第80話 勝利
レトナーク平原の戦い。
俺は敵の中央軍を、突き破り突破した。
目の前にはさらに、三万の軍が待ち構えている。
敵軍の中で機動力の高い騎馬隊が、先行して迫って来る。
大勢の騎馬が群れを成して向かってくる。
――中々に壮観だ。
さて、どうしよう?
まあ、前進する以外に選択肢はないか――
俺はその場からトップスピードで走り出して、前方へとジャンプ。
空を駆けるように、風を切って突き進み――
敵の先駆けと、接敵する。
空中で五人の騎乗兵を、剣で切り裂いて着地。
さらに襲い来る馬を躱しながら、騎乗兵の足を斬り飛ばす。
落馬した三人の敵兵に、止めを刺す。
敵軍の第二陣が迫って来る。
俺は剣を構えて、待ち構える。
狙うのは、最後尾を駆ける騎馬隊の指揮官――
こいつだけは、確実に仕留めておく。
迫りくる騎馬の群れと、繰り出される槍を躱し、潜り抜けながら、敵の腕や足を斬り続け――
狙い定めた、敵の指揮官が迫る。
俺の剣は、槍を繰り出してきた、敵の指揮官の胴を両断した。
戦場を見渡して、戦況を確認する。
俺の周囲を通り過ぎようとした敵はあらかた始末したが、いかんせん敵の騎馬隊の数は多い。
倒せたのは数十名で、それ以外は後方へ走り抜ける。
そいつらはそのまま突進を続けて、俺の後方にいた味方部隊にぶつかる。
騎馬隊の突進に対しては槍での迎撃や盾での防御でダメージを減少させていたが、それでも損傷を受けている。
俺たちが突破してきた敵の前衛の部隊も巻き添えを喰らっていて、混乱状況に陥っている。むしろ、防御態勢を取っていたこちらよりも、背後から襲われた形の敵部隊の方が損失が大きい。
敵の前衛、味方そして突撃した騎馬隊の三者すべてが、乱れている。
ただ相手は指揮官を失っているのに対して、こっちの指揮官は健在だ。敵よりも早く部隊を立て直して場を制圧するだろう。
後ろは味方に任せておけばいい。
俺は西へと向かった。
三万の敵軍は盾を前面に敷き詰めて、その隙間から槍を突き出している。
「なんだ、待ち構えているのか――」
今から前線部隊の穴を防ごうにも、敵中央軍の士気は下がり過ぎている。
敗走するものが出始めていて、今からでは手遅れと見たのだろう。
攻めるのではなく、守りに入ったようだ。
確かに今から混乱している前衛と入れ替わろうとするよりは、そこで守られたほうがこっちは困る。その先の敵の本陣を攻めることも、南と北の山を攻めている、敵の左翼か右翼のどちらかの裏を取ることも出来ない。
「せっかく分厚い壁を、破ったんだがな」
まあいい――
何度でも破ってやる。
俺が気を取り直して進もうとすると、前方の敵軍から矢が射られた。
俺に向かって弓矢が、雨のように降り注ぐ。
盾を掲げて矢を防ぎつつ、そのまま前進を開始した。
敵軍の前衛までは、約二百メートル。
矢を浴びながら、歩いて進む。
五十メートルの所まで歩いて、盾を前面に構える。
そのまま盾を構えて走り出し、敵軍と激突した。
敵軍は混乱している。
それはそうだろう。
前面に展開していた盾部隊があっけなく弾き飛ばされて、部隊の中央まで侵入されたのだ。
身体の中に寄生虫が入り込んで、暴れている様なものだ。
こんな破られ方をするなんて、想定していないだろう。
前線で盾を構えて列をなしている部隊の兵士は、自分の後ろに敵が入り込んで暴れ出したのを見て、このままここで盾を構えていればいいのか、それとも侵入者を迎撃するのか――
どうすれば良いのか分からずに、気持ちが浮足立っている。
そこに東の戦場から、リーズラグド連合軍の本体がやって来た。
騎馬突撃の混乱から回復し、周囲の敵兵を掃討しつつ、こちらへと来たようだ。
敵陣の中に入り込んだ俺は、まずは弓兵を狙って斬って回り、盾を構えた敵を後ろから斬り、向かってくる兵士を片っ端から斬って回った。
敵の数は三万だ。
俺が斬った敵の数などたかが知れるが、それでも陣形の内部で暴れ回ることで、敵全体に動揺と混乱をもたらした。
軍隊としての機能を麻痺させていく。
そこに、リーズラグド連合軍の本体が、攻め寄せて戦闘が開始された。
時刻は夕方に差し掛かっている。
レトナーク平原にいたチャルズコート連合軍は瓦解した。
俺たちが中央の三万の兵を壊滅させる頃には、西の山に布陣していた一万の敵の本陣は逃げ出し始めていた。
中央の敗北を見て、それまで互角の押し合いに終始していた右翼と左翼の軍も、撤退を開始――
今は逃げる敵兵を追撃し、追い打ちをかけている所だ。
俺の周囲では、野営の準備が進んでいる。
自分専用のテントの前の腰掛に座って休んでいると、親衛隊の面々がやって来た。
今は隊長のリスティーヌが産休中なので、ティリアが臨時で隊長代理を務めている。彼女には別動隊として、好きに動けと言ってあった。
彼女たちは本隊から離れて、遊撃隊としてこの平原のどこにいた。
どこにいたのかは、俺も知らない。
そのティリアが、縄で縛った落ち武者を引き連れてきた。
「アレス様、見て下さい! 大物を捕らえました!!」
ティリアは大声でそう言うと、嬉しそうにその『獲物』を俺の方に寄こす。
「ぶ、無礼者がっ、私は中央神殿の最高司祭だぞ!! このような扱い……女神ガイア様が黙ってはおらぬッ!! 貴様らには必ず、神罰が下るぞ!!」
こいつはチャルズコートの、チェルズスカルとかいう奴だそうだ。
この戦争の仕掛人で、俺に聖女暗殺の汚名を着せた黒幕……。
――ローレインの人物分析では、かなりのナルシストらしい。
俺は剣を抜いて、一振りする。
チェルズスカルの頭上の髪の毛が、切り取られて河童のような頭になった。
敗残兵に相応しいヘアスタイルだろう。
「面白いことをいう奴だ。人間同士の争いに、女神が口出しする訳ないだろう」
チェルズスカルは俺のセリフを無視して、喚きたてている。
――髪の毛を剃られたことが、よほど気に入らなかったらしい。
真っ赤な顔でブチ切れている。
五月蠅いので、口に猿轡を噛ませておく。
こいつは利用価値があるから殺さないが、もう用はない。
捕虜として捕らえておくように言うと、ティリアは故郷の知り合いにチェルズスカルを見せびらかして回る。
無邪気な女だ。
それにしても、彼女は『運が良い』――
戦いの嗅覚も優れているので、隊長代理を任せて自由に行動させていた。
戦争に勝つには、運の良さも必要なのだと実感する。
もうじき日が落ちて暗くなる。
本陣のあちこちで篝火が焚かれていて、食事の用意も出来ていた。
残党狩りに勤しんでいる者も多いが、俺はもう寝よう。
流石に、今日は疲れた。
ゆっくりと休んで、明日に備える。
さて、この決戦に敗れたチャルズコートは、どう出るか――




