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永劫の勇者  作者: 竹羽あづま
第5部郷愁のマリオネット
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第98話:咎の蓋

「──という経緯で、とある場所についての情報を得たんです。そこに行く事で何を得られるのか、何があるのか分からないのが難点ですが……」


 葵はあの後予定通りに、リンドの夢の中で見た内容と、その夢を見ることになった経緯について、ミアの次にエレンに話しに来ていた。

 よく考えずとも、色々と前提がおかしい話だから、彼女の頭を悩ませるところから始まるのではないかと危惧をしていたが──


「大体分かったわ」


 拍子抜けする程に、あっさりとそう返されてしまい、むしろ葵の方が驚いてしまった。

 術の件もそうだが、神の声を聞いたと言ったも同然の状況でそれをこう簡単に信じてもらえるとは思わなかった。信じるというよりも、それはそういう物として受け入れてる様子だ。


「あのね、アオイ君。そんなに驚かなくても良いのよ。戦士としての先代も見慣れてる身なんだから」

「もしかして、先代も」

「ええ、彼は自分の傷を治して何度も立ち上がっていたわ。先代と貴方とではやり方が違う可能性はあるけれどね」

「そうかもしれません。現に、俺は俺自身の傷を治せる気がしません」

「逆に、先代は自分の傷しか治せなかったのよ」

「えっ!?じゃあどうやってそれは……」

「分からない。彼が書き残さなかったって事は、彼にしか出来なかったのだと思う。貴方が現れる事も含めて予見していたであろう先代が、貴方の為にすら書き残していない事が証明だわ」


 この船そのもの、その中の施設、船の核。そして、残されたブラン以外の書いた魔導書達。そのどれもが先代が自分のいなくなった後の為に残した物で、それは出来る限りこの世界で後の人々が生き残れる様にと記された道標なのだ。

 それだけに、彼が残さなかったとは思い難く、残せなかったという方がきっと正しい。事実として、葵もこの手段は他者に真似出来る手段としては最初から考えていない。方法の違いのみだと思えば、確かに不思議はない。


「でも、他者に使えるのは実際革命的よ。それによって治療を諦めざるを得なかった人も救えるかもしれないんだもの」

「他者の精神力も要するので、もしかしたら思った効果にならない場合もあるかもしれませんが……」

「いいのよ、それでも。魔術で傷を治せるって事実が皆にとっても希望となるわ。魔術は、頼りになる超常の力って印象はいまだに強い。その力への信頼と、それを使える事は、多くの人にとっての希望になる」


 ミアは人に広めることに対して否定的だったが、エレンは艦長という立場の影響なのか、ある程度共有する方針の様だ。

 無論、それを嬉々として口にしているというわけではなかったようだ。この世界に来て短くない身だからこそ、ただ万能な力などない事も分かっている彼女の笑みはどこか浮かない。


「って、こんな風な言い方するとすごく胡散臭いけれど、希望ってものは馬鹿にならないものなのよ」

「そうですね。それがなかったら、多分もっと多くの人が戦ったり耐えたり出来なくなってたと思いますから」

「そういうこと。だから、紛れもない吉報よ。ただし、安易に使いすぎてはいけないわ、先代と違ってそれは貴方自身を少しずつ削る」

「ミアにも注意されました。気をつけます」


 ミアにも言われたと聞けば、納得と同時に先に彼女も聞いていたならば話は早いとエレンは考える。彼女自身の葵に対するこだわりは置くとしても、ミアの船医としての立場があるだけに、この件は少なくともミアを通す必要はあった。

 そして、そんな彼女から完全な否定は出ておらず、危険性についても既にそれだけ言及されていたのだと分かれば、この話は一旦これで畳んだ方が良いだろう。エレンから言う事はミアの言った事に近くなるばかりであろうし。


 なにより、エレンはもう1つの重大な報告についても聞かなければならない。話を聞いたエレンの様子を見て、葵がまず驚いた方の事柄、リンドの夢の中で示された道標について。


「で、貴方の聞いた場所についてなんだけれど……貴方の頭の中に、おおよその位置が今記憶されてるといったところかしら?」

「はい、そこに行ったことはないはずですけれど、多分迷わずに行けるかと」


 そうして、エレンは机上の地図に視線を落とし、葵も同じ様に地図を見る。

 葵はこの世界の地理に詳しいわけではない。この世界に来てからまだ行った事のない場所も多く、船での移動が中心だからこそ行けない場所も多かっただけに、地図に記された場所の大半がまだまだ未知の領域だ。しかし、それでもなお頭の中の場所と地図上の場所が不思議と一致し、指がその位置を指した。


「ここです。ここに、何かがあるみたいで──」


 そう言ってる最中、エレンが地図を見ながら眉を寄せているのが目に入り、思わず言葉を止める。


「あの、危険な場所なんですか?」

「遺跡ね、咎人の遺跡とも呼ばれているわ。どうにも、奥の方には何か貴重な物があるみたいで。それの影響か、場所の影響か分からないけれど、船が近付くのを拒む場所の1つ。中には様々な罠が多く仕掛けられてるみたいで、マトモに調査出来たものではなかったわ」

「言葉だけ聞くと、すごく典型的な遺跡の様ですが、それだけではないんですよね?」

「ええ。拒まれてる様に入っても奥に辿り着けず、入れても帰っては来れない。ほとんど入り口で追い返されてる様なものだったと聞くわ。それも、あくまで気が触れてしまった仲間の証言、独り言から推測されるものだったけれどね……」

「使徒の作り出した領域みたいな物なんでしょうか?」

「使徒が関わってる可能性も否定は出来ないわ。先代の頃には立ち寄った事がない場所だったから」


 だが、葵はただ報告に来たのではない事をエレンは分かっていた。その話を聞きながらもなお、葵は地図に視線を向けながら顎を撫でているのだから。


「……でも、貴方は私に許可を求めに来たのでしょうから、それなら忘れた事にしましょうとはならないのよね?」

「え゛!?いや、無論、皆にワガママ言って行きましょう!ってつもりではなくて……」


 行く理由の根拠を葵の中では明確に持っていても、人から聞けば動機としてはあまりに弱い。エレンの様に納得する人はいたとして、超常がある世界という前提だとしても、今この状態のノアを巻き込みたいとは全く思えなかった。


「なので、このノアの修理を行なってる期間に、調査に行かせて欲しいんです。俺だけでも。勿論、艦長が許可出来ないなら、それに従います」

「ふーーーーーむ……」


 集落の結界は使徒を相手にした時に魔力の吸収量を一時的に多くした事もあって、強度は高くなっている。それに加えて、魔王勢力はこちらが動けない状況でなお仕掛けてこない事も考えれば、明日明後日という事もないだろう。

 そして、使徒からの攻撃のみを警戒していては、先に得られる情報も得られない。先代が行方をくらまし、葵が現れるまでの期間はこの世界をある程度見て回ったとはいえ、まだまだ知らない事は多い。当の先代の足取りすら掴めていないのだから。


「──分かったわ、許可しましょう」


 遺跡自体の距離がここから海を渡った様な場所にあったら、許可は出来なかっただろう。海自体が邪神の影響が濃いからか、何か起きても船では駆けつける事は出来ず、以前の時の様に分断されてしまう事態になりかねない。

 だが、遺跡は地続きの場所で、船でならそこまで遠くない距離。何かあれば葵から連絡すれば合流も難しくはない。


「丁度その周辺の調査を行なっている仲間がいるわ。彼等から話を聞いていくと良いわ」

「もしかして、遺跡の調査隊ですか?」

「そう、さっき言った通りの場所だし、あの場所にのみこだわる理由もないから、今はもっぱら資材収集がメインでやってもらってるけれどね。遺跡の周囲は良い魔石がよく採取出来るのと、想撃砲みたいな魔道具に使える素材も豊富なのよ。地球で言うところの鉄とかみたいな物ね。彼等には採取と周囲の環境の調査を行なってもらってるの」

「成る程、事前に内部について聞けたら確かに助かりますもんね」

「そういう事。そこで、彼等が内部の調査に協力してくれそうなら、そのまま同伴してもらうと良いわ。人数だけ安全性は上がるはずだもの」

「了解しました!」


 集落の人々の様に、勇者の合流をまだ知らない人達であろう事から、会った時にスムーズな自己紹介が出来るようにしておかねばと内心で葵は準備していた。怪しまれてしまうと情報の共有が上手くいかない可能性も十分にある。自分こそが勇者である、から始まってしまおうものなら、確実に不審者になるのだから。


「ただし、危険を感じたらすぐに帰還と連絡をする事。良いわね?すぐに帰ってくる事になっても笑わないから」

「そうなる予感はしますが、出来ればその奥にある何かについて一端でも情報を持ち帰れたらと思っています」


 死者も出ているらしき場所、非常に危険である事は分かっているはずなのだが、高揚していた。この世界について知る事で自分はもっと先代の戦い方や、あり方に近付ける。そして、その中で先代がもし見つかればきっとこの邪神撃破という目標も大きく近付くだろう。これに関しては、とても非現実的な願望論かもしれないが。


「そういえば、行き来に使えるものってあるんですか?」


 ふと、遠距離への行き来に関して気になった。自転車やバイクがあるわけでもなければ、馬もいない。馬に見える形状の生物はあくまでこの世界の魔物であるだけに、手懐けるどころか油断したら踏み殺されるだろう。

 それだけに、そこだけが不安だった。


「それは、勿論」



 折れた信号機らしき物が木々に混じっていくつも並んだ場所。集落から移動するほどに草地の色は褪せて、灰色の硬質な地面が露出している。だというのにその地面の割れ目からは紫色の光が微かに見え、不気味であり美しく彩っているのだ。

 人が通る様に整備された場所には見えない荒れた森らしき場所は、今の葵を苦しめていた。何故なら──


「こ、この荷物量に、と、徒歩は、中々に、くる!!!足腰に!!!」


 探索する為の食料や水、それの調査隊に運搬する分とで、葵の背中の重量が異世界フィジカルでなければ耐えられない程に膨れ上がっており、流石に葵も呻き声をあげながら歩く事になっていた。調査隊はその場に留まって作業を行い続けるだけに、彼等にはまとまった補給品を定期的に送る必要がある。それに加えて、彼等個々人の出した作業に必要な物やそれとは関係ない要望の品も入っているから尚更に増量されていた。


「まぁ、多分こっちの方が艦長的にはメインなんだろうけど。そんな前人未到の遺跡とかよくよく考えなくても俺が踏破済みの遺跡に出来るかって言われたら滅茶苦茶怪しいし……」


 出発から既に時間は経っているが、目的地に近付くごとに素の自信のなさが露呈していた。仲間どころか他の人類にも遭遇しないものだから思考が違う方向を向いてくれない。人前だと気持ちを強く持たねばならないという使命感も湧くが、誰もいないとそう見せる必要がないから、口から出るのは不安げな言葉ばかりだ。


「明らかに状況としては使徒に拉致された時の方がヤバかったわけだけれど。俺ってなんか変になってるのかな……正常性なんとかってやつかも……」


 日常から離れて、殺し殺されをやったり、化け物に追われたり、そんな経験をしたにも関わらず、今この瞬間に襲われるネガティヴは葵自身が言ってる理由も確かにあるかもしれないが、自分がそうしたいと選択した事が間違っていて、人に迷惑をかけるかもしれないという基本的なところにプレッシャーを感じていた。本当に今更な悩みかもしれないが、自信の判断が正しくない可能性が高いという先入観が先に入っているのだ。

 やはり、焦りが間違いを引き起こしているのではないか?自分自身にそう問いかけながら足を進めていた。様々な不安も口に出す事で多少は和らいでるはずだと信じながら。


「うん?これは、魔石だ……!」


 そうして、足を進めていると足元の割れ目から見えていた紫色の輝きが、魔石として露出し始めていた。拒んでいる様にも見えれば、それが歓迎している様に見える。


「すごい、こんなに魔石が……山岳地帯以来だ。でも、そしたら魔力の濃度が高いはずなのに、不思議とあの重さがない……?」


 招く様に道の両端に生えている魔石と、この環境を不思議に思いながら見回し、更に進んでいくと──


「!!」


 魔石が無理やり既存の建物に一斉に生え、あるいは張り付いた様な形状の奇妙な建造物が眼前に広がっていた。遺跡というから石造りの建物を想像していてが、入口 から見える部分は意外にも床が木製で出来ている様だった。しかし、それすらも魔石に侵食されて一部の材質ごと魔石になっていて、この世界の雰囲気が入り混じって奇妙な様相になっている。

 その建造物の大半は地下に広がっているのか、地表に露出している規模は普通の家レベルである事に逆に葵は驚いていた。だからといって、気を抜く事は出来るはずもなく、中から送られてくる空気は奇妙な寒気がする。葵は霊感が強い方ではなかったが、曰く付きの建物の近くを通った時にはやけに冷や汗が出て、さっさとここを離れたいという気分になった事がある。この場所から感じる空気はその時の感覚に近かった。


「──ここに入るんだよな」


 深呼吸をして、目の前の建物を軽く睨みつける。その行動自体は子供の強がりの様なものだが、気圧されるわけにはいかない。

 そう、気合を入れているが、その時に意識が自分自身に向いたからか、背中の重量を一気に意識する事になり、ここに来た理由の1つを強制的に引き出された。


「って、その前にここの調査隊の人達にこれを渡さないと。でもおかしいな、見当たらない……」


 遺跡の付近に調査隊のベースキャンプがあり、そこでは船からの連絡を受け取るために入れ替わりで1人は待機しているらしい。

 当のベースキャンプらしきテントは視線を左に向けたらすぐに見つかったが、人の気配を感じない、というよりも人自体がいない。中に置いてある幾つかの道具も片付けられた状態になっていて、直前まで誰かが居たという様子もない。緊急事態があってやむなく全員出払っているにしてはやけに整然としている。


「かといって、誰かが居た痕跡自体を消してるわけじゃない?何かあったのかな──」

「ひ、人!?人だと!?」

「!?」


 葵よりも先に驚きで声をあげた誰かに、咄嗟に刀を展開しながらテントを飛び出るが、使徒ではないらしい普通の人間の様だった。ノアの中でよく見かける翼の意匠がついた服を見るに、調査隊員らしい。

 早とちりだったかと心器を消して、自分は敵ではないことを示す様に両手を見せる。


「初めまして、自分は滝沢葵と申します。エレン艦長から調査隊の人達に補給物資を、と言われて──」

「艦長!?かんちょう、あぁ。そうか、ノア。そうか……そうだったな……あぁ、あー……そうか。調査隊、調査隊か、それは無駄な手間をとらせてしまったな」


 先程までの狼狽様に反して、自嘲気味な笑みを浮かべるところから、情緒が落ち着いているとは言い難い。何がおかしいのか肩を揺らしながら親指で遺跡を指す。


「アイツ等なら、中に入っていきやがった」

「えっ、それはいつのことですか!?」

「いつだろう、いつだろうな、俺等はどれくらい居たんだろうな……」

「じゃあ、質問を変えます。他の方は無事なんですか!?」

「調査隊は分からねぇ……だが、中に他の生存者はいるんじゃねーの。それを助けに入りやがったから……」

「他の生存者、中にノアの船員ではない無事な人がいるんですか?」

「行ってみたら、分かる、分かると思うな……死にたきゃな……」


 判然としない言い方ばかりだ。何やら錯乱した様な始まりから一気に気怠げになっている事から、何かショックな出来事があって上手く話せないのかもしれない。なにせ、物理的以外にも精神的な負荷をかけてくる場所が多いのがこの世界。加えて、仲間が死んでるかもしれない状況下ならば、その可能性は十分にある。


「すみません。怖い思いをしたばかりなのに、色々矢継ぎ早に聞いてしまって。まずは少し腰を下ろして、ゆっくり深呼吸をしましょう」

「そう、そうだな、そう……」


 うわごとのように呟いてる彼は、やはりあまり良い状態とは言えない。現在の場所が遺跡の中ではないと認識させつつ、労おうと肩を叩く為に手を伸ばす。


「──え?」


 そこになってようやく、異臭に気がつく。血の臭いだ。


「え、怪我をして……?」


 葵の言う通り怪我はしている様だった。それが、遺跡の中の罠や他の外的な要因で怪我をしていただけなら、状況としては納得出来ただろう。

 だが、そうではなかった。男は自分の持っている短剣で自身の脇腹を抉っているのだ。


「っ!?な、な、何をッ何をやってるんですか!!」


 急いで男の手首を掴んで、短剣を脇腹から抜くが、短剣そのものが柄の部分まで赤く染まっている。出血量から見てもここに来るまでに、致命的な自傷行為をしていた様だ。


「は、はは、はははっ、ノア?ノアだって?ハハハハハハ!!おしまいだ。世界は、おしまいだ!!ハハハハハハ!!」


 血走った目から見ても明らかに正気じゃない。精神的に不安定なのではない、もう正気ではなかったのだ。


「しゃ、喋ってはいけない!傷が、くそっ」

「無意味、無意味だ、ぜんぶ、ゼンブゼンブ──」


 葵が何かをするよりも先に、泡を吹きながら男は目を剥いてその場に崩れ落ちた。後は男の腹部から残りの血が地面に広がっていくばかりで、物言わぬ遺体は葵に異常な事が起きたという以上のことを教えてはくれない。

 先程までと同じで、また1人に戻っただけなはずなのに、そこにあるのは先程とは異なる不気味な静寂と、確かな不穏な気配だった。

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