第69話 一秒先の未来 2
吾輩がこの国で、殺すべきターゲット。
それは、『リーズラグドの叡智』と称される、四大貴族のご令嬢。
ケンドリッジ領の姫、ローレイン。
コイツを殺せば確実に――
この国の政界は、一時的に機能不全に陥る。
我らに協力していた大司教のグループは、すでに死に体となっている。だが、ローレインさえ始末すれば、息を吹き返すであろう。
吾輩は神殿関係者の協力で王宮に忍び込み、ローレインの居室へと向かう。
ここまでは順調――
協力者と別れて、変装用の司祭服を脱ぎ捨てる。
……?
ターゲットの部屋の前で、違和感を覚える。
部屋の中に、気配が一つしかない。
大貴族の姫が、部屋に一人……?
――罠か?
部屋の中の気配も、女のものとは思えぬ。
吾輩を案内した神官は、すでに裏切っておったか――
中に居るのは、吾輩を返り討ちにするための手練れだろう。
――さて、どうするか?
決まっている。
中の手練れを殺し、裏切り者を殺し、ローレインを殺すのだ。
吾輩は部屋のドアを開けて、中へと入る。
そこに居たのは、一人の青年だった。
「おー、本当に来た。流石はローレインだな! 予想を外したことが無い。――胸がデカいだけではなく、頭も良い」
その男は、部屋のベッドに腰かけながら――
こちらを見て、何やら軽薄なことを口走った。
「着痩せして見えるが、触ってみると大きくて、柔らかくふわふわで、それでいて重量感もある。そんな胸なんだ。いいだろう? ――だがな、あれは俺の女だ。お前にはやらん」
その男は、そう言って――
ゆっくりと立ち上がると、こちらにすたすたと歩いてくる。
腰には、剣が差してある。
剣士――
その男の目の奥には、抑えつけられた殺気が漲っている。
無造作に近づいてくるが、歩く様を見ればわかる。
軽薄な言葉とは裏腹に、かなりの技量を備えた武人だ。
吾輩は精神を一気に、臨戦態勢へと移行する。
ここには女を一人、殺す気できたが――
達人との、死闘になる。
闘争心を極限まで高めて、目の前の獲物を殺すことだけに集中する。
どのような犠牲を、払おうとも――
此奴だけは、殺す。
吾輩は奴の前進を迎え撃つために、剣を抜こうとして――
手首から先が、無いことに気付いた。
それを見てから、遅れて傷みがやってきた。
腕の先に、激痛が走る。
「ッグ……グッぁっぁあ――ッ!!」
悲鳴を飲み込む。
――何があった?
攻撃、されたのか?
見えなかったぞ……。
馬鹿な!!
一秒先の未来が見える吾輩が、敵の攻撃を見逃すなど――
とにかく反撃を――
吾輩は残った方の左手で、隠し持った暗器を放とうとして――
その時には左腕が、肩から切断されていたので、結局何もできなかった。
「ばかなッ、こんなこ――グバッ」
頬を真横に斬られて、顎を割られる。
喋れぬようにされた後は、両足を斬られてバランスを崩し――
吾輩は、ドサリと床に倒れ込む。
速いだけではない。
吾輩の意識を誘導して、視線の外から攻撃していた。
なんだ、この化け物は――
「もう、出てきても良いぞ」
その男は何事もなかったかのような気楽な口調で、隣の部屋に声をかける。
この部屋の奥に、隣の部屋と繋がっているドアがある。
そこから、長い黒髪に白い肌の女が出てきた。
奴が、ローレインだろう。
「済まないな、部屋を汚した」
「お気になさらずに、部屋の汚れは掃除をすれば済むことです。それよりも、なんとお礼を言ったら良いのか。アレス様は私の命を護って下さったのですから――」
アレス……この国の第一王子か――
強いとは聞いていたが、これほどまでとは……。
吾輩が全く、相手にならなかった。
こんな奴がいたのであれば、計画を変更するべきだ。
あの偽聖女は恐ろしかったが、何とかしようと思えば算段は付けられる。
多くの犠牲を覚悟し物量で押せば、何とか出来る。
だが、こいつは……
こいつだけは、どうしようもない。
こんな化け物が居るなんて――
この国を、敵に回すべきではない。
早く知らせなければ――
あのお方『チェルズスカル』様に、一刻も早く――
だが、この状態では何もできない。
「それよりも、この暗殺者様。恐らくは西の大国チャルズコートの中央神殿の最高司祭『チェルズスカル』様の手の者だと思われますが――」
――なぜ、それを……
いや、裏切り者が居たのだ。
ある程度は、情報も漏れるか――
「当てずっぽうで言いましたが、どうやら当たりのようですね。チェルズスカル様はたしか、――身分の低い女性と王との間にお生まれになったことで、過酷な幼少期をお過ごしになったとか……。プライドの高い人物で、自分がトップに立ちたいという願望は御有りのようですが……ただ、王や兄弟たちとの愛に飢えていて、謀反を起こす気はないお方です。――ああ! それでリーズラグドを侵略して、乗っ取ろうというのですね。そのための準備として、この国の弱体化を工作中ですか――」
……この女は、どこまで知っているんだ。
こいつはずっと、吾輩の目を見て――
まるで、心を覗き込むように……
まさか!!
「――ああ、いえいえ。まさかそんな、心を読むなんてできませんよ。私はアレス様やソフィ様、それにあなたと違って、神様から加護を頂いてはいません。――ですが、人の考えを言い当てることは得意なので、推論を並べてあなたの反応を見て、答え合わせをしているだけです」
この女の言う事が、どこまで本当かは分からない。
だが、いずれにしてもこれ以上、情報を与えるわけにはいかない。
「目を瞑っても無駄ですよ。塞ぐなら耳を塞がないと、まあそれは無理ですけどね。これからお亡くなりなるまでの間、私の話を、キャッ、アッ、ちょっと、アレス様、胸をお揉みになるのは、後で……っ!!」
「――すまない、退屈だったのでな」
「今は大切な、事情聴取の最中なのですよ」
「別にいいじゃないか――チャルズコートが戦争をしたがっているんだろ。戦って倒せばいい」
「でも、そんな、人前で……」
……。
吾輩の最後は、これなのか――
こんな、ふざけたガキに吾輩が……。
しがない片田舎の道場主だった吾輩を見出し、活躍の場を与えて下さったチャルズスカル様に、少しでも恩返しをしようと――
剣を振るい続けた吾輩の最後が、こんな……。
「ダメですわ。アレス様!! あのおじ様が、まだ見ていらっしゃいます」
「よいではないか、よいではないか」
こんな、ふざけた奴らに――
「――こんな最後を迎えるくらいなら、片田舎の剣豪のままでいれば良かったですわね。あなたに殺された多くの方々も、きっと、そう思っていらっしゃいますわ」
――この女。
わざと、いや、どこまで――
知っている……。
吾輩はそれから、死ぬまでの間――
情報を抜き取られながら、此奴らの悪ふざけに付き合わされる。
もう、殺してくれと願ったが――
その願いが、叶えられることはなかった。




