに使えるだろうからな、言えてら。利他的な奴に待つのは破滅だ、アイツに乗り続けるのは泥舟だぜ」

「そこまでは言ってないけど。その泥舟に乗せてもらっておいて乗り心地に不満を述べてる私達が結構ダサいって事、ニントは自覚なさそうで良いね。楽そう」

「ワカバはオレ側じゃねぇのかよ……」

「理由は違うから。あと、うるさいの嫌いだから。みっともなくて」

「マジでどっちの味方やら……ケッ」

「日向の味方。その次にアーリア。男は嫌い、それだけ」

「そうだったな、へいへい」

「ワカバもニントもボク達の為に警戒してくれてるって事だね。ボクも最初はエーデル婦人に怖い事言われて咄嗟に彼が殺したのかと思ったところはあるぐらいだ!今ではそんな事ないって分かるんだけれどね。出来そうな性格にも見えない」

「ミゲルの解釈はポジティブ、私は皆の為とか立派なものじゃないし」


 ミゲルもニントも肩をすくめ、アーリアは首を小さく横に振っていた。確かにこれは皆疲れているのだろうな、と。彼女が男嫌いなのは知っていたが、それでもここで一緒に過ごした男性陣相手には普通に接していた様に見えただけに、本人達の前で断言する様子は彼女も我慢するだけの余裕がない様に見えたのだ。

 本当なら1人に対する感想など言い合ってないで、葵から聞いた話について皆の意見交換をする方が建設的だと思うが、落ち着いてる人でも仲裁に回る方が忙しく、それを言い出せない。

 日向は調和の側に回っていたが、友人の言い方と、自分には親切なニントの言い分に納得しかねて、フォローに回る使命感より不満が上回っていた。


「異常であろうと、なかろうと、彼の最優先事項は貴方達の生存」


 そして、これまで周囲の警戒のみをしていたベルタが、顔の向きはそのままにそう発したのだ。基本寡黙かつ、我関せずといった様子の彼女が自主的にそう発言し、参加してきた事に皆が驚き、ベルタの方を向いた。


「彼の人格的な面は貴方達の信用の為に軽視出来ない事は理解している。しかし、ワタシと彼とで貴方達の警戒の度合いは異なる以上、貴方達は論理的ではない形で彼を遠ざけている。疑問、貴方達の最優先事項は彼への不信感を共有させる事?」

「……ウチとしては、そうじゃないと思ってるけど」

「ならば、話は簡単。いずれワタシも彼もここを去る。貴方達はその後もここを楽園とするか、それとも死中に活を見出すか、選択をするべき。ここから出るならば、勇者は貴方達を外でも守護する事を選ぶだろう」


 偶然か必然化は今は置くとしても、ここの状況が変わったのは葵が来たから、葵が来た事で動き出した可能性は否めない。むしろ、使徒、邪神の眷属、そうした物は勇者と敵対しているが故に、勇者との結びつきが強いとも言える。

 しかし、ノアの様なかつての勇者が生み出した船だったり、集落の様な結界という理由がなく、ここだけが不滅の楽園であり続けられる根拠はない。現に奇襲を受ける事になっている。遺跡に勇者と邪神両陣営にとって重要な物がある以上、ここが無関係かつ不可侵の場所でいられるはずもなかった。

 ベルタは使徒であり、彼女が協力的なのは葵の為だからというものに過ぎず、彼等が仮に死んだとしても問題はなかった。だが、少なくとも今は当の葵との約束がある以上、彼等を生かす為に尽力するつもりだった。彼女の心に熱が宿るのは葵の為だけだからこそ、この提案にも躊躇いはない。


「貴方達は、本気で生きるつもりならば、その為に貴方達自身でも行動するべき。ワタシと彼は暴力から守る事も可能だが、それは貴方達が生存する為の全てを施すという事には繋がらない。提案、その事についてこそ、貴方達は話し合うべき」


 ベルタの言葉に皆が顔を見合わせ、視線を下げる者や、納得出来ずに下唇を噛む者や、彼女の言葉に道中する様な反応をする者、それぞれだった。

 ここより外は確かに危険が多く、異形、魔物、現象、様々な理不尽が彼等を襲うだろう。だが、袋小路で何が起きるか分からないまま、出来れば楽に死ねた方が良いという結論に至るよりは、逃げ道はある。先代がそうした様に、葵がノアまで導く。外の事を考えないという選択をし続けてきた以上、それを破る事は人が思うより勇気を要するものだった。今より悪くなる事があったらどうなるか、考えざるを得ないのだ。

 そして、なによりこの場所で唯一の魔術師という地位を持っている人間が外に出る事に対して消極的を超えて、反対している立場である事も彼等の迷いを生んでいた。それでも、ベルタはそんな事情は考慮に含まない、それを汲む理由もないから。


(ウチ等自身の生きる意思……)


 皆の不安げな顔を見ながら、日向もまた戸惑い、悩んでいた。自分が、自分達が何をするべきなのかを思って。

 そして、各々の考え方のベクトルはあれど、今現在戦っている葵に対して皆思いを馳せていた。

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