第82話 聖女
西の大国と呼ばれる、チャルズコート。
この国に来たばかりの頃――
私の心は、荒んでいた。
元々私は、この国の人間ではない。
生まれ故郷のピレンゾルを追放されて、ここに追い出されたのだ。
私には一人、姉がいた。
美人で優しい、自慢のお姉ちゃんだった。
私が六歳の頃、姉は王宮でメイドとして働き始める。
姉は『聖女様のお世話をさせて貰っているの。名誉なことだわ』と言って、嬉しそうにしていた。
――最初の頃は、そうだった。
住み込みで王宮で働いていて、たまに家に帰って来る姉は、だんだんと憔悴していった。姉は私に心配をかけないように何も言わなかったが、後から両親に聞いた話だと、どうやら姉は、聖女から虐めを受けていたらしい。
どんどんやつれていって、最後には丸坊主にされて、顔を焼かれて家に帰って来た。顔の火傷はひどく、それがもとで数日後に、姉は死んでしまった。
私たち一家は、聖女様の不興を買った不届き者の身内として、国外追放されることになる。国の上層部は、姉の親族を『悪者』として処分して、この件を片付けた。
ピレンゾルから追放されて、チャルズコートへと移り住んだ私たち家族だが、それでもなんとか暮らせていっている。
追放されるときに、何人かが支援金をこっそり渡してくれたからだ。
国の決定と聖女の威光には逆らえないが、いくら何でも理不尽すぎると、同情して貰えたようだった。
追放先のこの国は、聖女の加護に守られた豊かな国だ。
私達もそれなりの生活ができていたが、その暮らしも長くは続かなかった。
またしても、理不尽が降り注ぐ。
私たち一家は、警察に捕まり公開処刑されることになった。
よく事情は分からないが、どうやら告発があったらしい。
私達がピレンゾルの諜報員で、工作員としてこの国に入り込んだスパイ、という疑いを持たれたのだ。
碌に取り調べもされないまま、私達の処刑は決まった。
処刑を取り仕切ったのは、この国の最高司祭のチェルズスカルという男だ。
中央の広場で磔にされて、父と母が槍で突かれた。
私たち家族以外にも、何組か同じように磔にされている。
スパイ容疑で逮捕された彼らも、順番に串刺しになっていった。
私達は順番に殺されていき、その度に見物人たちから歓声が上がった。
私の横の二人が死んで、次は私の番だ。
私の人生は、ここで終わり――
私が死を覚悟して、目を瞑ったその時に、その人は現れた。
「ここを、通して下さい」
決して大きくはないけれど、よく通る美しい声だった。
その人がそう言うと、処刑に熱狂していた人達が急に『しゅん』となって、左右に分かれて道を作った。
その人は磔にされた私の所まで来ると、周囲にいた兵士に向かって拘束を解くようにお願いしていた。
側にいた兵士は、その初老の女性に言われるがまま、私の拘束を解こうとする。
この場の責任者のチェルズスカルがそれを押し留めようとして、女性となにやら言い合っていたが、見物していた民衆が女性を応援して騒ぎ出したので、慌てて引き下がって、どこかに消えた。
どうやら私は、この初老の女性に、命を救われたらしい。
この国の聖女、ローゼレミーに――
それから両親のいない私は、ローゼレミーの管理する中央神殿内の孤児院で暮らすことになった。
神殿の敷地は広いとはいえ、ここには奴もいる。
いつまたチェルズスカルが、私を殺そうとしてくるか分からないので、毎日怯えていたが、一緒に孤児院で暮らす子供たちが、『聖女様が守ってくれるから平気だよ』と言って、私を安心させようとした。
だが、私は『聖女』を信じない。
姉を理不尽に殺した『聖女』を、私はまだ憎んでいた。
この施設での暮らしに馴染んできたころ、聖女ローゼレミーが私の様子を見に来た。暮らしに不満はないかと尋ねてきたので、私は『あんたがもっと早くに処刑を止めていたら、両親は死なずに済んだのに!!』と不満を口にした。
私は命の恩人に対して、感謝どころか罵倒してしまった。
ローゼリアに姉を殺されてから溜まっていた不満が、この時に爆発したのだと思う。無礼な八つ当たりした私に対し、ローゼレミーは深々と頭を下げて謝ってくれた。
彼女は何も悪くはないのに、遅れたことを謝ってくれた。
私の目から大粒の涙がこぼれて、止まらなくなり――
それからは、訳も分からずに大声で泣き続けた。
その日からしばらくは、孤児院で平穏な日々を過ごした。
数年後――
平穏の終わりは、突然やって来た。
聖女を守る神殿騎士の数が、日ごとに減っていっているらしい。
不穏な空気を感じたローゼレミーは、私達を信用できる郊外の教会に移した。
その数日後に、それは起こった。
聖女暗殺事件。
私達の知らぬ間に――
ローゼレミーは、殺されてしまった。
暗殺事件から数週間後、私達もその詳細を知ることになる。
リーズラグド王子アレスの命を受け、白昼堂々と神殿に侵入した暗殺者たちが、聖女ローゼレミーを殺害したという発表がなされた。
実行犯の名前は、ローゼリア。
私の姉を殺したそいつは、命の恩人も手にかけたのだ。




