第81話 悪夢
「せりゃっぁああ!!」
ずさっ!!!
ズドォオオオンン!!!
集落の外れに魔物の痕跡があったという報告があった為、村の討伐隊と共に周囲を捜索し、発見したイノシシ型の魔物を退治した。
俺が剣で魔物の足を斬り、倒れたところを同行した村の男たちが追撃して、無事に始末することが出来た。
「いやー、流石は都会から来た剣士様だべ。こげな恐ろしい魔物を見ても、畏れずに立ち向かって」
「んだな、立派な眼鏡をかけとるだけはある」
「ほんだ、ほんだ。こげな田舎には勿体ないべ」
「片田舎の剣豪の、再来だっぺな。シュドー様、様だっぺ」
『片田舎の剣豪』というのは、かつてこの村に住んでいた剣豪の異名だ。
俺がここに来る六年ほど前までは、この村で生活し剣術道場を開いていたらしい。
その人物が暮らしていた剣術道場が空き家となっていたので、今は俺が住まわせて貰っている。
かなりの達人だったらしく、この国で開催された武術大会の剣術部門で優勝して、現在は王都の中央神殿で働いているそうだ。
そして、村人から呼ばれた俺の名前――
『シュドー』というのは偽名だ。
訳あって本名のシュドナイは封印している。
村人たちは、俺のことを手放しで褒めてくれる。
だが、それで増長する気にはなれない――
俺は手痛い挫折と絶望の果てに、この村まで流れ着いた『敗北者』だからだ。
俺がこの村で暮らし始めたのは、三年ほど前になる――
この国チャルズコートと、東の大国リーズラグドが周辺諸国を巻き込んで、大戦争を戦った頃だといえば、大抵の者は見当がつくだろう。
当時はこのような田舎でも、敗戦の話題で持ち切りだった。
チャルズコート連合軍が、史上稀にみる大敗北を喫し、歴史に屈辱を刻んだ時期だったこともあり、村人たちの顔も暗かった。
それでも、俺がここに滞在して魔物退治を何度かすると、腕の立つ男が村に来てくれたと言い、皆の雰囲気が明るくなった。
俺は自分のような者が、人から必要とされることに嬉しさを覚えた。
チャルズコートの敗戦の顛末は、たまに村に来る行商人から聞き及んだ。
中央から離れた俺には、その程度の知識しかない。
レトナーク平原での決戦に敗れたとはいえ、チャルズコートにはまだ軍事的にも経済的にも余力があった。
二、三年は戦争を継続する余裕はあったが、争いを長引かせるとそれだけ大型魔物の出現のリスクが高まる。
決着の付いた戦争は早期に終わらせるというのが、この世界の政治家の鉄則だ。
レトナーク平原の決戦は、リーズラグドの圧勝だった。
決戦で勝敗が明確についた以上は、チャルズコート側の上層部も敗北を受け入れて、リーズラグド側も寛大な条件を出し、講和に入った。
戦争の原因である『聖女暗殺事件』の黒幕はチャルズコートの最高司祭チェルズスカルの仕業であったと公表されて、チェルズスカルは市中引き回しのうえで、公開処刑された。
俺を追放した絶対権力者の哀れな末路を聞いて、胸の透く様な、けれど、心が空しく寂しいような、そんな複雑な心持になった。
その後、チャルズコートはリーズラグド連合軍に参加した各国に賠償金を支払い、それでこの騒動は手打ちとなり、戦争参加国は関係の正常化を進めている。
一時はこの敗戦で国が傾くと言われていたが、一年前に新たな聖女が発見されて、この国は再び持ち直してきている。
聖女と聞くと、俺の胸は痛んだ。
――いや、もう過去のことだ。
俺の出身国のピレンゾルは、チャルズコート側で参戦していた為、賠償金の恩恵には預かれずに、無駄に出費を重ねただけに終わった。
しかも国王に即位したばかりの、ピレール陛下が自ら前線で戦い、あっけなく『戦死』したらしい。
その影響で後継者争いの内乱が勃発し、一年後には国家そのものが空中分解して、今では複数の勢力が、それぞれの支配地域を治める小国家群に成り下がっている。
年中争いが絶えずに、常に小競り合いをくり返す地域と化して、魔物の出現も頻発するようになったそうだ。
時期にあの辺りは、人の住めぬ土地になるかもしれないと言われている。
すでに故郷を捨てた俺には関係のない話だが、それでも無性に寂しさ感じる。
俺はこの村での暮らしに、満足している。
このままここに定住して、根を下ろしてもいいと思っている。
俺の剣術道場にも門下生が増えたし、村長の娘を嫁にと打診されてもいる。
俺はこのままこの村で、平凡で退屈な人生を送ることになるだろう。
だが、しかし――
懸念が無いわけではない。
俺はその懸念があるから、村長の娘との結婚を躊躇っている。
半年前から、おかしな夢を見る。
月に二度の割合で、あの夢を――
夢の中で、ある美しい女に誘惑される。
俺はいつもその誘惑に負けて、そいつを貪る。
一晩中、夢の中で――
理性を失い、女を求め続ける。
そして、明け方――
俺が目を覚ます寸前に、夢の中のその女の顔がハエになっているのだ。
あの悪魔、ベルゼブブのように――
俺は絶叫して、目を覚ます。
目を覚ました時には、眠ったにもかかわらず、酷く疲れている。
まるで、生命力をごっそりと抜き取られたように……。
この悪夢を定期的に見ているせいで、俺は所帯を持つ決心が出来ずにいる。
そして、俺のその懸念は、最悪の形で現れる。
例の悪夢を見た朝、目覚めたら老人の姿になっていた。
そして目の前に――
いつも夢の中で現れる、例のハエ頭の女が立っていた。
「これでようやく、戦力が揃ったわ。これだけあれば『聖女』を殺せる。――私を差し置いて、聖女に選ばれた不届き者に、裁きを与えられるわ。うふふふふっ。楽しみだわ。――当然あなたも、協力するのよ? 付いてきなさい。シュドナイ」
そいつは、俺の本名を口にした。
もしかして、とは思っていた。
だが、信じたくは無かった。
けれどもう、認めないわけにはいかない。
いつも夢に出てきた、目の前のそれは――
悪魔となったローゼリアだった。




