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永劫の勇者  作者: 竹羽あづま
第5部郷愁のマリオネット
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第100話:奇妙な関係

 少女は造られた人形の様に愛らしくも美しかった。

 腰まである長い紫の髪は艶やかでほつれはなく、頭の左右に飾られた黒いリボン、肩と太腿だけに露出が抑えられた黒いドレスも、どれもが最初から彼女の為にあった様に自然に似合っていた。そして、人形の様だという印象を強めるのは、ガラス玉の様な金の瞳。


 目が表情に与える影響は決して小さくない、視線の動き、目を細くしているか、開いているか、目の周囲の筋肉の動き、それだけでも相手にはある程度表情があると認識させる事が出来る。

 葵は人の顔色はよく伺う方だ。より正確に言えば、伺う様になったというべきか。相手が気を悪くした、嬉しそうにした、それらを伺いながら当たり障りなく、出来る限り穏便にやり取りを済ませる事でいつも必死だった。だからこそ目の前の少女の瞳が全く揺らぎを見せない事にも大きな戸惑いを感じていた。


「あ……あ、あい?」


 揺らぎもなくも、揺るぎもなく、真っ直ぐと向けられた言葉への困惑を強めたのは、そんな彼女の様子があるからだろう。


「回答、地球の詩人の言葉」

「いや、そっちの事じゃ、なくて……え、何?」


 相手のペースにはまっては負けだと分かりながらも、その飛躍した内容に脳が追いつかず、本人からの説明を要した。そんな場合ではないと分かってはいても。


「言葉通り、愛するという意味。愛するという言葉の意味についての問いかけならば、特定の人物に対して慈しむ感情を指して──」

「もう、もういい……」


 平行線であることを理解した葵は心器を構える。好意を示せば葵が動揺するのでは、という考え方を彼自身がするのは苦手なものの、可能性としては有り得る事だった。なにせ、相手は魔王の使徒、どうあれ間違いなく敵なのだから。


「俺を助けてくれた事には感謝する。だけど、君達の目的はよく分かってるつもりだ」

「貴方の指摘は、我々の魔王の使徒として与えられた使命の事」

「違うと言うつもりか……?」

「今のわたしに、貴方に対する敵意はない」


 葵を助け出す為にフック代わりに出していた心器、大鎌を持っていたが、それを目の前で手元から消す。葵が心器を構えている事を分かっている上で。

 その状態で一歩、二歩と刀の先端が胸に当たる位置まで近付いてから足を止める。葵の性格を考慮に含むならある意味で挑発的な行為と言えるが、この場合は無防備さと言える。


「証明。これ以上に敵意の有無を貴方に理解してもらう手段が、現在のわたしの思考には存在していない」

「──わ、訳がわからない。君は命が惜しくないのか……?」

「貴方の命よりは惜しくない」


 迷いもなく、澱みもなく、アッサリとそう答えられて思わず葵は一歩退いてしまう。その度に相手は一歩近付く。

 相手の思考回路が理解出来ない。ある程度のやり取りがあって、互いに対する信頼が出来た状態でそうした好意の言葉を向けられたのならばともかく。そうではない、彼女の事を葵は知らないのに、しかも相手は魔王の使徒という立場だ、その上でこの様な行動をしてくるのだ。葵に目標を絞る言葉にしてもリンドの時とは訳が異なる。


「ッ君は──」


 その時、葵の踵の当たる位置で、カチリと何かが鳴る音がした。


「は?」


 間もなく、通路の入口の方から順に地面から槍が突き出てきた。そう、2人が今いる場所は、数多の犠牲者を出した遺跡の中なのだ。


「げぇっ!!」

「警告。このままだと我々は串刺しにされる」

「だろうね!!くそ!!」


 入り口側から来ている以上奥に向かって走るしかない。そもそもが生存者の救出が今回の主目的となのだから、奥に行かない理由はなかったが。

 足は動いた方が良いと考えていて、葵自身もそうするべきだと思っているが。


「ッ……こっちだ!!」


 その前に葵は咄嗟に、反射的に魔王の使徒である少女の腕を掴んでから走り出していたのだ。


「……疑問」

「分かってる!!」

「貴方はわたしに敵意を抱いている」

「分かってるってば!!」

「貴方のこの行為はわたしを死から遠ざける行為」

「そりゃ……本当にそれはそうだけどさ!!」

「貴方のその思考に連続性がない。理解が不能」

「本当に、本当に俺も何やってんだろうって思ってるし、滅茶苦茶これって偽善って言われるやつかもだし!分かってるけど……」


 葵自身も本気で自分は何をやっているんだ?と疑問に思っていた。これまでの使徒の様に敵意や殺意を向けられていれば今回の様にはしなかっただろう。葵の能力が付与されている心器で殺さねば意味がないというのは前提としてあるものの、それならば罠が到達する前に自分の手で無防備な彼女を殺せば良かっただけのこと。

 愛の言葉を向けられて、瞬く間に絆されたわけではない。ただ、目の前で自分が何もしなければ死ぬのみとなる人を見逃せない。それだけなのだ。


「君を殺さないといけないとしても、それは別に今この瞬間じゃなくても良いだろって、そんな感じに身体が動いたんだよ!!」

「……」

「不満でも何でも良いから、今はそういうものだと思って、納得してくれよ!!」


 葵に手を引かれながら、少女は一度だけ瞬きをして、こくりと首を小さく縦に振る。


「了解。貴方に従う」

「話が早くて助かるよ……!!」


 相手に納得してもらえる様な理由を言える気がしなかった葵は、心の底からそう思っていた。これまで散々人を殺しておいて、使徒を既に2人も殺しておいて、何を今更と自身に腹が立つが、目的の為にただ冷酷にも非情にもなれるのならば、葵はきっとこの世界でもう少し楽が出来たことだろう。

 葵が死んでも大丈夫ではある事と、葵が行動不能になったら助かる側の人間である上で、それらを置いて助けてくれた相手を見殺しになど出来なかった。敵であっても惨たらしく死ぬべきとも思えない。


 これは彼の弱さであり甘さかもしれないが、地球での彼の存在とを結びつける人間臭さにも繋がるのだ。


「ッはぁ、はぁ……この辺りは、安全かな」


 しばらく走り抜けて十字路を前に、胸に手を当てて深呼吸をする。これまでに毒矢が飛んでくる罠や、天井が落ちてくる罠や、それらを駆け抜けて何とかここにいる状態、いまだに安心は出来ないものだから、せめて息だけでも整えたかった。

 その最中に、横目で少女に視線を向ける。これだけ走ったのに息が乱れてる様子もなく、葵と同じ様に壁際に立ち、隣を陣取って、ただ正面を見つめていた。


(驚くほど息が乱れてないな……俺はバテバテなのに)

「推奨、呼吸の正常化」

「そ、そう。そうするよ……そうしないと次の危機にも対処出来ないから。君は疲れていないの?」

「肯定。わたしは身体的な疲労を覚えてない」

「すごい体力……俺はここで少しだけ息を整えていきたいってぐらいなのに。君は、元の世界でも──」


 普通に声をかけたまでならともかく、自分の続けようとした言葉に咄嗟に口をつぐむ。それは自分で自分の首を絞める様な行いで、自身の性格は1番分かっている。


(俺、学習しないなぁ……元の世界の事を知るほど、戦い辛くなることが分かってるはずなのに。つい、すごく普通に聞いてしまった)


 だが、ただ敵と断じて殺す事が正解ではないことは理解していることだった。自分の能力は人の魂を取り込む、せめて相手を知らなければならない。

 自傷めいてるかもしれないが、それも経験済みなことだ。己を正義と断定し、人を殺してるという意識を薄れさせるぐらいならば、相手を知りながら戦う方が葵はマシだった。マシと言うのも正確ではなくとも。


「元の世界でも、走るのとか得意な方だったの?」

「?」

「いや、なんとなくさ……」

「……元の世界、不確かな回答になる」

「?言いたくないのならそれで良いけれど、そういうのは誰にだってあるから」

「違う。走る行為が得意だったか否か、情報が不足している。だから、不確か」

「情報が……」


 機械的な言い方で分かり辛かったが、走れない事情でもあったという事なのかと葵は考える。足が悪かったとか、色んな可能性はあるだろう。なにより、あえてそこだけ誤魔化すという理由がない。


「安易に聞いちゃったかもしれないな……」

「安易?いいえ、わたしは貴方がわたしに興味を示した事に意味を感じている」

「も、問題なしってことかな?」

「問題、なし」


 彼女の態度に戸惑いながらも、繊細な話をした点に関して気にしている様子がないことに安堵する。


「……じゃあさ、ついでに聞くんだけど、君のさっきの言葉って俺が勇者だから言ったの?」

「さっきの、とは」

「ほ、ほら、その、なんか、会った時に言ってた難しい言葉のアレ……」

「理解。そして、回答。貴方が勇者である事は、わたしの使命以外で関係ない」

「そ、そうなんだ……いや、そうだとしたらさ、君ってもしかして会った事あるのかなって。元の世界かどこかでさ」


 これまでの様に先代と間違えているという疑惑もあるだけに、どこで会ったかは大きなヒントになるのではないかと思い問いかける。自分で聞いておいて、気恥ずかしさのある事だが。


「これは、わたしの中にある強い衝動で、それは非合理的。しかし、目覚めた時にはこれがいっぱいに詰め込まれていた」

「目覚めた時にはって、この世界に呼ばれた時?」

「呼ばれた、それも正確ではない。ただ、貴方の問いかけに対して確かな事は、そうだと言われたら、その様な気がするという、極めて不正確な返答」


 本当に曖昧だが、彼女の発言を鵜呑みにするならば会った事があるということになる。だとすれば、どの時なのかと葵は思案する。

 彼女の言い方から考えれば彼女だけが認識していて、葵が認識していないタイミングが可能性として高いが、それだけでは流石に接点が少ない。なにせ、葵からすれば彼女の顔に見覚えがないのだから。


 葵が頭を悩ませている横で、少女は言葉を続ける。


「──しかし、元の世界からの縁か否かに対して、わたしはわたし自身の意思で、否定する事を否定したい。曖昧であっても、それだけは確か」


 そう言葉を続けられてしまうと、思い出さなければいけないという気持ちが強くなる。そんな風に考えて、彼女にとって意味のある遭遇をしたというのに、片方にとっては記憶に残る程の事ではないという温度差は、葵からすれば流石に申し訳がなかった。

 少女の中では今の発言は特に強い意味を込めて言っているのは確かなのだから。


 そして、記憶を探り、少女に対してその分考えるほどに、彼女に対する違和感が強くなる。


(なんだか、これまでの使徒と何かが違う様な気がする。でもなんだろう)


 あくまで直感の域でしかなく、なんの根拠もない。しかし、目の前の使徒に対して不思議な懐かしさを感じていた。顔立ちに見覚えはなくても、確かに会った事がある気がしてきたのだ。葵自身の感覚としては、突然そう感じたというよりも、不思議な話しやすさ、人見知りする葵が自分からこうして自然とつい声をかけている事から、何か縁があったと言われたら、それでもおかしくないと感じたのだ。

 魔石から感じた馴染む感覚といい、葵はこの場所が何かを伝えようとし続けている気がしている。それも含めて考えると、彼女もこの場所に導く為の案内人なのではないかと思えてしまう。なにせ、相手が相手で、場所が場所だからそういった認識の改変を受けている可能性もゼロとは言えない。


 考えすぎなのかもしれないが、異世界に来てからはそう思ってた事が考えすぎではなかった例が多い。疑り深くなった自分に対して呆れながらも、少女が数ミリだけ顔を上げた様子に気付いて葵は小首を傾げる。


「どうしたの?」

「警告、球」

「え?」

「来る」

「たま?」


 あまりに端的すぎる言葉に一瞬だけ反応が遅れたが、彼女の言う事の意味は耳を澄ましたら分かるものだった。何か大きな質量の物が高速で転がってくる音が聞こえて来たのだから。


「……よもや、また古典的なやつ?」

「恐らく貴方の想像している通り」


 そして、そう言った直後には天井が抜けて、その音の正体が姿を現した。

 球だ。通路に引っかからないギリギリの大きさの巨大な球が現れたのだ。ミイラになった人間だけで組まれた、悪趣味なパズルの様な球。これまでの犠牲者かと思ったが、全員同じ顔をしているという作り物めいた印象、あるいは誰かの死体だけを集めた様な不気味さに怯みそうになる。


 だが、それ以前に通路を埋め尽くしそうな大きさの物が意思を持っているかの様に自分達のいる方に向かって来ている事が問題だった。怯んでいる場合ではない、あの球の一部になるかもしれないのだから。

 最優先で対処しなければならない事への自覚が追いついた瞬間には、青ざめながら葵は少女と共に走り出していた。


「やっっっっべぇ!!」

「同意。ヤバい」


 ライと初めて会った時のハリウッド級の大爆発からの脱出劇を想起させる様な状況。映画を思い出す様な劇的な状況の先に果たして宝が待っているのだろうか?今の時点では映画の半分の時間も経過していないのだから、まだ困難が待ってるのだろうか?


「逃げろおおぉぉぉぉ!!!」

「逃走を推奨、同意」


 十字路のそれぞれの道を慎重に見てから進もうと思っていたのに、思わぬ急かされ方をしてしまい、結局行き当たりばったりになってしまった。

 駆け込んだ左折した先の道は他の道よりやけに暗くなっていて、先が見えない。光源がないにしても必要以上に暗い。道を間違えたかと思い、振り返るがそれを遮る様に球が転がって来た。


「ひっでぇ嫌がらせ!!誰が考えたんだよ!!」

「推測、罠としては平均的な類」

「平均的だし見覚えのある展開でも実際に遭遇すると、あぁここ○○で見た!いけるわ!って、ならない!ならないんだよね!驚きが発生した後にも驚きが渋滞して列が動かないんだもん!!」


 球を斬り伏せられたら良いのだが、それが出来るイメージが湧かない。かと言って、使徒の能力を死体を相手に使わせるのも良くない気がした葵は、少女の手を取り直し、意を決して闇の中に飛び込んだ。

 1つの道を選んだ以上、他の逃げ道はどのみち封じられているのだから、活路を見出すのはここのみ──


「あ?」


 だが、その先は深い深い穴だった。


「っっ!!」


 心器を取り出して壁に引っ掛けようかと思ったが、容赦なく頭上にかかる濃い影。あの球に頭からぶつかられて首をやられてから落ちるか、自分から落ちるかしか選べなくなった。

 見下ろしてみると、穴にはトゲの姿は見えない。というよりも、底が見えない。この遺跡に限って下には何か緩衝材があって即死はしない様に出来ている、などとは考え難かった。だが、こうなっては少しでもリスクを減らすには飛び込んだ分の覚悟をしなければいけない。


「助けてくれたのに、ごめん」

「謝罪は不要。今は貴方のことを考え──」


 落ちながらも手を握ったままの少女の身体を引っ張り寄せ、自分が絶対に下になる様に位置を固定する。


「警告、この位置関係は貴方の方が危険」

「そうだけど」

「提案、位置を入れ替えるべき。このままでは貴方が」

「そうだけど……ッこっちの道を選んで、こんな危険に巻き込んだのは俺の方だ!君が使徒だから巻き込んだわけじゃない!」

「わたしの任務において、身の安全を第一にせよとは言われていない。だから──」

「死ねって言われてないなら、安全の方が優先に決まってるだろ!!」

「……困惑、貴方は怒っている」

「本当に困惑だけど、すごく理不尽な怒り方してるみたいだけど、もう本当に訳分かんないよ!今は俺に掴まってて!安全になるまで!!」


 少女はそれ以上疑問を投げかけるでもなく、黙って頷いた。彼を優先する気持ちも本物だが、彼女は自分が魔王の使徒という立場である自覚もある。それが彼の目から見て敵である事もまた、葵以上に理解している。だからこそ、彼のこの行動は理解出来ない物だ。本当なら彼女の行動指針的に譲れない場面だが、不思議とそれを否定出来なかった。


「折れし先で刻まれる物、その跡は不滅にして不治!欠け、削れ、果てに残るは新しき物、原点たる銘の亡失!拒む、抗え、その意志が私の盾となり、顕現する!“不変の殻”あぁぁ!!!」


 辺りの魔力濃度を利用して強固な防護を強引に展開する。これで落下のダメージを軽減し切れるわけでも、上から来るダメージをなしに出来るわけでもないが、気休めでも何もないよりはマシだった。

 落下の恐怖心も、想定される激突の痛みも、全てかなぐり捨てて防護の維持に集中しなければ最悪の事態になる。


(1番信じるに値しない俺自身の精神力をアテにしなければいけないなんて、どういう状況なんだよ!!)


 それでも、自分を信じるというよりも、クロエとの脱出の時の感覚、実際にやって成功させた経験という物を信じる。葵にはその方が基本的に向いている。

 そして、そのイメージはこの世界において大いに価値があるのだ。楽観的にはなれなくとも、意味はある。少女が葵の服を強く握る、不安というよりも葵を信じているが故の行動だった。


 それに後押しされながら、葵達は落下していった──

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