表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
聖女を追放した国の物語  作者: 猫野 にくきゅう
レトナーク平原の決戦

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

79/85

第79話 逃走

 チャルズコート連合軍の総司令部。


 夜明け前で、辺りはまだ暗い。

 かがり火がいくつも焚かれている中で、最後の軍議が行われている。



 隣の席に、お飾りの将軍は一応いるが――

 十五万にも及ぶ大軍の事実上のトップは、中央神殿の最高司祭であるこの私だ。



 軍議と言っても、今から新しく決めることなど何もない。

 やることはもう決まっている。


 大軍で敵を包囲して、殲滅する。

 これだけだ。


 後は現場の指揮官に任せるだけ――


「勝ちの決まっている戦だ。各々存分に武功を上げよ!!」


「おおっ!!!」


 私の激励に、それぞれ一万以上の大軍を率いる将が、鬨の声を上げて答えた。






 私は専用のテントの前で、椅子に腰を下ろす。

 山頂の本陣から前方を見渡すと、東の山にもかがり火の灯りが見える。



 我らの陣取るこの西の山と、敵軍のいる東の山、その中央に広がる平原を我が軍が前進する。


 敵に動きは無く、山に籠り待ち構えている。


 それならば、遠慮なく包囲して殲滅するまでだ。

 しぶとく耐えたとしても、兵糧攻めにすれば終わりだ。





 日が昇ればここからでも、向かいの山の戦況を見渡せるようになるだろう。


 私はこの高みから、戦況を見て部隊を指揮することになる。

 そばには軍師が控えているが、この者の出番はないであろう。



 敵国の王子アレスは、騎馬隊を用いた姑息な奇襲を得意とするようだが、この私のいる司令部は山の頂にある。奇策を用いて付け入る隙などない。



 私が直接戦うことは無いが、鎧を着込んでいる。

 立場上、格好をつけておかねばならないが、重いので早く脱ぎたい。


「まあ早ければ、今日中に決着がつく」


 それまでの辛抱だ。

 

 朝日が昇る。

 我が軍の威容が日に照らされて、輝いて見える。


 目標はリーズラグド連合軍。


 我が軍は数が多いだけではなく、精強な兵士も揃えている。

 烏合の衆など、軽く蹴散らしてくれる。






 敵軍は自陣から出ずに待ち構えて、こちらを迎撃している。

 予想された展開だ。



「臆病者どもめ」


 私がそう呟くと、側に控えていた軍師が――


「兵数に差がありますからな。まず我が軍の敗北は無いでしょうが、油断は禁物ですぞ」


 などと、頼んでもいない解説と忠告をしてくる。

 余計なお世話だ。


 お前に話しかけたのではないわ!!




「敵軍の王子アレスは武勇に優れ、知略に長ける人物と聞きます。幼少の頃より兵を率いて魔物と戦い、内乱を収めた経験は侮れません」


 ふん、バカバカしい!!


 どれだけ武勇に優れようが、一人で何が出来る。

 奴が用いるという騎馬隊も、それほど大規模なものでは無いだろう。


 騎馬隊で狙うとして、どこを狙う?

 中央軍の背後か?

 

 確かに打撃を与えられるだろうが、その後ろには後詰の三万の兵が控えているのだ。挟み撃ちに遭い、囲まれて殲滅されるのがオチだ。


 では、私の首を狙うか?


 私が居るのは、山の山頂だ。

 騎馬隊では奇襲のしようがない。


 この山の入り口には、一万の兵が布陣している。

 さらに山の周囲の要所にも、見張りは配置済みだ。

 

 万が一にも不覚を取られぬように、手は打ってある。

 

 敵の情報は入手済みだ。

 対策は万全を期している。


 この私に手抜かりは無い。





 この戦いの勝敗など、始める前から決まっているのだ。

 それよりも、私の気がかりはローゼリアだ。


 突然、姿を消してしまった。

 どうやって牢から出たのか、どこへ行ったのか、いまだに分かっていない。



 リーズラグドを占領した暁には、新国王となる私の正妻として迎える約束をしていたというのに――


 私の前から姿を消した……。




 もしや、あのアレスとかいう男の元へと、戻ったのではあるまいな。


 だとすれば、許さぬぞ!! 

 敵将アレスよ。


 殺すだけでは飽き足らん!!

 早く殺してくれと、泣き叫ぶような目に遭わせてくれる。



 例え奴の元にいなくとも、何かしらの手がかりや、行先に心当たりはあるはずだ。

 生け捕りにして、拷問して吐かせねばなるまい。






 私がそんなことを考えていると、戦場にある変化が起こった。


 全軍の中心、中央軍の前線。



 そこで人が宙を舞っている。

 次々に兵士が弾き飛ばされるように、吹き飛んでいる。


 私は詳細を確かめるために、双眼鏡を覗き込んだ。





 そこには全身を黒い鎧で覆った、一人の戦士がいた。

 そいつはフルアーマーに大きな盾、そして剣を持って、たった一人で我が軍の兵士を蹴散らしていた。


「おい、軍師! あれは、なんだ?」


「……恐らくは、あれが王子アレスではないかと、事前に集めた情報では、邪竜王の鱗で作った鎧に身を包んでいるという話ですから――」




「……そんな馬鹿な、たった一人で敵軍の中に入り暴れ回っているではないか。あれでは『王子が前線に出て戦う』どころではない。いくらなんでも、あれが『アレス』な訳がない。……そうか!! 奴の逸話のカラクリが解かったぞ。自軍の猛者に黒い鎧を着せて戦わせ、そう思わせているのだ。本人は山頂の本陣にいるに違いない」


「……そうかも、知れませんな」



 そうか、影武者に全身鎧を着せれば、王子アレスの武勇はいくらでも作り出せる。

 ローゼリアから聞いた奴の人となりを考えれば、いかにもな手口だ。


「私が聞きたいのは、あれが誰かという事ではない。早く奴を止めなければ不味いのではないかと言っているのだ。……それに別の影武者に騎馬隊を率いさせ、こちらの隙を窺っているかもしれんぞ。警戒を怠るな!!」







 あの黒い鎧の猛者が、我が軍の中央を突き進んで来ている。

 そのせいで、中央軍全体に動揺が走っている。


 奴が切り開いた裂け目を利用して、敵軍が侵攻を開始した。


「早くこちらも対抗できる強者をぶつけて、奴を止めろ!!」


 のろまめ!! 

 このままでは、マズいのが分らんのか?


「……いえ、我が軍の精鋭は、中央軍の前線に集めておりまして……おおっ、我が軍最強の五人衆が、いま迎撃に…………ああっ、そんな、あっけなく……」



 五人衆?

 そういえば、私が開いた武術大会で、好成績を収めた者達だった。

 定期的に大会を開き実力者を発掘し、適性に応じて軍や暗部に斡旋していたのだが、無骨な男には興味がないので忘れていた。



 五人衆とか言われている所を見ると、その中でも抜きんでた精鋭のはずだ。

 それが――


 あの黒い鎧の猛者に瞬殺された。

 いや、多少は持ち堪えていたのだが、五人がかりであったにもかかわらず、三十秒ほどで死んだ。





「……あれが、我が軍の最強だと? 死んだではないか。では、奴をどう止める?」


「あの者が疲弊して、力尽きるのを待つしかありませんな……」



 こいつは、『軍師』などという偉そうな肩書を持つくせに、そんな提案しかできないのか?


 役立たずの、無能めっ!!




 私が心の中で、軍師を罵っている間にも、黒い鎧の悪魔は歩みを止めない。


 赤子の手を捻るように、いとも容易く我が軍を切り裂き、前進してくる。


 ――こちらへと、まっすぐに……。



 部隊の中腹で槍衾を構築して、奴を待ち構える部隊があった。

 奴は盾を構えて、そのまま突撃する。


 奴の体当たりを受けた兵士たちは、面白いように空中に打ち上げられた。


 何だあの化け物は?

 どうやって止めればいいんだ、あんな奴??




 

 黒い悪魔の歩みは止まらずに、とうとう軍団長との一騎打ちが始まった。

 太陽は高く、真上で輝いている。


 我が軍の軍団長、それも三万の兵を預かるトップは、用兵だけではなく個人の武勇においても、相応の強さを求められる。


 当然、この西の大国において、最強クラスの強者だ。


 その強者が――

 遊ばれていた。



 あの黒い悪魔は、やろうと思えば瞬殺できただろう。

 しかし、敢えて殺さずに、軍団長を泳がせている。


 軍団長は攻撃を繰り出し続けるが、その全てを防がれる。

 奴は剣で攻撃せずに、拳、足、盾で打撃を与えて、軍団長を疲弊させていく。



 やがて軍団長は、力尽きてその場に膝を付いた。


 大勢の将兵の見ている前で、敵に膝を付いた。


 中央軍の士気は、崩壊寸前だ。





 黒い悪魔は、軍団長に止めを刺さずに、西に向かって前進を開始した。

 もうあいつに戦いを挑む者はいない。


 中央軍の兵士たちは、自然と道を開けて――

 奴は中央軍を突破した。


 その目前には、後詰の後方部隊三万が待ち構えているが、奴には敵うまい。

 同じことの繰り返しになるだろう。



「おい軍師! この場は貴様に任せる……私の代理として、何とか持ち堪えさせろ」


「……チェルズスカル様は、どちらに?」



「私は本国に帰り、援軍を要請してくる。それまで、耐えろ――」


「…………御意に」


 



 私は神殿関係の部下だけを引き連れて、この戦場を後にした。

 

 ――あんな化け物の相手など、出来るわけがないだろう。



 本国へと一度戻り、別の手を打つ。


 この戦争は後二、三年は続けることが可能だ。

 あの化け物は殺せなくとも、奴の国を疲弊させて崩壊させることは出来る。



 まずは敵軍をチャルズコート本国まで攻めさせよう。

 敵の補給線が伸びきった状態で防衛戦に徹し、敵国に消耗を強要し、その状態で時間を稼ぐ。


 そしてリーズラグドが消耗しきってから、北の大国が南進するように仕向ける。


 北の大国は常に、南へと進出したがっている。 

 敵が消耗していれば、乗って来るだろう。


 あの黒い鎧の男は、確かに手に負えないが、奴は一人だ。

 広域で争いを起こせば、すべての戦局に関与することは出来ない。 





 この決戦には負けるだろうが――

 まだまだ、戦いはこれからだ。


 私は山を下り、馬を西へと走らせた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ